第14話 唯花の悩みは?
「大丈夫ですよ。ここは病院ではありませんから、新しくどこかを紹介することはありません。それにここで見聞きしたことは他の人には絶対に言いません。こちらのお姉さんも当然、誰にも言いませんよ。今回はお一人でいらっしゃいましたが、病院ではご両親が同伴されていましたか」
「はい」
唯花が明らかにほっとした顔をしていて、桂花はどういうことだろうと首を捻った。心身的に不調が出る理由を知っているというのに、それを両親に言えなかった。だから総合内科に掛かることで一先ず両親を安心させたというのか。
「話してくれませんか。僕たちが処方する薬は、今村さんが抱えている気持ちの問題を少しは軽くできるはずです。もちろん、必要ないと判断すれば、薬をお渡ししない場合もあります。ですから、どういう事情があるのか、簡単でいいので話してくれませんか」
にこにこと、その笑顔を崩すことなく法明は続けた。
ここまでくるともはや仏様の領域だな、と桂花は感心してしまう。どんなことを言われても動じないし、どんなことであっても約束を守る。そのにこにことした柔和な笑顔はそれを体現しているかのようだった。
「実は、小さい頃から絵を描くのが好きだったんです。そこで、ちょっとしたコンクールに応募したんですね」
「コンクール、ですか」
「ええ。別に期待もしていなくて、ちょっと自分の腕を試したくて応募したんですけど」
「ひょっとして、それは散々な結果ではなく、思いの外いい結果が出たんですか」
「――はい」
唯花がこくっと頷く。なるほど、腕試しのつもりとは言いつつ、自分にはそこまでの才能はないと考えていたのか。しかし、思いのほか評価されてしまい、困惑しているということか。けれども、それは嬉しい誤算であって、体調を崩すほど思い悩むことではないはずだ。
「でも、それだけでは困りませんよね」
法明も同じことを考えたのだろう。これだけでは水野医師に訴えた症状が出るとは思えない。
「それが……今、最終選考まで残っていて、こうなると、両親に絵を応募したことを打ち明けなきゃいけないんです。それに、本当は今志望している大学に進学したいのではなく、絵を描きたいっていうのが、その」
言い出せないのだと、そこで唯花は俯いた。法明はその様子にううむと唸っている。そして、桂花の方へと視線を向けた。絵を描いて最終選考に残ったのならば喜ばしいことではないか。それなのにどうして両親に打ち明けられないのか。法明は、最後の肝心な部分が解らないという顔だ。
「あの、ひょっとしてその絵ってイラストだったんですか」
しかし、そこまで話が出揃っていたら桂花には閃くものがあった。というより、びっくりする偶然なのだが、たまたま同じ経験をした人を知っていた。
なんと、同じ高校に通っていた男子が、まさに似たような道を辿っていたのだ。こっそりと描き続けていたイラストをコンテストに応募し、そして、最終選考に残った。しかし、賞金が出るということで両親の同意を得ないと困ると言っていたのを思い出したのだ。
しかも両親は堅物な人柄で、漫画なんて以ての外という教育方針だったという。それこそどれだけ実力が認められていようと説得するのは大変で、体調不良になるような問題だったと思い出した。そしてそれは今の唯花の状況が酷似していることを裏付けている気がした。
「あ、はい。そうです」
よほど家ではイラストを描くということが悪く捉えられているのか、唯花は顔を真っ赤にしてより俯いてしまう。世の中、親が子どもの好きなものに親が否定的であるというのはままあることだ。ここはひとつ確認してみる必要がありそう。
「ひょっとしてだけど、ご両親ってサブカルに理解がないタイプなんじゃない。通っている学校はお嬢様学校として有名だし、漫画にいいイメージはないんでしょ」
半ば断言して言うと、唯花はその通りですと頷いた。
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