02 見(まみ)える

 夏の武蔵野。

 太陽が照りつけ、ただよう野を、平良文たいらのよしふみは駆ける。

 郎等ろうとうを連れて。

 その数、およそ六百。

源宛みなもとのあつるにしても、同じくらいだろうよ」

 この未開の荒野、武蔵野。

 開拓にいそしんで来たが、それでも多くの兵や民を食わせるには、程遠い。

 だからこそ、箕田みだ源宛みなもとのあつるは、村岡の平良文たいらのよしふみと同程度の兵数と見た。

 良文よしふみの愛馬がいななく。

 敵がいる、と。

「敵ではない……落ち着け」

 良文よしふみは愛馬を撫でる。

 馬上、広がる原野の果てに、一塊の群れが見えた。

 群れから一騎、若い武士がこちらに迫る。

「我こそは、源宛みなもとのあつるなり。平良文たいらのよしふみどのとお見受けする」

「いかにも」

 あつるは一礼すると、言葉をつづけた。

 その礼儀正しさに、良文よしふみは感心しながら、耳を傾ける。

「されば、此度こたび、貴殿がそれがしざまに罵ったと聞く」

「いやそれは」

 良文よしふみは誤解であると述べようとした。

「……言いたいことはあろうが、それがしとしても亡父ちち源仕みなもとのつこう承平じょうへい天慶てんぎょうの功をおとしめることだけは、看過できぬ」

 若いがゆえに、父への想いが強いか。

 それも、よりによって、承平天慶の功と来たか。

 甥の平将門たいらのまさかどが起こした叛乱。それは、西の藤原純友ふじわらのすみともの乱と相まって、承平天慶の乱といわれる。

 良文よしふみ自身は将門と共にこの地に生きるつもりであったが、乱の前に勅命が下り、陸奥へ征くこととなり、そしてそのまま死に別れてしまい、忸怩じくじたる思いを抱えていた。

「……の叛賊を」

「もうよい」

 良文よしふみとしては、この気持ちの良い若者が、やはり気持ちの良い男であった将門をさげすむ言い方をするのは、聞きたくなかった。たとえそれが、官衙かんがによる呼称よびなだとしても。

 良文よしふみは馬を進めた。

 郎等が付き従おうとするのを制止し、単騎にて前に出て、あつる相対あいたいした。

あつるどの」

「何か」

「このまま、合戦かっせんに及ぶつもりか」

「…………」

 あつるは唇を噛み締めていた。

 不本意だな。

 そう感じた良文よしふみは、この野に出でる時に考えていたことを告げる。

「では一騎打ちにて、あいたたかおう。如何いかん?」

 あつるは大きく目を見開く。

「一騎打ちとは?」

「聞いてのとおり。合戦など、怒りに燻ぶらせた郎等の思う壺。この際だから言うておくが、わしは其方そなたの父を貶めてはおらん」

 だが郎等の心情を汲まねばならぬ棟梁としての立場もあり、こうして手勢を率いてきた。それはあつるも同様であろう。

 そして事ここに至った以上、互いの郎等を納得させるには。

あつるどのの得意は、何か」

「弓だが、良文よしふみどの、本当に」

「まことよ。ならば、最悪、どちらかが死ねば終わる」

「しかし、ご老体」

「では、いざ尋常に、勝負」

 あつるの気遣いを振り切るように。

 良文よしふみは、背負った弓を構えた。

「これよりこの良文よしふみあつるどのと弓にて一騎打ちいたす!」

 良文よしふみの郎等も心得たもので、承知つかまつったとかしこまる。

「……是非もなし」

 あつるもこうまでされた以上、退くわけにもいかぬ。

 彼もまた、弓を構えた。

「さらば弓にて勝負せん!」


 一騎打ちが始まった。


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