2.影と泡

≪前回までのあらすじ≫


カジノからの凱旋中、イカサマがばれて大ピンチ。

さっさと帰る相棒、迫り来る怖い人たち。

そんな時、意外な人物と再会する。


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 ここはどこだろう?

 周囲をよく見渡すとなんだか全てがぼやけていてどこだかよくわからない。

 しかし同時に自分がほんのりと暖かい流水の中にいるような、ふわふわとどこかを漂っているような感覚を覚える。


 「よう、久しぶりだな」


 しばらく辺りをうろつきながらキョロキョロしているといきなり話かけられた。


 声をかけて来たその人物をよく見てみると金髪に碧眼の青年である。

 どこかで見たことがあるな、と思い頭をフル稼働させると自分と瓜二つの外見をしていることに気付いた。

 ただ一つ、背中から大きな漆黒の翼が一枚突き出していること以外は。


 「なんだよ、久しぶりだってのに挨拶もなしか。冷てえな」


 自分と瓜二つの人物、そして奇妙な感覚。

 その二つが合わさってようやく自分は夢の中にいるのだと認識することができた。


 「会いたかったぜ、カイル」


 「・・・俺はまったく会いたくなかったけどな」


 そんな自分の似姿に対し、カイルは珍しく嫌悪感を露わに応えた。


 「いい加減、お前を消し去りたいと思ってるんだ、シャドウ。そうすれば疲れている時に嫌な奴に会って安眠を妨害されることもなくなる」

 

 シャドウと呼ばれたカイルにそっくりな人物はあからさまな敵意を向けられてもニヤニヤとした嫌な笑みで答えるばかり。


 「ハハッ、まぁそんな怖いことを言うなって。俺とお前はとても深~い関係なんだからよ。長い付き合いなんだし言わなくても分かっているだろう?だが、消し去りたいと思ってる、っていうところに関しては同感だ」


 シャドウはカイルの目を真っ直ぐ見た。

 一見静かで穏やかな表情を浮かべているようだが、人の腹の中を探るような見透かすような嫌な目つきに暗く冷酷な気配を漂わせている。


 「気づいているんだろう?じきに『時』がやってくる。俺とお前にとっての契機が、避けようのない定めが」


 カイルが敵意をむき出しにし冷徹な視線を向けていてもお構いなしに朗々と語るシャドウ。


 「気に障ったのなら謝るぜ。その『時』が来るまではこれまでどおり俺たちはお互いに大切なお友達、いや,運命共同体だ。ほら、仲良くしようぜ、なぁ?お、そろそろ日が昇るな。どうやら今日は依頼人が来るみたいだぜ、頑張れよ」


 カイルが依然として無言で睨みつけている中シャドウは、静かに笑いながら消えていった。


~~~~~~~~~~~


 最悪の目覚めだ。

 起き抜けからスッキリしない気持ちで着替えを済ませて自分の部屋を出てノロノロ1階への階段を下っていく。

 フェンリルを抜けた以来すっかり鳴りを潜めていたから、封じられたものだと思っていたのに。


 「何でも屋 BLITZ」の事務所兼リビングのカウンターへと赴くと、前回の事件の後ここに滞在することになったシェリルが厨房に立っていた。


 「カイルさん。おはようございます。今日は早いんですね」


 シェリルはここに来てからサクラが一人でこなしていた家事を分担して手伝っているのだ。

 どうもやったことのない家事が楽しいらしい。

 最近はようやくサクラの手伝い無しでも「食べられる料理」を作れるようになってきたところであった。


 食卓ではまさにリュウガが朝食を朝食をとっているところだった。

 皿に盛られたメニューをチラ見っ、と・・・。

 今朝のメニューは焦げたパンに生焼けのハムエッグか………。

 「今日はまだ当たりの日だな」と心の中でカイルは呟いた。


 皿を前にしたリュウガの表情はなんとも言えない複雑なものである。

 いつもならこんな朝食が出た日には無言で席を立ちそうだが、やはり、どうもリュウガはシェリルに甘いらしい。

 スローペースながらも大人しくそれらを食べていた。


 「カイルさんはどうします?すぐ朝食をお食べになりますか?」


 「おはようシェリルちゃん。ありがとう、お腹すいちゃって」


 「はい、では準備しますね」


 元気な返事とともに早速シェリルはカイルの朝食の準備を始めた。


 「えっと、シェリルちゃん!俺は卵固めが好きだからよろしく!!」


 実は半熟好きだが生を回避するために念の為厨房に一声かけてからカイルは席についた。

 

 「珍しいな。お前がこの時間に起きてくるなんて」


 ちょうど生焼けの目玉焼きをスローペースで食べているリュウガは無表情のまま尋ねた。


 いつも適当に起きてきて、適当な時間に食べるカイルとは対象的にリュウガはいつも決まった時間に食事をとるのである。

 もしその時間に間に合わなければなるべく食べない。

 昔からの習慣らしい。


 「久しぶりにシャドウに会った」


 唐突に切り出したカイルの言葉にリュウガは朝食を食べる手を止めてカイルを見た。


 「・・・・・何があった?」


 「大丈夫。多分、この前久しぶりに力を使ったから疲れただけかな」


 「あえてこれ以上は聞かねえが。気が向いたら俺に面倒がかかる前に誰かに話せ」


 リュウガはわざとらしくヘラヘラしているカイルに対し、それだけ言うと半分炭化したトーストに齧りついた。

 その表情は焦げたトーストが苦いからなのか、それとも。


 「カイルさん、朝ご飯出来ましたよ」


 とシェリルが朝食を運んできた。

 

 「まぁ………努力するよ」


 と、カイルは小声で呟いた後。


「ありがとう!!シェリルちゃん。いただきまーす」


 直前の呟きをもやもやした気分をかき消すようにいつもよりも大声で言った。

 

 数十分後、カイルが朝食を食べ終わる頃。

 

 「シェリルちゃん、洗濯終わったよ!」


 店の前の掃除でもしていたのであろう。

 箒を持ったサクラが扉の隙間からひょっこりと顔を出した。


 「あれっ、兄さんがもう起きてる。洗濯物干すの止めた方がいいのかなぁ」


 と思ったら、この時間帯にテーブルに座って食事を取っている兄の顔見て真剣に悩み出した。


 「いやいや、俺だってたまには早くに起きるよ」


 「冗談です。でもいつも昼前に起きてくる人が言っても説得力ゼロですよ。たまには朝食作りでも手伝ったらどうです?」


 相変わらず厳しい妹である。

 確かに家事のほとんどをサクラ任せにしているので何も文句は言えないが。


 「サクラちゃん。私、次はお風呂の掃除をしてきますね!」


 カイルが妹に説教されている間に、シェリルはグラスに並々注がれた特製塩トマトジュースを一口飲むと次の仕事に向けてパタパタとお風呂場へとかけていった。


 「まったく、シェリルちゃんがウチに来てくれたのはいいけど。前にも増してお二人が怠け者になっていくのは見過ごせません。前回の事件では大変だったようですし、まだ本調子じゃないのはわかりますが」


 前回の事件。

 通称連続貴族子殺傷事件は無事解決したが、結局報酬をもらえなかったためくたびれもうけであったのである。


 「まさか・・・兄さん。何か隠してませんか?例えば、力を解放した反動で何らかの影響があった、とか」


 さすが妹、兄の異変に超鋭い。


 「何ですか、その反応は。まさか、本当に?もし本当にそうなら今すぐ病院に!いや、病院なんかじゃ無理ですよね・・・」


 「さぁてと、お腹もいっぱいになったし、新しい仕事でも探しに行こうかな」


 露骨に話題を反らし席を立ち上がるカイル。

 ちらっと視線を相棒に送るが、リュウガはまだ微妙な表情で焦げたトーストを齧っている。

 どうもコーヒーと一緒に少しずつ炭トーストを嚥下する作戦を決行中のようだ。


 「ちょっとちょっと!!ダメですよ、兄さん!!今日はゆっくり休んで下さい。どうせウチみたいなところにそう何件も仕事なんて回ってこないですから!」


 サクラに心配されつつ、さりげなく痛いところも突かれ、カイルは複雑な表情を浮かべた。


 そんな何とも言えない空気が漂った時だった。


 「キャアアアアッ!」


 突如悲鳴が聞こえてきた。

 どうやら風呂場の方からのようだ。


 「シェリルちゃん!大丈夫?」


 シェリルは未覚醒とはいえ吸血鬼である。

 血を口にしていないためか、ほとんど人間と変わらない体質だが、日光や銀にはあまり強くない。

 もしかしたら何か他にも弱点となるなものが風呂場にあったか?

 などと最悪の事態を想定しつつ、カイルはサクラとともに風呂場へ駆ける。


 何やら白いものが風呂場から廊下へ吹き出している。

 これは・・・?

 大量の泡?


 「わ、わ、わぁ!!泡!!泡がああぁぁっ!!」


 泡を払いながら脱衣所に入ると、そこには泡に塗れてオロオロしているシェリルの姿があった。


 「わあ、シェリルちゃん。洗剤出しすぎ!!早く水止めて!!」


 「げっ、これ洗剤が混じってガスが発生してるかも。窓開けないと!!」


 「ふああぁぁ、ごめんなさいぃ!!」


 「おーおー、コイツぁヒデェ。廊下にまで吹き出してきてやがる。」


 サクラとカイルがシェリルを救出するため泡地獄へ突入した最中、マイペースに遅れてやってきたリュウガは、とりあえず炭化したトーストの残りを口に放り込み、惨劇を収めるべく物置まで掃除道具を取りに向かった。


 それから30分程後


 カランカランッ

 目下、BLITZの面々が泡地獄と格闘を繰り広げているところ、聞きなれたベルの音がBLITZ店内に鳴り響き、静かに扉が開かれた。


 「ごめんください、何でも屋のBLITZというのはこちらでしょうか?」


 開かれた扉の向こうには、傘をさし、上等な毛皮のコートに身を包んだ年配の女性が立っていた。


「いらっしゃいませ。はい、どんな依頼でもたちどころに解決する「何でも屋」ブリッツとは私達のことです」


 掃除用具を片手にしたまま泡まみれのカイルがバタバタと店の奥から駆けてきて営業スマイル全開で来訪者を出迎えた。


 そんな彼に対し、この上なく怪訝そうな目を向けるご婦人。


 何故なら彼女の視界に飛び込んできたのは、泡だらけの店内に胡散臭い笑顔の泡まみれの男、その背後には、同じく泡まみれの仏頂面の大柄な男、少し離れた椅子に腰掛けふらふらと目を回しているグレーの髪の少女が濡れた犬のごとく金髪の少女にタオルでゴシゴシと全身を拭き取られている光景だったからだ。


 「・・・どうやら店を間違えたみたいですね。失礼します」


 そういうが早いか年配の女性は足早に店を出て行こうと踵を返したが、すぐに床板の段差に足を躓かせた。


 「申し訳ございません、お客様。ただ今ちょっとしたハプニングにより店内は大変滑りやすい状態になっております。そんな危険な出口までの道を行くより、しばしこちらでお茶でも飲みながら、私どもにあなたのお悩みをお聞かせていただけませんか?」


 女性がバランスを崩し転倒するまでわずか2秒、カイルはその間にきっちりと自由落下する女性を受け止め支えていた。


 「・・・新手の悪徳商法かなにかなのかしら?」

 

 カイルの大袈裟なジェスチャーと営業トークに更に不信感を募らせるご婦人。


 「いえいえ、とんでもない。我々は、依頼をいただければなんでも解決する『親切』、『素早く』、『お安く』がモットーの優良な何でも屋です。例え上層地区の方が危険を犯してまでわざわざ足を運び、依頼をしにくるような怪しげなご依頼でもばっちりお受け致しますよ。なにせ、何でも屋ですから」


 「・・・いいでしょう。話を聞いていただけるかしら」


 依頼人がカイルを見る目は相変わらず不審物を見る様なものではあるが、彼の言葉を聞いて一先ず話だけでもしてみる気にはなったようだ。


 コートを脱ぎ、カイルの手を借りて交渉のテーブルへと着いた依頼人。

 彼女の胸には小さなユリをかたどった金色のバッジがついている。

 それはモスグルン市議会議長の証のバッジである。


 「あなたたちにはこの人物を探し出して欲しいのよ」


 彼女は小ぶりだが繊細な作りの上質そうなハンドバッグから、一枚の写真を取り出しテーブルに置き端的に依頼内容を伝えた。


 その写真には一人の青年の姿が映し出されていた。

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~登場人物紹介~


・カイル・ブルーフォード:「なんでも屋 BLITZ」を営む。朝に弱い。

・リュウガ・ナギリ(百鬼 龍牙):「なんでも屋 BLITZ」のメンバー。体内時計が超正確。

・サクラ・ブルーフォード:カイルの妹。家事~家計まで「なんでも屋 BLITZ」の実質統治者。

・シェリル・ミシュラン:ミシュラン家ご令嬢。

            いちよう吸血鬼 兼 「なんでも屋 BLITZ」家事見習い。

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