7.とある午後 1話


≪前回のあらすじ≫

上層区画のある建物の一室。

【フェンリル】の統括者ガンマ・グレイブヤードは、

新任秘書官をからかって暇をつぶしていた。


======================================


 ある日の午後。

 それは珍しく兄たちが、依頼人から受けた人探しのために、朝から情報集めにあちこち走り回っている時のことである。

 サクラとシェリルは店番を休み、以前フレイから受けたお誘いに乗り、ストランドへ向かっていた。


 サクラは珍しく、いつものBLITZ制服代わりのスカート&シャツベスト姿から着替え、お出かけスタイルである。


 シェリルは大きな白い帽子と腕をすっぽり覆う薄手のグローブを身にまとい、まさしく深窓のご令嬢のお出かけといったスタイルである。

 先日、サクラとともに市場に買い物に行った際、直射日光に当たりすぎたことにより、頭頂部から発火するという騒動を起こして以来、長時間の外出時はほぼこのスタイルだ。

 そう、人間だったときとさほど変わらない生活を送っているが、彼女は吸血鬼である。

 それが覚醒前に親の吸血鬼が死んだためか、一度も血を口にしていないためか原因は誰にも分からない。

  本来、ここ(廃棄区画)でこんな格好をしているなんてさぁ、いつでも攫って身代金でも要求してくださいとほぼ同義であるが、彼女達は気にしない。


 そんな彼女が廃棄区画を出歩くことについて、最初こそ、サクラを筆頭にBLITZの面々は警戒していたが、彼女が 真の貴族となるための社会勉強と称し、BLITZに身を置くようになってから3か月程経過。

 ここら一帯の連中にシェリルが赤い適当男と黒い暴力装置の身内だと言うことが浸透するには十分すぎる時間。

 いまや、誰もシェリルの服装を見ても手を出そうと考えるものはいなくなった。

 ときたま新たに廃棄区画に流れてきた者がちょっかいをかけることがあるが、吸血鬼なので撃退に何の問題もない。



 そんな彼女達は、太陽がいよいよ高く登る頃、カイル達が常連の酒場「ストランド」の門戸の前に立っていた。

 兄達から、ストランドは最近昼は喫茶店営業を行っていると聞いていたが、ドアにクローズの看板がかかっている。


 「サクラちゃん、ここですか?」


 「うん、確か。かなり前一度兄さんと来た依頼だから、あまり自信は無いけど・・・」


 悩んでいても仕方ないよね。


 サクラは拳を握りしめ、力強くストランドの古びたドアをノックし、大きな声で中にいるかもしれない誰かに呼びかけた。


 「こんにちはー、ごめんくださーい!」


 微かに蝶番の軋む音を立てながらドアが開く。

 扉の影からぬっと現れたのは、咥え煙草に色付きの眼鏡をかけ、やや紫を帯びた長めの髪をやや後ろに流してセットした中肉中背の胡散臭いおじさん。


 「すみませんね、今従業員の募集はして・・・・ん?お嬢ちゃん、確か」 


 胡散臭いおじさんこと、ストランドのマスターの目がサクラを捉えた。


 「マスターさん、お久しぶりです。フレイさんはいらっしゃいますか?」

 

 「いらっしゃい。サクラちゃん、久しぶりだな。てことはそっちが....」


 「シェリル・ミシュランと申します。始めまして、えーっと、マスターさん」


 「ああ、よろしく。ようこそ、ストランドへ。まさかミシュラン家のご令嬢が来店される日がくるなんてな、ウチも箔がつくってもんだ」


 「ダメですよ、マスター。それは秘密なんですから!」


 「冗談さ、アニキと違って真面目だなサクラちゃんは。まぁこんなところで立ち話もなんだ。二人とも中に入りな」


 今日のストランドはお昼の喫茶営業は休業日、

店内のカウンター奥では、エミリアがせっせと夜の開店に向けて食材の下ごしらえをしていた。


 「フレイ!お前に来客だ!」


 「フレイさん、遊びに来ました!」


 マスターとサクラの呼び声に反応して、店の奥からフレイが顔を出した。

 今日は薄手のセーターと控えめなスリットの入ったタイトスカートに髪をゆるく編み肩口から前に垂らし、フレームの細い丸いメガネをかけており普段の派手な様子とはかなり印象が異なる出で立ちだ。


 「いらっしゃい二人とも。来てくれたのねぇ!スゴク嬉しいわ。さぁ、こちらにいらっしゃい、座って座って」


 「本日はお招きいただきありがとうございます。これ、良かったら皆さんで」 


 フレイに案内されるままに店の奥のテーブル席に向かうサクラとシェリル。

 席に座る直前にサクラは手に持っていた焼き菓子の入った小袋をフレイに差し出した。

 それは今日のために昨日彼女たちが焼いてきたものだ。


 「あら、お土産?ありがとう!折角だし皆で食べましょう。二人とも何か飲みはいかが?私からのサービスだから何でも好きなもの頼んでね」

 

 「え、そんな悪いです。いつも兄が大変ご迷惑をおかけしていてるのに・・・」


  (しっかりしている。この娘、本当にアレと兄妹なのかしら・・・?)

  サクラの発言を聞いたフレイとエミリアの思考がシンクロする。



 珍しくもじもじと遠慮しているサクラの様子を見ていたマスターが助け船を出す。


 「かまわないさ、フレイが奢るなんて本当に珍しいんだ。お二人さん、何でも好きなものを頼みなよ。なぁ?」


 エミリアも包丁を握る手を止め、マスターの隣で同意を示すようにこくりと頷いている


 「ありがとうございます。では、これとこれをお願いします。シェリルちゃんはどれにしますか?」


 「私はこれにします」


 サクラとシェリルはチーズとハチミツのピザとフルーツジュースとトマトジュースを頼んだ。

 そしてフレイはコーヒーの入ったマイカップを持ってサクラとシェリルの目の前に腰をおろした。


 エミリアが生地を伸ばしピザを作っている間、3人は各々注文した飲み物を飲みながら談笑を開始した。

 ひとしきり最近流行っているファッションやスイーツに関する話題に区切りがついたころ、サクラが聞きにくそうに話を切り出した。


 「あの、フレイさん1つお伺いしたいことが」


 「どうしたの?サクラちゃん。そんなかしこまっちゃって」


 「実は、最近少し兄の様子が変でして、妙にピリピリしているというかなんというか。フレイさん達、何か聞いていませんか?」


 「・・・そうねぇ、お兄さん達から聞いているかもしれないけれど、今回の人探しの依頼に、流行っている薬が関係しているみたいだからそれでじゃないかしら?ほら、アナタ達のこともあるし」


 「やっぱりそうだったんですか。危ない目にあってないといいんですけど。あんなんですけど、兄なので、その・・・」


 「サクラちゃん、大丈夫ですよ!カイルさん、とっても強かったですし」

 

 サクラの心配を打ち消す様にまっすぐ目をみてシェリルがいつもより大きな声で言った。


 「そういえばシェリルちゃんは兄さんと戦ったんだっけ?」


 「はい。全く歯がたちませんでした。皆さん風に言うとボコボコです。それにほら、リュウガさんもついてますし。きっとどんな危険が降りかかってもあの二人なら絶対大丈夫です。いざとなったら私も戦いますし。これでも私、最近少し強くなったんですよ!」


 最近シェリルは、カイルから魔力の制御方法、リュウガから身体の使い方と近接戦闘力の底上げとして、少しずつ戦闘訓練を受け始めたのだ。

 本人には、内緒だがそんな彼女の評価は、ドンくさいが意外とタフなメンタルを持っているである。


 そう言って力こぶ(無い)を見せつけるように腕をかかげ、楽しげに語るシェリルを見て、サクラは少し安心すると同時に別の不安を覚えた。

 あぁ、シェリルちゃんが順調にBLITZ(ウチ)に染まってきていると。


 「そうそう、あの二人なら殺したって死なないいわ。話は変わるんだけど、アナタたちパズルって得意?」


 「パズルですか?やったことありません。シェリルちゃんある?」


 「はい、何度か。フレイさんパズルがどうかしたんですか?」


 「ええ、この前仕事でもらったんだけど私はやらないから、よかったら持って帰って」


 そういうとフレイは店の裏から箱を1つ持ってきてテーブルに置いた。

 パッケージに書かれた完成図は白紙。

 シェリルが首を傾げる。


 「フレイさんこのパズル絵が入っていない様ですけど」


 「そうなのよねー。なんだか一部で流行ってるらしいわよこの白いの。難しそうでしょー?完成したら私に見せてね!」


 「そうんなんですかぁ。面白そうですね、サクラちゃん」


 「うん、でも難しそう」


 「任せてください。実は私、結構こういうの得意なんです」


 「ホントに!じゃあ安心だね」


 「これ、完成させた後絵を書いて、またパズルにしても面白そうよね!」


 ピザを食べ終わり、目の前の箱の話題で盛り上がる3人にエミリアがまた何か持ってきた。


 それはグラスに盛り付けられた、デザートの山とも表現すべきもの。

 

 「おーーーーーーーーー!!!」


 サクラとシェリルの視線がソレに釘付けになる。


 「最近セントラルで流行っているパフェというものらしいです。カフェタイム用の試作品ですが、よければ食べてみてください。率直な感想だけいただければ助かります。」


 「美味しい!エミリアさん、これフルーツを乗せてみても美味しいんじゃないでしょうか!!」

 

 「私はアイスクリームが乗っているやつを食べてみたいです。」


 「ふむ。なるほど。それは面白そうですね。サクラさん、シェリルさんお腹に余裕があ

ればもう何品か味見をしていただきたいのですがご協力いただけますか?」


 「はい!是非喜んで!!」

 

 サクラとシェリルの意見を腰のポーチから取り出したメモに記していくエミリアの言葉にサクラとシェリルの目が輝く。


 開店前のストランドが、いつもと異なる賑やかさに包まれていたその頃。

 兄達、カイルとリュウガはタバコ臭い店内で、凶悪な面構えの男達と顔を突き合わせていた。


======================================

~登場人物紹介~

・サクラ・ブルーフォード:カイルの妹。家事~家計まで「なんでも屋 BLITZ」の実質統治者。


・シェリル・ミシュラン:ミシュラン家ご令嬢。

            今はいちよう吸血鬼 兼 「なんでも屋 BLITZ」家事見習い。


・マスター:酒場「ストランド」を営む情報通。本名は不明。


・フレイ:双子の姉。「ストランド」の経理関係と

          比較的安全~怪しい依頼までを扱う仲介業を営む。


・エミリア:双子の妹。「ストランド」の料理、給仕、掃除を担当。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る