トラウマメモリー⑦




「ファミレスでいい?」


裕香は特に目的地を持っておらず、辺りを適当に見渡しながら見つけたファミレスを指差した。 だが真記としては快く返事できず、迷いながらも首を横に振った。


「ううん・・・。 近くのカフェがいい」

「カフェ? どうして?」

「・・・」


人が大勢いるのが怖いのはどんな状況でも変わらない。 しかし何となく今は言えなかった。 真記の心情を察したのか、裕香は小さく息を吐いて言う。


「カフェかぁ。 いいよ、こだわりはないし」


そうして人の少ない場所へと移動することになった。 簡単な飲み物を注文し話に入る。


「本当に怖かったよね。 さっきの人は誰? 元カレ?」


その言葉に小さく頷いた。


「そっかぁ。 真記さんは可愛いもん。 別れてもしつこく付き纏う男くらいいるだろうね」

「・・・」


共感されてもあまり嬉しくなかった。


「今まで本当に頑張ったね。 よしよし」


そう言って頭を撫でてくれた。 普通は嫌悪感を抱くところだが、今はそれがなかった。


―――何だろう、この違和感・・・?

―――安心はしないけど何とも思わない。


決して悪い感情ではないのだ。 ただこの気持ちに対する適切な表現を真記は持っていなかった。 カフェの店内は落ち着いていて、クラシックなのかゆったりした曲が流れていて心も落ち着く。

鼓動していた心臓が柔らかに収まるにつれて、動揺からも回復していった。


―ブー、ブー。


その時、裕香のスマートフォンが鳴った。 静かな店内に響き渡る少々耳障りな音。 電話があまり好きではない真記からしたらすぐに音を消してほしかった。


「あ、ちょっとごめんね」

「・・・うん」


しばらく裕香はスマートフォンを弄る。 だが一向に終わる気配がない。


―――・・・何かあったのかな?


気になって尋ねてみた。


「・・・誰から?」

「あー。 彼氏からかな?」


―――何か、曖昧な返事・・・。


少し濁したような発言に引っかかりつつ、自分の分の勘定を机に置き真記は席を立とうとする。


「じゃあ、私はそろそろ」

「駄目だよ! まだここにいて!」 


そう言って裕香は行かせないよう真記の腕を掴んだ。


「でも、彼氏を優先させた方が・・・。 私なんかより」

「何を言ってんの。 今は真記さんの方が大事に決まっているじゃん?」

「どうして・・・?」

「だって友達が苦しんでいるんだよ?」

「・・・友達?」

「そう、友達だよ? 彼氏には断っておくから」


そう言って裕香は再びスマートフォンを弄る。 引き留められたのを無理に離れることもできず、真記はもう一度席に座った。


「これでよし」


裕香はスマートフォンをしまい真記に問う。


「それで? 今日はこの後どうするの?」

「えっと・・・」

「真記さんって独り暮らし?」


自身の情報を言うことに抵抗はあったが、コクリと頷いていた。


「一人なら絶対に危険だよ! さっきの男がまた付いてくるかもだし」


その可能性は当然考えられる。 今もカフェの外では晃良が待っているのではないかと思ってしまう。 念のため窓から外を確認してみているが、その姿は確認できない。

だからどうしようかと迷っていたところだ。 その様子を悟ったのか裕香が誘ってきた。


「よかったら、私の家に来る?」

「え・・・」

「私も一人暮らしなんだけど、二人いた方が安心しない?」

「でも、流石にそれは・・・」

「一人で家にいるのも怖いでしょ?」


正直どこかへ泊まれる程お金の余裕はない。 悩んだ挙句裕香に甘えることにした。 今は晃良から離れられれば何でもいいと思ってしまったのだ。


「じゃあ決まり! 早速行こうか」 


カフェを出て裕香の家に向かおうとする。


―――怖いけど、大丈夫だよね・・・?

―――もし何かをされても裕香さんも女性だし抵抗はできるはず・・・。


幸いなのかカフェの外に晃良がいるようなことはなかった。 少しばかりホッとしたところで、裕香の後に付いていく。 だがどうも様子がおかしい気がした。


「・・・ここ?」


着いた場所はどう見ても家ではなく、町の中心で住宅地ではない。 もちろんそこに住処がないとは断言できないが、何となく一般住居があるようには思えなかった。


「・・・地下、だよね?」

「そうだよ?」

「ここが家?」

「まさか。 家に帰る前に少し寄りたいところがあってね」

「・・・」


危険を感じ一歩後退る。 それを裕香が笑顔で腕を掴んで止めた。


「さぁさぁ。 気にせず気にせず」


その瞬間、さぁっと血の気が引いた。 しかし真記に抵抗する術はなく、背中を押されるように半ば強制的に地下への階段を降りることになる。 本当はまだそこでなら抵抗できる可能性があったのだ。

裕香一人ならがむしゃらに身体を動かせば振り解けただろう。 だが真記には過去の経験やトラウマがありそれができなかった。 そして、裕香が扉を開けたその先を見て愕然とすることになる。


「ッ・・・!」


ぶわっと脂汗が噴出しフラッシュバックするよう過去のトラウマが蘇った。 そこには見覚えのある八名の男女が待っていたのだ。



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