14.真相 前編

≪前回のあらすじ≫


ついに現れた吸血鬼。

カイル達は夜の街を駆ける。

吸血鬼を追うBLITZの二人の前に、再び殺し屋ダンテが立ちはだかった。

殿を務めダンテと対峙するリュウガ。

吸血鬼の追跡を続けるカイルに突如ガスパロの襲撃。

自らを犠牲に相打ちに持ち込もうとするガスパロに対し、カイルは切り札を使用する。

一方、圧倒的に相性の悪いダンテ相手に苦戦を強いられるリュウガ。

燃え盛る廃倉庫にてついに決着の時を迎える。


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 「待て待て!順を追って説明してくれ。」


 数日前のことである。

 まだ日の高いうちからカイルとリュウガに無理やりストランドに連行されたアドルフは店内にも関わらず思わず声を荒げた。

 他の客の迷惑そうな視線が一切に3人に突き刺さる。

 最近、流行りに乗ってマスターが試行的に昼の喫茶店営業を始めたストランドには、夜間とは全く異なる客層が出入りしているのだった。


 「これが俺が調べた限り導き出された仮説だよ。どうアーくんびっくりした?」


 「にわかに信じられるわけなかろう。「吸血鬼」が複数いるだと?何故そんな突拍子もない話を考えた?」


 「だってさ、被害者実は死んでないでしょ?1名を除いて」


 「意味が分からない。確かに、公にはしていないが5人目までの被害者は死んでいない。お前のいうとおり、死亡したということにしておいてほとぼりが冷めるまで隠し守っている」


 アドルフは周りの様子を伺った後、声を抑えヒソヒソと述べた。


 「しかし、何故それを貴様が知っている。いや、やはりいい!聞きたくない。どうせマトモな方法ではあるまいよ」


 「そう?まぁいいけどさ。じゃ続けるよ。何故一人だけ、それも1人目ではなく、6人目にまでなって急に死亡者が出たのか。そこがどうしても俺は気になったんだよね。まるで何か抑えがきかなくなった、痺れを切らしたみたいだなって。で、吸血鬼の特性を加味して仮説を立ててみたんだ」


 「おそらく1~5人目を襲ってたのは人間である「本物」のデイズ様で、魅了チャームにでもかけられて操られてたのかなって。被害者は失血し倒れていたけれど一命は取り留めており、転化の兆候もなし。6人目からは吸血鬼のなりすました「偽物」。被害者は失血に加えて、心臓がつぶされていた。これは『転化』させないための措置だと考えられる。それは、6人目の被害者は本物の吸血鬼が噛んだんだって裏付けになる。また、この被害者を襲った犯人もデイズ様という目撃情報と合わせれば、今『デイズ』様だと言われている人物はデイズ様本人じゃないって考えられるよね」


 「確かに、貴様の仮説を正しいとするならば、吸血鬼は他人の姿を維持するためには本人の生き血を一定時間毎に摂取しなくてはならない。つまり、「偽物」がデイズ様の姿を取っている以上、「本物」のデイズ様はまだ生きているはずだと」


 「そう、そういうこと。おそらく屋敷のどこかに監禁されて殺さないように必要な分だけ血を搾り取られてるだろうね。あんな風に」


 そういってカイルはカウンターの樽型のビールサーバーに視線を送る。


 「やめろ、想像するだけで、胸糞悪くなる。しかし、何故、そんな手の混んだ手段をわざわざ取る必要がある?」


 カイルの言動にアドルフは顔をしかめて、グラスに入った水を一気に飲み干す。


 「さぁね、気付かれない様に屋敷の人間を順番に転化させていってモンスターハウスを作るとか?」


 大げさなジェスチャーとともに冗談めかしてカイルは言う、だがその目だけはいつになく真剣なものだった。


 「てことはなんだ。その「偽物」デイズに加え、屋敷の奴ら全員と戦うことになるのか?そいつは楽しそうじゃねぇか」


 1人黙々とツマミと酒を食らっていたリュウガが急に話に加わわる。

 この男、本当に戦うことと酒に関しては目が無い。


 「相変わらず血の気が多いねリュ―ガは。そんな面倒くさそうな案件俺は絶対に嫌だよ。でもさ、残念ながらそうはならない。だってさ、吸血鬼になるのは基本的に処女と童貞。他はグールになっちゃうから。あのお屋敷の内部は今も普段通りなんだよね?アドルフ」


 「あぁ、内部にいる者からはそう報告を受けている」


 アドルフは、本事件の調査を始めた段階で、数人身分を偽造した直属の部下をミシュラン家が新たに屋敷の護衛を雇用するタイミングで送り込んでいたのである。

 もちろんそのことは誰にも話してはいないのだが、どうも付き合いの長いカイルには見透かされていたようだ。


 「尚更分からねえ。吸血鬼はやっぱ一人じゃねぇのか?いや・・・・待てよ、被害者がキー、・・・襲われているのは貴族の『子供』ばかり、『本物』のデイズに襲われた5人目までは生存、吸血鬼に転化する条件・・・まさか!?」


 「そう、デイズ様の姿をした「偽物」が主人格、ソイツが転化させたもう一人の『吸血鬼』は・・・」




「兄さんたちはいったいどこで何をしているんでしょうか?」


 「何でも屋 BLITZ」の窓の外を眺めながらサクラはため息をついていた。

 時刻はもうすぐ夜の11時を回ろうとしている。

 いつものごとく、困った二人は「ちょっと出てくる」と言って店を飛び出したっきり帰ってこない。


 「だいたい最近勝手すぎるのよ。一回ちゃんとお灸をすえないと。シェリルちゃんもそう思うよねぇ?」


 「え………う、うん。そうだね」


 「どうしたの?何か考え事?」


 「ううん、何でもないよ・・・」

 (そろそろ頃合だろうか?)


 「せめて晩御飯がいるかどうかだけでも言っといてもらわないと困るよね。これどうしよう、このままじゃ無駄になっちゃう。シェリルちゃんもすごく頑張って手伝ってくれたのに」


 リビングの中央に設けられた大き目の机には二人分の夕食が残されている。

 既に冷えてしまっているが、健康を気遣っていることがはっきりとわかる献立である。


 「うん。でもカイルさんとリュウガさんにもきっと何か事情があるんだよ。仕方ないよ」

 (そう、きっと今頃二人は)


 「えぇ~、きっとあの二人のことだから、またどこかで遊びほうけてるんだって!家でご飯作って待ってる私たちのことなんてすっかり頭から抜けおちてるんだよ。シェリルちゃん!優しすぎるよ!こういうときは怒らなきゃダメなんだよ!」


 プリプリ怒りながらサクラは風切り音をたて拳で空を切っている。


 「そ、そうかな。そんなことないよ、私なんて・・・全然ダメだし」

 (そう、だからこんなことに・・・)


 その時、突然大きな爆発音と発砲音が断続的に鳴り響いた。

 音の響きから距離はあるようだが不安がつのる。


 「わっ!!びっくりした、なんだろう今の。また暴動か何かかなぁ、ここら辺は治安があんまりよくないから。シェリルちゃん大丈夫?怖くない?」


 「・・・え、えぇ。大丈夫」

 (ついに始まったのかな。今回は私も・・・)


 「シェリルちゃん本当に大丈夫?さっきからなんかボーっとしてるよ。体調よくないなら先に休んでても・・・」


 「サクラちゃん、私行かなくちゃ」


 意を決した様な表情でシェリルは真っすぐサクラの目を見て告げる。

 いつものオドオドとした様子は微塵も感じられない。


 「えぇっ、行くってどこへ?さっきの音聞いたでしょ、危ないよ!しかもこんな遅い時間に。その用事、明日になってからじゃダメかな。それなら私も一緒に行けるし」


 本当にサクラさんはいつも私のことを気遣ってくれる。

 こんな私のことを。

 今からきっと何人もの人を、あなたが大好きなあの二人も●しにいくであろう私のことを気遣って優しく話しかけてくれる。


 でもね・・・。


 私は行かなくちゃいけないんだ。


 「そろそろお終いかな・・・。夢からはいつか目覚めなきゃね」


 シェリルの眼にボウっと怪しい光が灯る。


 「え?なんの話、なの・・かな?あれ?急に眠く・・・」


 疲れていたのだろう。

 サクラはふらりと椅子に腰かけるとそのまますぐに眠ってしまった。


 「どうかあなたは、いい夢を」


 そんなサクラの様子を見届けて、シェリルは扉を開け放つ。

 開かれた扉からは、静かに涼風と共に夜気が室内へ流れ込んでくる。


 ここを踏み出せばいよいよ戻れない。

 シェリルは決意とともに顔を上げ、夜の闇へと.....。


 「あれぇ?シェリルちゃん。どうしたの?こんな夜更けに」


 開け放ったブリッツの扉のすぐ側にその男は立っていた。


 まるでシェリルを待ち伏せでもしていたかのように。


 「お帰りなさい、カイルさん。お二人の帰りがあまりにも遅いので探しにいこうかと」


 「そっかぁ、それはありがとう。でもさぁ、わざわざ俺を探しに行こうとしてくれたんなら、どうして俺に対してそんな殺気を向けてるのかなぁ?」


 カイルのその一言を機に、シェリルの身にまとう雰囲気が大きく変わる。


 「・・・それを言うならあなたもじゃないですか、カイルさん。その様子ですと見ていたんでしょう?」


 「あぁ。君はサクラに危害を加えたりはしないだろうとは思っていたけどね。念のためさ」


 「いつからですか。一体いつから私が怪しいと?」


 「そうだねぇ。君の存在が怪しい、と感じ始めたのは君が初めてここ(BLITZ)に来た日の夜かなぁ」


 「・・・そんなに早くから?」


 シェリルの顔が驚愕に歪む。

 不審な行動はしていなかったはず。何故分かった?


 「言いにくいんだけどさ、お風呂で蜂合わせちゃった時があったよね。俺が確信をもったのはあの時、湯気で曇って分かりにくかったけど脱衣所の鏡に君は透けて映っていたよ」


 「!?」


 「君も突然のハプニングだったからそこまで考えが回らなかったのかもしれないけれど。その時からずっと注意して観察していたんだよ。服を買いに行くときにわざわざあの店を選択したのもそこなら鏡がないから、だよね?」


 「そんなに早くから・・・。そのとおりです。鏡を避ける以外にも外出する際にはなるべく日差しやニンニクを避けたり。まぁ、その辺は致命的な弱点ではないんです。私がまだ血を口にしていないからかなのかは分かりませんが、普通に人としての生活をする分にはほとんど支障が無いんです」


 「へぇー、そうなんだニンニクやっぱ効かないのか・・・勉強になったよ。それとさ、申し訳ないけど君のことをいろいろ調べさせてもらった。その中でもセントルイス学院のことを念入りに」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 「ブルーフォードの名前を出せば一発だったよ。おかげで普通では手に入らない特に有用な情報も聞けた。君は酷いイジメにあっていたんだね」


 追求するカイルの声に、悲しい響きが混じる。


 「表向きは裕福な貴族の子弟たちが集う華やかな学校、セントルイス学院。豪華絢爛な調度品、充実した設備、幼少期から一貫して英才教育を施される皆の憧れ。しかし、君はそんな華やかな鳥かごの中で凄惨ないじめを受けていた。それも原因は君自身ではなく君の家の事で」


 「えぇ、私の家は弱き者に対して援助を行ったり支援を絶やさない親民派として有名なミシュラン家。世間では「民衆の圧倒的な支持を受ける」とかいい面ばかり報じられていますけけど、その反面、他の貴族からは愚民に餌を与えて付けあがらせる「貴族の面汚し」だと罵られています。おかげで、あの場所には敵しかいなかった」


 「だから君は自分をイジメていた生徒たちへの復讐を決意した、と」


 「はい。地獄のような毎日でした。教師たちも貴族の力が怖くてみんな見てみぬ振り。ただ自分の身の上を呪って生きるしかなかったんです。でもそんな時、私はこの力を手にしました。その時は、この力は私を哀れに思った神様が与えたものだと思ったんです。その力で復讐を果たせ、と」


 「一つわからないのが、シェリルちゃん。君はどうして自分自身でじゃなくてお母さん、デイズ様を操っていじめの加害者たちを襲っていたのかなぁ?そこまで憎い相手への復讐なら自分の手で行うことに意味があるんじゃないのかなぁ?だってさ、その方がすっきりするよね」


 「ただアイリーンやメリーたちに復讐するだけなら自分自身で動いたかもしれないです。でも私は、自分の母も・・・・・・・憎かった」


 そう言うシェリルは今にも泣きそうだった。


 「私は、ずっと母が好きでした。私の母のやっていることは正しいことだと理解していましたし、いつも私の味方でいてくれた。この力を得たときも実は最初、母に相談したんです。そしたら『きっとその力は神様からの授かりものね。』ってやさしく微笑んでくれて・・・・。その時はこの力を復讐に使おうなんて考えていませんでした。地獄のような毎日でも母に心配をかけないように学校でのことは必死に隠して、耐えて耐えて耐えて!でもある日、ついに耐えられなくなって母に相談しました。イジメられていることも、その原因が母の支援施策であることも。それを一時的にでも止めて欲しいとも!全て!!」


 「・・・・・でもその願いは聞き入れられなかったんだね」


 「可笑しいでしょう?「支援を待ってる人々のために今やめるわけにはいかない」って。結局は母も私よりも家の面子が大切だったんです。私が信じていた世界は壊れてまいました。最後の頼みの綱だった母も私を形だけしか愛してくれてなかったんだと気づいてしまって・・・。そこから私の目的は少し変わったんです。『私をイジメていた連中に加え、ミシュラン家も他の貴族も皆んな滅ぼす』ことに」


 シェリルの背から黒い霧が吹き出し漆黒の翼を形作った。

 普段のシェリルの持つやさしく柔らかい、でも少し内気な雰囲気は完全に消え失せ周囲には戦慄が立ち込める。


 「私は復讐を果たします。たとえ地獄に落ちてもかまわない。私はもう迷いません。今日こそ自分を本当の悪魔(吸血鬼)に変えて見せます」


 カッと見開かれたシェリルの眼が怪しく光り、カイルを捕らえる。


 「しまった・・・・クソッ、動けねぇ」


 カイルは意識を奪われないように必死にレジストする。

 パターンが目まぐるしく変動する精神作用、その解除は夢中夢からの脱出さながらだ。


 「短い間でしたけど本当にありがとうございました、カイルさん。サクラちゃんも、リュウガさんも。ここで過ごした時間は僅かでしたが、私にとって賑やかで楽しくて・・・そして暖かくて、やさしい時間でした」


 シェリルは顔を伏せたまま振り返らない。

 それだけ言い残し、月光の元へ飛び立っていった。


 「辛かったんだろうねぇ。俺もヤツら(貴族)に捨てられた存在だからその気持ちは分からなくは無い。でもね、俺は君を止めるよ。君の依頼(本音)、引き受けた」


 シェリルの魅了チャームを解除したカイルは、決意を胸にシェリルの飛び立った方角へ駆け出した。





 「撃てぇっ!!」


 怒声にも似た号令に従い、何発もの弾丸が女の姿をした魔物に向かって放たれる。


 市街地への入口付近、大通りの交わる大広場。

 これ以上は吸血鬼を進行させられないというギリギリのラインでかろうじて政府軍はデイズの包囲に成功していた。


 「フフッ、馬鹿ね。そんなものいくら撃っても無駄なのに」


 吸血鬼は避けようともしない。

 全身に鉛玉を浴び続けながら、狩りを楽しんでいる。


 「まだか・・・・」


 包囲網の外、後方に陣取られた簡易司令部にて戦局を動かすアドルフの顔に焦燥が浮かぶ。

 アドルフの指示を受けた副官の檄が飛ぶ。


 「包囲を崩すな!!これ以上進ませる分けにはいかん!!」


 時間の経過と共に着々と負傷者が増え続けている。

 このままでは包囲網も長くは持たない。

 現状、吸血鬼を足止め出来ている理由は、ただ一つ。

 ヤツが狩りを楽しんでいるからに他ならない。


 こちらの勝利条件は、デイズ様の保護、そしてブリッツ(BLITZ)の到着。

 それまでなんとしてもここを死守する必要がある。


 それには・・・・。


 「やむを得ん。私も戦闘に加わる」


 「アドルフ卿!?いけません!指揮官殿はこのまま本陣に」


 「ここを死守することは絶対だ。それに、私は、自らが行動しないことによって、目の前で部下が傷ついていくのを見ていられるほど出来のいい上官ではないのだよ」


 「しかし、アドルフ卿………」


 みなまで言うなとばかりにアドルフは副官の言葉を手で制し、椅子から立ち上がり足元から何かを取り出した。

 それは、上質なスーツ姿には似合わない使い込まれた武骨なトランクケース。


 「それにだ。一時とはいえ、これでも私は奴カイルの副官を務めていた男だ。多少の時間稼ぎくらいはできるだろう。あれ(大戦)以来、銃は持たないようにしてきたがそれも今日限りだ」


 口を開いたトランクから取り出されたのは、大きな銃だった。

 その銃は銃口が二つあり、ライフルにもう一つ別の銃を無理やり合体させたような奇妙な形状をしている。

 そしてその銃身には何らかの術式か、それとも彼の趣味か、やけに凝った細工が施されている。


 慣れた手つきで弾丸を込めるアドルフの姿に部下は目を見張った。


 「今から彼らの指揮は君に任せる。頼んだぞ」


 手早く銃のセッティングを完了したアドルフは、最期にスーツの上から何本もの弾丸ベルトを巻き付け、おそらく彼がフェンリルに所属していたころ使用していた物であろう年季の入った外套を肩掛けに羽織り、最後にハンカチで眼鏡を丁寧に拭くと司令部を後にした。



 「政府軍の実力はこの程度?そろそろ美味しくない貴方たちを皆消し去って、あの娘メリー・クラインの血を味わいたいわ」


 デイズの姿に似合わない長い舌で唇をゆっくり舐める吸血鬼。

 いつのまにか周囲におびたただしい数の深紅の刃が形成されている。

 言葉どおり一気に広範囲殲滅を実行する気のようだ、


 「なるほど、改めて見ればキサマのその力も結局は魔術の類。液体操作の応用か。ならばオカルトだのなんだのいって過剰に恐れる理由も無くなった」


 ガガゥンッ!!!


 空気を裂く狙撃音が連続で鳴り響き、弾丸が正確無比にデイズの頭部と胸を穿った。


 「カッ・・・・。なんだこれは、銀だとぉ!誰だぁ!?」


 吸血鬼の顔に初めて苦悶の表情が浮かび、周囲に浮かんでいた深紅の刃が崩れ、大地を赤く染める。

 撃ち込まれた2発の弾丸は、肉を裂き、銃創から黒い煙を吹き出させている。


 「フム、久しぶりの実戦だが、思っていたよりいけるな」


 荒ぶる吸血鬼とは対照的に弾丸の主は顔色一つ変えず淡々と慣れた手つきで次弾を装填している。


 「気に入ったか?吸血鬼。貴様のためにわざわざ用意した特殊弾丸だ。さぁ、どうする化け物」


 部下を何人も傷つけられたことが頭に来ているのかアドルフの目は静かに燃えている。


 「ふざけた真似を・・・。ただの人間ごときに吸血鬼(私)が敗れるものか」


 吸血鬼は、再び深紅の刃を展開し、アドルフに向かい射出する。


 だが、アドルフはまったく回避する様子をみせない。

 冷静に銃を構え、飛来する大量の刃に真正面から相対する。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!!


 先ほど弾丸を吐き出した銃口とは異なる銃口が大気を振るわす銃撃音と共に火を吹いた。

 まるでステンドグラスを砕いたように美しい赤い破片が辺り一面に散らばる。

 大量の刃は、アドルフの銃が吐き出す弾丸の雨に撃たれ粉々に砕け散っていた。

 そして射線が空いたところへすかさず撃ち込まれる銀の特殊弾丸。


 「ぐぁっ・・・キサマぁ!!許さん!!!」


 弾丸の貫通した目から血を流しながら、牙をむき出し凄まじい剣幕で凄む吸血鬼。

 その時だった。


 アドルフとは少し離れた位置で銃を構えていた兵士が悲鳴を上げた。


 顔に付着した何かの雫。

 絹のハンカチで拭うと、鉄臭い。

 戦場で嗅ぎ慣れた血の香りだった。


 悲鳴を上げていた男の周りにいた兵士が順番に水風船のように膨れ上がり、全身から噴水のように血を吹き出し、破裂してゆく。

 叫び声とうめき声と共に辺り一面に真っ赤な華が咲く。


 「下がれ!地面の血に触れるな」


 パニックが伝染する中、アドルフだけが冷静に状況を分析していた。

 兵士が爆発する直前、辺りに散った血溜まり。

 そこから、細い血の槍が伸び、数人の腹部を貫いていたのである。


 「(飛ばした自らの血液を媒介し、対象の体内の血液を操作しているのか?血液に触れればアウトか?それとも体内への侵入した時点アウトか?考えろ、見極めろ)」


 「皆殺しだ!!!キサマら肉体が滅びるまでこき使ってやる」


 血に狂った吸血鬼が月光の下、咆哮する。

 パニックに陥った兵士達の放つ鉛弾を全身に浴びながら、片っ端から兵士の首筋を鋭い歯で乱暴に食い千切ってゆく。


 「クソっ!!止めろ!!」


 アドルフは顔を真っ赤に染めながら、部下の血を啜る悪魔の急所にありったけの銀の弾丸を撃ち込む。

 だが、本気になった吸血鬼を止めることは出来ない。


 銀の弾丸に穿たれた銃創から黒い煙を吹き出し、全身を血で濡らし、鬼のような形相で佇むソレは、もはやデイズの似姿の原型をとどめない。


 始まった。


 吸血鬼が恐れられる最大の理由。


 打ち捨てられた兵士の死体が次々起き上がり、周囲の元同僚に襲い掛かり始める。


 阿鼻叫喚。


 これほどその言葉が似合う光景は無いだろう

 辺り一面血に染まり、死者が起き上がり生者を喰い、怒号と悲鳴と叫びと祈りが月光の下で混ざりあう。


 包囲網は完全に崩壊した。


 アドルフを筆頭に諦めずに銃を構え続ける勇敢な者達の放つ銃弾も、大量の血液を食らい、何倍にも力を増した吸血鬼には歯が立たない。

 もはやその皮膚すら傷つけることも出来ず、全て弾き飛ばされてしまう。


 「すまん、カイル」


 銃弾を蹴散らしながら、アドルフ達に迫る血の槍と、深紅の刃。

 死を覚悟し、諦めかけたその時。


 「やっと追いついたぜぇっ!!」


 絶望を打ち払う破壊音。

 無骨な金属の塊から繰り出された衝撃波が、アドルフを襲う血の槍、深紅の刃を全て撃ち砕き吹き飛ばした。


 「長かった夜もようやく仕舞だ」


 そこには見知った大柄で黒づくめの男が、破壊の化身の様な大剣を携え憮然と立っていた。


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~登場人物紹介~


・サクラ・ブルーフォード:カイルの妹。家事~家計まで1人でこなす。


・シェリル・ミシュラン:ミシュラン家ご令嬢。もう一人の吸血鬼。


・デイズ・ミシュラン:吸血鬼。人間狩りを楽しんでいる。

           少女の血が一番好きな様だ。


・カイル・ブルーフォード:「なんでも屋 BLITZ」を営む。

             普段の姿からは想像出来ないがやる時はやる。

             貴族との因縁はいかに。


・リュウガ・ナギリ(百鬼 龍牙):「なんでも屋 BLITZ」のメンバー。

                  足りないカロリーをアルコールで補っている

                 のではと、 まことしやかに噂されている。


・アドルフ・ヴァルト:貴族官僚。カイルとは旧知の仲。

                カイルの仮説に気が気ではない様子。

                元「フェンリル」第1小隊副長。

                得意とする獲物は特注の銃器。

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