3.新たな厄介ごと 1話

≪前回までのあらすじ≫

久しぶりの悪夢。

すっきりしない目覚めに黒焦げのトーストと大量の泡の奇襲。

いつもどおり慌ただしいBLITZに新たな依頼人が訪れた。

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 静かな夜。

 外ではしとしとと雨が降っている。

 まだまだ暖かい季節なのだがここしばらくは雨や寒い日が続いている。


 「今日は客が少なそうだ。フレイ、もう上がっていいぞ。最近は例の件で忙しいんだろ?」


 「ありがとうマスター。そうなのよ、最近は本当に目が回るほど忙しくって。今日もアレ関連の仕事の依頼が嫌ってほど。仕事とはいえもううんざり。」


 そんな日の「ストランド」の店内。

 誰の選曲なのか、本日は民族音楽の様な独特の旋律と打楽器が印象深い曲が流されている。

 静かに降り続ける雨音と民族楽器の情緒ある音色が合わさり、穏やかな雰囲気が広がっていた。

 加えてマスターのセンスによるものか、エミリアによってレストランのようにきっちりと整えられた店内によるのか、はたまたフレイによるものと推測される一際華やかな雰囲気を醸し出している調度品によるものか、「ストランド」には落ち着きと華やかが調和し満ちている。

 そこにそれらとは相反する、壁に乱雑に貼られた数々のチラシやポスター、荒くれ者たちの溜り場でもあるジャンクな雰囲気が融合し独特の雰囲気を醸し出している。


 そんなストランドにブリッツの二人が現れたのは正午過ぎである。


 「どうも、マスター!!お久しぶりです」


 「とりあえずなんかキツイのくれ」


 雑な挨拶と注文と共に現れるが否や、我が物顔でカウンター席に向かう二人の前に、ストランドの秩序の守り手が静かに立ちはだかった。

 たった今の今までカウンターで料理の下ごしらえをしていたエミリアである。


 「おかしいですね。店内の掃除はあらかた終わったと思ったのですが。こんなところにまだゴミが残っていましたか」


 彼女はいつもの招かれざる客の顔を見るなり、これまたいつもの調子でそう言い放った。


 「あの、エミリアさん。毎度言うけど俺らはお客様だって言ってるでしょうよ」


 「捨てれば無くなるゴミの方が何度追い返してもやってくるあなたたちより何倍もマシです。人として扱って欲しいなら、せめて溜まりに溜まったツケを.....」


 いつものとどめの一言を言い放とうとしたエミリアの目が大きく見開かれた。

 普段無表情気味のエミリアがこういった表情をすることは非常に珍しい。

 その驚きの正体は、眼前に突き出されたカイルの手に握られている分厚い札束であった。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・偽物じゃないですよね?」


 「そんなわけないじゃない。俺がエミリアに嘘ついたことある?」


 「ええ、それなりに」


 そういわれると返す言葉がない。

 そして、背後からのリュウガの視線が痛い


 「と、とにかく、これでツケの分足りるよね?」

 

 エミリアは、俄かには信じられないと物語るジトっとした視線をカイルに向けながら、すぐさま札束のチェックをはじめた。


 「・・・確かに、それではお客様、こちらのお席へどうぞ」

 

 エミリアチェックをクリアしたBLITZの二人組はいつものカウンター席へと腰を下ろし、マスターと話を始めた。


 「おいおい、たまげたなぁこりゃ!!お前ら一体どんな悪事を働いたんだ?」


 マスターの目は薄い色のついた眼鏡に隠されており読み取りにくいが、その口ぶりとニヤッと歪められた口元から察するに大体の事情は既に耳に入っているのだろう。

 さまざまな人物が出入りするここストランドのマスターの情報網は信じられないほどに広いのだ。


 「悪事だなんて人聞きが悪いよ、マスター。俺たちはただ悪質なカジノに騙された人達から依頼を受けてお金を取り戻す手伝いをしただけだって」


 「ハハハッ、大体の話は聞いてるさ、最近イカサマで急拡大したカジノが大金巻き上げられて痛い目見たってな」


 「まぁね。俺の得意分野は本来戦闘よりもこっちだから」


 カイルは飄々とした仕草で得意げに自分の頭を指差した。

 しかし、カウンターの奥で料理の下ごしらえを再開したエミリアが鋭い視線を自分たちに注いでいることに気づき「アハハ………」と苦笑交じりに手を下ろして視線を逸らした。

 先ほどからエミリアの手により、まな板の上で細かく切り刻まれている肉がそう遠くない自分の未来の姿のような気がして、なるべく視界に入れたくはない。


 「やっぱり、お前は昔みたくに何かに縛られてるよりも今みたいに自由にやってる方が性にあってるんだろうな。そんなことより景気いいんだろ?たまにはパァッと飲んでいけよ!」


 そう言ってカイルの前にレモンスライスの添えられたコーラ、リュウガの前にはよく冷えたジンのショットとツマミのミックスナッツが置かれた。


 「ありがとう。でもさ、実は依頼人達に騙されたっていう分のお金を返却して、それから異様に高い仕事の斡旋仲介料を支払って、サクラに今までの借金返済用の資金と生活費を渡して、最後にここのツケを支払ってもうほとんどすっからかんなんだよね」


 「なるほどな。しかし、お前らその金持ち逃げすればすぐに夢かなったんじゃねぇのか?」


 「まぁね、そうかもしれないんだけど、昔何でも屋始めるときにある人に言われた

『何事もきっちり最後までやり通してこそ本物だ』って言葉が頭から離れなくてさ。正直に全部返しちゃった」


 既に3杯目のジンを飲み干しているリュウガの横でカイルはストローでコーラに浮かぶ氷をつつきながらしみじみと呟いた。


 「これじゃあセントラルに店を出せるのは一体いつに・・・」


 「なんだか失礼な話が聞こえた気がしたけれど?『異常に高い仲介料』とは聞き捨てならないわねぇ」


 突如、マスターとカイルの会話を後ろから現れたフレイの甘い声が遮った。

 今日も相変わらず胸元の大きく開いた派手なドレスを着ている。


 「私はこれでも良心的な価格で依頼を提供しているのよ。案件を探して、精査して、条件交渉をして、普通では紹介できないような高報酬な依頼をセットするのは楽じゃないし。その分それなりにリスクはあるし、仲介料も高くなるわ」


 「えっと、フレイさん。さっき言ってたことと矛盾してません?」


 「そう?いいじゃない、そんな細かいこと」


 「それよりも、ねぇ。実はまたアナタたちにピッタリないい案件があるんだけど。・・・どう?」


 フレイがカイルの右肩にしなだれかかり耳元で甘ったるく囁く。

 同時に柔らかな感触と甘い香りがカイルを包み込む。


 「へぇ?それってどんな・・・・」


 「その必要はない」


 今までずっと静かに酒を飲んでいたリュウガが、6杯目を目前にして静かに言った。


 「もう別口から割のいい依頼を受けているだろうが。変な仲介を挟んでねえからいつもみたいにピンハネされることもないしな。わかったら黙ってコーラ飲んでろ」


 「えぇ~!!信じられないわ!!私の仲介も無しにマイナーでいつもセコイことばっかりしてるBLITZにそんな依頼がいくなんて。それ相当危ない話なんじゃないの!?」


 「うーん。まぁ、確かにフレイさんの言うことも一理あるかな」


 そう言うとカイルは今朝の出来事を話し始めた。


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~登場人物紹介~

・カイル・ブルーフォード:「なんでも屋 BLITZ」を営む。

             セントラルに出店することが当面の目標。

・リュウガ・ナギリ(百鬼 龍牙):「なんでも屋 BLITZ」のメンバー。

                 フレイの持ってくる案件を警戒している。

・マスター:「ストランド」の主。本名は不明。

      いつもかけている薄い色のついた眼鏡はこだわりの逸品らしい。

・フレイ:「ストランド」の経理関係と比較的安全~怪しい依頼までを扱う

     仲介業を営む。香水集めが趣味。

・エミリア:「ストランド」の給仕と掃除を担当。肉も魚も完ぺきに捌ける。

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