転生の女神は世界を汚す。たとえたった一人になろうとも、理想郷を取り戻すため叛逆の狼煙を上げ続けよう。

おはよう計画

プロローグ -ある一人の目覚め-

 これはあるひとりの、薄れゆく記憶だ。



 ―――いつからだろうか。




 目が眩むほどの光に包まれた白の空間に僕は立っていた。




 この場所に果てがあるのか、そもそも足場にしているはずの床でさえも、感触はあるのに目では捉えられず宙に浮いているような錯覚に襲われる。




 この空間がなんなのか、それは考えずとも理解出来た。




 それは、空間の特異性ゆえか。もしくは僕の目の前に立つ、いや浮いている女性のせいか。




 理由はわからないが、とにかく直感が告げていた。




 ここは僕がいままで生きた世界とは別の世界だと。




 僕は思わず、女性の顔をじいっと見つめてしまっていた。




 気が付けばずっと目があっていた。




 その女性は美しいという言葉で表しきれないほど美しく、まるで名のある彫刻師の傑作であるかのように繊細で水彩画のように儚い。




 そんな彼女がゆっくりと首を傾げ、そして微笑んだ。




「ここが、どこだかわかるかな?」




 背中に聖画に現れる天使のような大きな翼を持つ彼女が話しかけてきた。




 状況は一切が意味不明で惑う僕を、彼女の言葉はざわついた僕の心をどうしてだろう、穏やかにしてくれた。




 しかし、なぜだか、まさかあの彫刻のように整った口と喉から言葉が紡がれるとは思わず、わずかに僕はたじろいだ。




 そんな問いに僕は「えぇと、いえ……」と不思議と鼓動を早まらせながら不器用に答えた。



「そっか」




 彼女は短くそう言い、翼を大きく開き、しかし余計な力は一切加えず羽ばたかせ僕のすぐ前へと来た。




「そう緊張しないでいいよ」




 僕の頬を彼女は優しく撫で、透き通る湖のような蒼く、宇宙が広がっているかのようにきらめく瞳で、ゆっくりと僕のことを覗き込んでくる。




 その仕草のせいでさらに僕の鼓動は早まるし、なんだかへんな汗までかいてしまいそうだ。




「どうして僕は……こんなところに……?」




 尋ねると彼女は僕のくちびるに指を当て「焦らないで」と笑った。




「ユウトくん」




 目の前にいる美しい女性はどうしてか僕の名前を知っている。




 そして彼女は柔和な表情を浮かべたまま、しかし、どこか真剣な眼差しで僕を見つめた。




「私の名前はリーティア。あなたが”生きた”世界とは別の世界を司る女神よ」




 彼女はわずかな間だが沈黙を見せ、それからまた言葉を続けた。




「あなたは以前の世界で死んだ。それも無惨に……。私はそんな魂を見つけては、自分の司る世界へ転生させているの。

 もっとも転生させられるとは言っても悔いを抱きながら生を終えた魂のなかでもなんだけどね」




 ああ、そうだったのか。と彼女の突拍子もない言葉だったが僕はそれをごく自然に普通のことなのだとなぜか信用できた。




 まるで夢のようなこんな話、通常信じられることではないのだが、これが夢だというには僕が思い出せる最後の記憶は首にロープを巻き付け、自らの体重を支えた椅子を蹴り飛ばした”瞬間”だ。



 おかしな話だが、その記憶こそが証拠だと物語るように感じる。




「もう辛い思いはしてほしくない。安心して、転生したあとの世界はのどかで、あたたかく…そう、あなたたちが言うファンタジーゲームのような世界よ。

 そこであなたが望むように、好きなように自由に暮らしてくれればいい」




 そういったリーティアの手のひらから浮き出るように現れた、暖かい色で輝く、ほわほわとした光の玉のようなものが僕の胸へと押し当てられた。




 その光は胸の中へと溶け込み、じんとわずかに熱い。




「今のはあなたの才能を開花させる<<ギフト>>よ。あなたは絵が得意みたいだから、描いたものを実体化させる魔法を授けたわ。

 さぁ、そろそろ目覚めのときね」




 リーティアが話し終えると同時に空間が少し暗くなる。




「この空間を維持させるのも実は大変でね…。急ぎ足になってごめんね。

 …そうだ、目標もなく慣れない世界で暮らすのは大変だろうけど、最後に私からの”お願い”!

 を探して、そして出来れば倒して欲しいの!」




 彼女が話している間、空間は急激に暗くなっていく。




 彼女の瞳から涙が一粒流れ落ちた。




 その一粒が、すっかり暗くなった空間の床に落ちるのを見届けることはなく、視界は全て暗転し、急な目眩に襲われて意識が遠のいていく。



 もはや、この言葉が彼女へと届くのかわからないが、薄れる意識の中で僕は、



「ありがとう、リーティア!」



 ―――と叫んだ。

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