第2話 九条響

その日の放課後。

 

「宗一、一緒に帰ろうぜ~!」

「あぁ、いいぞ」


 俺がスクールカバンを持って立ち上がろうとした時、頭上から声をかけられた。


「柏君。ちょっといい?」

「く、九条さん……何?」


 いつの間にやってきたのか、俺の机のそばに響が立っていた。

 あの日以来、初めて話すので俺は若干緊張していた。

 

「ごめん。帰るところだった?」

「……うん」


 チラッと渉の方を見ると、頑張れ、と口パクだけ残して、教室から出て行ってしまった。

(マジかよ……。俺一人残しておいていくなよ……)

 仕方なく俺は響きと向き合った。


「そ、それで何か用……?」

「その、ちょっと付き合ってほしいんだけど」


 響の口から『付き合って』という言葉が出てドキッとした。 

(び、びっくりした。別にあれの意味で言ったわけじゃないよな。何か手伝ってほしいことがあるんだよな……)

 立ちそびれた俺に響は懇願するような目を向けていた。


「ダメ、かな?」

「い、いや……いいよ」

「ありがとう」


 響は艶々の黒髪を右耳にかけて嬉しそうに笑った。

(そのしぐさと笑顔は反則だよな……)

 俺は立ち上がてカバンを肩にかけた。


「柏君に手伝ってほしいことがあるの」

 

 予想通り俺に何か手伝ってほしいことがあるらしい。 

 俺は響と一緒に教室を出て、特別棟の二階にある職員室に向かった。


「相川先生。来ました」

「いらっしゃい。2人とも」


 にっこりと笑ったのは俺たちの担任の相川雫あいかわしずく先生だ。 

 響に負けず劣らずの美人で男子生徒の中にはひそかに恋心を秘めているやつもいることだろう。

 笑うとさらに垂れるたれ目とお団子頭が特徴的で生徒からの評価も高い。生徒の相談によく乗っているという噂だ。

 そんな相川先生は少し困った顔をして言う。


「急にごめんね。ちょっと私一人では対処できなくて」

「えっと……話が見えないんですが……」

「あれ?九条さん、柏君に話してないの?」

「はい。まだ……」

「そっか。じゃあ、私から説明するね。ちょっとついてきてくれない?」


 相川先生の後に続いて職員室を出ると、同じ階にある図書室に移動した。

 一番奥の誰もいない席に座ると、相川先生は小さな声で話し始めた。 


「実はね……大野渚おおのなぎささんのことなんだけどね」


 大野渚。 

 俺は彼女のことをよく知っていた。

 渚は俺と同じ中学の出身で今年は同じクラスになった。最近不登校の生徒だ。そして、俺の自信をボロボロにしたうちの一人。

 渚は高校生になって変わってしまった。中学生の時は髪の毛を染めたり、ピアスを付けたりするようなやつではなかった。

 何が彼女をそうさせたのかは分からないが、渚はいわゆる不良というやつになってしまっていた。


「最近、学校に来てないじゃない」

「そう、ですね」

「これはオフレコでお願いしたいんだけど、ある生徒からね報告があったの」

「分かりました。誰にも言いません」


 響が頷き、俺は唾をゴクッと飲み込んだ。

 なぜだろう、なぜか俺は緊張していた。

 相川先生の口から出る言葉を聞きたくないと思っている。


「大野さんがね。他校の男子生徒と一緒にいるところを見たって。しかも、そのあんまりよくない感じの生徒だったって」


 相川先生は俺が思っていた通りのことを言った。

 しかし、それがどういう意味なのかはまだ分からない。

 もしかしたら、その他校の男子生徒は渚の彼氏かもしれない。

 その情報だけではまだ何とも判断しがたかった。

 だが……。

 

「それで、相川先生は私たちに何をさせるつもりですか?もしかして、大野さんを助けろ、とか言いませんよね?」

「ううん。もちろん、そんな危ないことを2人にはさせられないわ。ただ、大野さんが戻ってきた時に仲良くしてあげてほしいの」

「何で、私たちなんですか?」

「それは私が二人のことを最も信頼してるから。それじゃ、ダメ?」

「そ、それは……」

 

 さっきまで強気だった響が言葉に詰まった。

(というか、こんな九条さん初めて見るな……)

 だから、ここからは俺が話すことにした。


「事情は分かりました。ですが、九条さんはともかく、俺は力不足のような気がします」

「そんなことないわよ」

「それが、そんなことあるんです。だって、彼女は……」

「彼女は?」

「いえ、何でもありません。とにかく、俺では力不足です」

「そっか、柏君がそこまで言うなら仕方がないわね。無理はさせられないものね」

「すみません。せっかく、信頼してるって言ってもらったのに」

「いいのよ。信頼してるのは本当のことだから」


 相川先生は微笑むと席から立ち上がって図書室を後にした。

 図書室に残された俺たちはしばらく顔を合せなかった。

 2人の間に沈黙が流れていたが響は耐えきれなくなったのか口を開いた。


「どう、しますか?」

「もしも、その他校の男子生徒が悪い奴だった、助けるよ」

「そう言うと思いました」

「え?」

「それでこそ柏君です」


 なぜか、嬉しそうにそう言った響。

(どういうことだろうか……?)

 俺の中にはてなが浮かんでいたが、今は気にしないことにした。


「ということは、まず事象聴取ですね。大野さんを見かけたという生徒に話を聞きに行ってみましょう」

「そうだな。でも、それは明日だ」


 もしも、渚が何かのトラブルに巻き込まれているのなら助けたい。

 たとえ、俺のことを振った相手だとしても。

 時間も時間なので、渚を見かけた生徒への事情聴取は明日ということで、今日は帰宅することになった。

 

☆☆☆


 

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