13.吸血鬼事件 後編

≪前回のあらすじ≫


ピアノの稽古の帰り道、真っ暗な夜道を歩いていたメリー・クラインは、

その場にいるはずのないある人物と遭遇する。


=====================================================


 一時休戦し、裏路地を縫うように街の中心部に向けて疾走するBLITZ(ブリッツ)の二人組。


 アドルフを筆頭に、軍人が人海戦術でデイズの追跡を続けている。

 見失うことはないだろうが彼らだけでは彼女と渡り合う事は難しいだろう。

 そろそろ表通りへ抜けようという時、暗がりにぬるりと人影が現れ、立ち塞がった。


 「お久しぶりですね、カイル君。再会出来て嬉しいですよ。今飛んでいったアレが吸血鬼(ターゲット)でしょう?」


 「あぁ、あんたは追わなくていいのか?」


 「ええ、最初はアレを狩ることが目的でしたが。もっと面白そうな獲物を見つけてしまいましたので。今回は前回のような茶番ではなく本気で戦ってもらいますよ」


 質量を持つと錯覚するほど、重く絡みついてくる嫌な殺気からもその言葉に嘘は無いようだ。


 「おい、あれが「スライサー」とかいう噂の変態殺し屋野郎か?」


 「そう、困ったことに俺をご指名みたいでね。リューガは先に吸血鬼を」


 「先に行け」


 「ん?」


 「先に行け。お前の方が消耗してないだろ。問答してる暇はねぇ」


 そう言うが早いか、リュウガは無造作にカイルを掴むと思い切り宙に放り投げる。

 カイルはダンテの頭上を越え、遠く離れた路面に見事墜落した。


 「うぐっ、つ、次からはもう少しやさしく飛ばして欲しいな」


 「うるせぇ。これでさっきの件はチャラにしてやる。さっさと行け!」


 「あぁ!そいつ強いよ、気を付けて」


 一瞬だったが、カイルは真顔で言った。


 「余計なお世話だ。お前こそサボるんじゃねぇぞ」


 「はいはい」と苦笑すると、カイルは一目散に吸血鬼の追跡を再開した。


 「・・・・面白くないですね。私は彼(カイル君)を切り刻みにきたというのに」


 カイルが消えた方向を名残惜しそうに振り返りながらダンテはつぶやいた。

 一方リュウガは、すでに屠龍を構え臨戦態勢である。


 「ごちゃごちゃ言ってねぇで、とっとと始め・・!?」


 突如、何の前触れも無しにリュウガの頬が裂けた。

 まるでカミソリで切り付けられたかの様に。

 その流れる血を見たダンテは、ほとんど読み取れない表情からでも分かるほど不愉快そうだ。


 「ハァ、興醒めです。アナタ、魔力の流れが読めませんね?はっきり言ってつまらない。何故カイル君が君と組んでいるのか理解に苦しみます」


 「はっ、そんなごたくは聞き飽きた。似たような事を俺に言った奴は、別にお前が初めてじゃねぇ。だがな、そいつらの中で俺に勝った奴は誰1人いねぇ!!!」


 驚異的な膂力にモノを言わせ、長大な屠龍の重さを感じさせず一呼吸の内に距離を詰めるリュウガを前に、ダンテはだらりと腕を下げたままロクに構えもしない。

 最低限半身になり、石畳を軽々砕く超質量の一撃を難なくかわす。

 そのまま左脚を軸に振り下ろされた屠龍の側面沿って身体を回転させ懐へ潜り込み、流れ作業の様にリュウガの腹部にナイフを突き立てる。


 「クッ、なんだこれは!」


 だが、既に眼前にリュウガの姿は既に無く、ナイフが捕らえたのは墨色の上着のみであった。


 「ナメテくれてありがとよ。おかげで安い手で済んだ」


 一瞬生まれた隙。

 ダンテはすぐさま回避に移るが、その身に吸い寄せられるがごとく重い一撃が振るわれた。


 「く・・ぉっ・・・」


 大振りのナイフ2本を犠牲に辛うじて胴へ刃が直撃することは避けたが、その衝撃を殺し切るには遥か及ばない。

 ダンテの体は紙くずのように吹き飛び、鈍い音を発て壁に叩きつけられた。

 レンガ造りの壁の一部が崩れガラガラと土煙を上げて崩れ落ちる。


 普通であればこの一撃で戦闘不能である。

 そう、普通であれば・・・。


 「ハハッ、アハハハハハハハッ!!これはどうして・・・私の回避方向を誘導しましたね?わざわざそんな馬鹿げた得物を持っているから、私はてっきりあなたはガスパロ君の様に、単純なパワーファイターだと思っていましたよ」


 先ほどまでの様子とは一変、ダンテは嬉しそうに笑いながらゆらりと立ち上がった。


 「さぁ、続けましょうか。後でカイル君と戦う前のウォーミングアップにはちょうどいい」


 「・・・何を勘違いしてるのか知らねぇが」


 人気の無い路地にリュウガの声だけが静かに冷たく響く。


 「『後』なんてものは無ぇ」




 「アイツ(吸血鬼)街の中心へと向かってるのか、クソっ、嫌な予感しかしないなぁ。面倒なことにならなきゃいいけど」


 リュウガと分かれた後、街の中心部へ裏路地を縫いながらカイルは吸血鬼の追跡を続けていた。


 今回も強力な情報統制、工作が行われているが、流石に市街地で派手に暴れられてはそれも難しいだろう。

 アドルフが心労と過労で突然死しないように何としても早めに食い止めたいところである。


 そんな今頃眉間に皺を寄せながら、必死に陣頭指揮をとっているであろう元同僚に少しばかり同情の念を抱いた矢先だった。


 「面倒なのはテメェだよ、クソ野郎!!」


 突如頭上から怒鳴り声と共に襲い来る大鉈。

 体重と重力の加速が乗った2連撃をファルシオンで受け流し、素早く襲撃者と距離をとる。


 「やぁ、久しぶりだねガスパロ。話は聞いてるよ、必ず来ると思ってた」


 「そうかい、じゃあなんで俺様がヘドが出るほど嫌ぇなテメェにわざわざ会いに来たかも分かるよなぁ?」


 ガスパロは唾を吐き捨てると、二振りの大鉈を腰に下げた鞘に収め、たすき掛けに背負っていた戦闘用チェーンソーのエンジンを乱暴にかけた。

 猛りを抑えきれない獣の咆哮のごとく凶悪なエンジン音が暗い路地裏に響き渡る。


 「あぁ、過去の清算...だろう!」


 けたたましいエンジン音を響かせ、迷いなく振り下ろされるチェーンソーの猛攻を避けながらカイルは答える。


 「ハッハー!!その通りだぁ。ありゃ(大戦)はヒデェもんだった。俺らにもかなりの被害が出た。一小隊で隣国相手に十分タメをはれるって言われてた俺らフェンリルがよぉ!!」


 「あぁ、あの大戦はひどいものだっ・・・」


 「ふざけんじゃねぇえぇぇぇぇっ!!」


 ガスパロの怒声がカイルの言葉を遮り、一喝する。


 「それはテメェが俺らを見捨てたからだろうがよぉっ!!なぁ、カイル隊長ぉ!!あの時、テメェは作戦の要だったってのにぃ、俺らを見捨てて逃げたんだよなぁ?それで今はお気楽、楽しく何でも屋ってか?俺が・・・・俺らがまだこんなクソみてぇな組織で足掻いてるっつーのによぉおお!!!」


 カイルの表情は暗い路地に陰ってよく見えない。


 「なんでテメェが生き延びてんだよぉ!!ヨハンたちはどうして死ななきゃならかった?!あんたなら救えたはずだろうがよぉ?!」


 ブヲヲヲヲヲォオオオオオオンッッ!!!!!!


 ガスパロの怒りに呼応するように一段とうなりを上げるチェーンソー。

 感情の爆発と共にカイルに向かって幾度も力任せに振り下ろされる。


 しかし、その刃は見えない壁に阻まれ、カイルを捕らえることはなかった。


 「その程度じゃあ俺は殺せないよ、ガスパロ。よく分かってるだろ?」


 普段のヘラヘラした表情からは到底想像出来ない鋭く冷たい視線。


 「こんのぉ野郎ぉおおおがぁ。消耗はすんだろぉおがよぉおお!!!」


 カイルの物理障壁を強引に破ろうと更にチェーンソーを強く押し込むガスパロ。

 ギャリギャリと一層激しい音をたてながら激しく火花が散る。


 「変わらないねぇ、昔と」


 バギンッ


 物理障壁と回転する刃の設置面に黒閃を伴う炸裂を生み出され、高速で回転するチェーンが破断した。

 切れたチェーンが跳ね返った一瞬、生じた隙。

 カイルは瞬時にガスパロの背後に回りこみ、思い切り膝裏に蹴りを叩き込む。


 「クッソがぁああああ!」


 すぐさま崩れた体勢を立て直し、振り返りざまにチェーンが破断し役に立たなくなった得物を投げ捨て、再び両の手に大鉈を握るガスパロ。

 出しうる限りの速度で連撃を繰り出すが、その全てをファルシオンによって受け流されてしまう。


 「どうした、ガスパロ。俺を殺すんだろ?そんなんじゃいつまでたっても俺には勝てないよ。出し惜しみせずにかかってこい」


 相変わらずの微笑みを携えて挑発をするカイル。


 「・・・・俺がアンタに敵わないことぐらい始めからわかってんだ。だがよぉ、それでも一矢報いなきゃ気がおさまらねぇ!」


 一瞬物憂げな表情を見せたガスパロだが、すぐにポケットから錠剤の詰まった瓶を取り出しバリバリと音を立てて噛み砕くと乱雑に上着を脱ぎ捨てた。

 その腹には嫌というほど爆弾が巻きつけられている。


 「そういうわけでテメェにゃあ地獄の底まで付き合ってもらうぜぇ?あの世でもよろしくなぁ、隊長サン!!」


 勝ち誇った笑みを浮かべたガスパロは、一瞬の迷いもなくライターで導火線に火をつけた。


 「ハッハーーー!!最高にハイってやつだぁ!!クソな来世へ、ひとっ飛びだぜぇ!!」


 「チィッ!」

 どうする?


 この爆薬の量、自分の身は守れるが爆発すれば一帯に深刻な被害が出る。

 ガスパロの周辺を障壁で覆うか?

 だがそれでは彼が死ぬ。

 それは望むところではない。

 ならば、一か八か・・・やるしかない!


 制限を解除。

 脳をフル稼働させ幾重にも絡み合う複雑な術式を瞬時に作成。

 一度に生成できるありったけの魔力を流し込む。


 導火線を食らい進炎が爆弾へと。


 「間に合えええぇぇっ!!」





 「・・・・・・・・あぁ?どうなってやがる?」


 二人もろとも周囲を全て吹き飛ばすはずの爆弾は、爆発しなかった。

 煙と火薬の臭いは漂っているがそれだけだ。


 カイルの顔は血の気がひいたように青ざめており、脂汗が滲み、口元から一筋の血が流れ出ている。

 過去同様の光景を見たことがあるガスパロはすぐに悟った。

 カイルが彼特有の力を使ったのだと。


 「・・・てめぇ、使ったのか。まさか、俺を助けるために?」


 「あぁ・・・繋ぎ変えたよ。「不発だった」未来に」


 口元の血を拭いつつカイルは答えた。


 驚愕の表情を浮かべるガスパロ。


 「なんだよ、クソがぁっ!!どうして俺を助けた?俺はアンタを殺そうとしてたんだぞ。それをテメェの命を削ってまで、どういうつもりだ!コラァ!!」


 「俺はさ、自分は殺されて当然だと思ってるから」


 そういうカイルの表情はどこか寂し気である。


 「あのとき(大戦)、俺は手を尽くしたつもりだった。でもさ、結果的に多くの犠牲者をだしてしまった。何度も悔やんだよ。もっと他に方法があったんじゃないかとか、自分以外の者が指揮をとっていればもっと上手くいったんじゃないかとか。」


 「救おうとしたんだ。救おうと・・・」


 自分に言い聞かせるかのようにカイルは何度も呟いている。


 ガスパロは、不愉快そうな顔をしながらもカイルの話を黙って聞いている。

 憑き物が落ちたかのようにその顔にはいつもの狂気は浮かんでいない。


 「正直、何度も死のうと考えたこともあった。でもさ、やっぱり止めにしたんだ。教えてくれた人がいてね。全てから逃げた俺に。「死んで逃げるより生きて償え」ってさ。面白いよね」


 話しているうちにカイルの表情から陰は消え、いつもの様子に戻っていた。


 「だから、俺は決めたんだ。自分の手の届く範囲で困ってる人の願いを叶え、救う。いつか来る最期の瞬間まで自分にできることを精一杯やって生きようってね」


 「はっ、なんだそりゃ。ふざけるんじゃねぇ。俺が今までお前を殺してやりたいほど恨み続けてきたのは何だったんだ?これから俺は一体何のために生きていけばいいんだよ?あのとき死んでいった奴らの怒りは、悲しみはどうやったら消えるってんだ!?」


 「俺が救ってやるよ」


 「あぁ?」


 「かつて俺たちは大切な人を、国を、信念を守るために外道に身をやつした。そうだろ?ガスパロ。だからこそ・・・そんなお前たちの怒りも悲しみは俺が全部背負ってやるよ」


 「はぁ・・・・テメェ・・・よくそんな恥ずかしいセリフ吐けるなぁ。ある意味リスペクトもんだぜ」


 マジな表情のカイルとは対照的に、ゲンナリした表情をしているガスパロ。


 「えぇっ?!マジで。さすがにクサかった?まいったな~、バッチリ決まったと思ったのに」


 いつもの何を考えているのかわからない飄々とした笑顔でカイルは言う。


 「あーーーっ!もういい!!バカらしくなってきたぜぇ」


 バツが悪そうに頭をぼりぼり搔きながらガスパロは大鉈を鞘に収めた。


 「今回は見逃してやらぁ。だがよぉ、勘違いすんじゃねぇぞ?俺はまだお前を許したわけじゃねぇ。次そのムカつく面見たらそのときゃ覚えとけ」


 ガスパロの顔に再び狂気が舞い戻る。


 「じゃーなぁ、「元」隊長サンよぉ!」


 道端に落ちた上着を拾うとガスパロは裏路地の闇の中へと姿を消した。




 「とりあえずはなんとか、なったのかなぁ」


 カイルは壁に背を預けどっかりとその場に腰を下ろす。


 「いくらガスパロを救うためとはいえ、ちょっと無理しすぎたな」


 カイルの顔に珍しく焦燥が浮かぶ。

 先ほどまでは余裕を繕っていたのだろう。


 魔力は生命力そのもの。

 限界以上に消費すればただ倒れるだけでは済まないことも多い。

 彼固有の能力由来とはいえ、別の因果を掴み繋ぎ合わせるなんて無茶苦茶な大魔術、行使と同時に命を落としていていないことが不思議なぐらいだ。


 「でもいつまでも休んでいるわけにはいかないんだよね、今回の計画は今からが本番なんだから」


 よいしょっ、と年寄りじみた掛け声と共にカイルは立ち上がった。


 「確か「男は余裕が大事!」、なんだっけ?苦戦してるみたいだけどそっちは頼むぜリューガ」


 少々ふらつく脚を拳で叩いて気合を入れなおし、カイルは再び闇の中へと駆け出した。



 激しい剣激を繰り広げながら、黒づくめの男たちは、裏路地奥にある古びた腐倉庫へと戦いの場を移していた。


 「なるほど、ここならばソレを存分に振るえるといったところでしょうか?勝率を少しでも引き上げるために戦いやすい地形を選び、戦場を変化させる。あなたの考え方は理にかなっている。ですが、選択する場所が悪いですね」


 絶え間なく迫る刃の嵐。

 刃を合わせるたびにリュウガの身体には、至る所に切り傷が増えだらだらと血が流れだしている。

 今のところ致命傷こそは避けてはいるが、長期戦は好ましくない。           


 「一つレクチャーしてさしあげましょう。私のような相手に対してこのように視界の悪い場所を戦場に選択してはいけない。このようにお互いの動きに制限がつく状況では、得物のリーチ、パワーの差よりもフットワークの軽さが優位にたつということです」


 リュウガが屠龍を振るう度に、動くたびに何年にも渡って積み重なった膨大な量の塵が投棄されたゴミや破壊された倉庫の資材の破片と共に宙を舞う。

 視界が遮られ、これまで確実に防いできた投げナイフ一本に対しても緊張が走る。


 「おやおや、さっきの威勢はどこへ行ったんですか?どんどん動きが鈍くなってきてますよ?さぁ、先ほどのように私の意表をついて反撃してきてください。その自慢のパワーで圧倒してくれてもよいですよ」


 「うるせぇ、その手段を考え中だ」


 「またそんな攻撃ですか?無駄ですよ」


 リュウガは屠龍を横なぎに大きく振るいダンテをけん制するが、ヒット&ウェイを繰り返すダンテには届かない。


 正直分が悪い。

 コイツの強さは対峙して直ぐ制約の1つが解除されていたことから想像はついていた。


 ー「屠龍」ー


 使いこなせればその名のとおり、龍すら屠る凄まじい破壊力を誇るが、「人」相手には、強敵との対峙、使い手に命の危険が迫っている時以外は剣として満足に振るうことが出来ない厄介な代物である。


 そして更に厄介な性質が、付属している黒革のベルトである。

 「鞘」と「防具」の役割を兼ねたこのベルトであるが、同時にカイルに課された制約により、リュウガが「屠龍」を手放して別の武器を使う、もしくは制約を無視し強引に剣として振るおうものなら、たちまち拘束具に転じ強制的に動きを封じられてしまう。


 どこかのムカつく奴は、刀を取り上げて代わりにこの厄介な得物を寄越した際、「魔力の使い方の練習が出来ていいと思うんだよね。最悪リューガなら脳筋パワーでなんとかなるでしょ。」とか無責任なことを言っていたが、現状「屠龍」の持つ魔術的特性をまったく使いこなせていないリュウガにとっては、ただの非常識な重量の金属の塊であり、正直このレベルの相手と対峙するには重すぎるハンデとなっている。


 「楽しみですね。貴方は意外と思慮深い方の様ですし、一体どんな風に楽しませてくださるのか。先ほどからも防戦一方に見せかけつつ私の動きをよく観察し、隙を作り出そうと冷静に分析しているでしょう?」


 「そりゃどうも。ツマラネェ話で悪いが、ウチの国には諜報、暗殺なんかを専門に扱う部隊があってな、しばらくそこに身を置いていたときの名残だ。性には合わねぇが、戦術の組み方が染み付いちまった」


 ダンテの会話に付き合いながら呼吸を整え、少しでも体力の回復を図るリュウガ。

 その間も敵の一挙一動からは目が離せない。


 「そうですか。しかしいくら思考しようと肝心の隙、相手の弱点が突けなければ意味がない。そんなモノを何度も振るえる膂力は、目を見張るものがありますが、生憎とこれは殺し合い。力比べではないのです。当たらなければ意味がない。正直退屈ですよ、君は」


 「お前こそ、そんな攻撃何度繰り返しても無駄だ!」


 再度ダンテの放った複数の投げナイフを一薙ぎでまとめて吹き飛ばす。


 「残念。毎回ただの投擲とは限りませんよ?魔力の流れも読まなくては。あぁ、失敬。「読めない」んでしたね?」


 弾き飛ばしたナイフが方向を変え、再びリュウガへと襲い掛かる。


 「うぉおらああああぁっ!!」


 筋が骨が軋み、悲鳴を上げる。

 リュウガは横に薙ぎ払った鉄塊を強引に弾き戻し、床の石材を削り取り辺りのゴミを巻き込みながら思い切りダンテの方へ振るった。


 砕けた石材と大量の廃棄物がダンテに向かって弾丸の様に飛び、飛来するナイフを撃ち落としてゆく。

 それでも全てを防ぎきることは出来ない。

 撃ち漏らした数本のナイフはリュウガの肩や脚に突き刺さった。


 「もう終わりですかね?でしたらこの辺で失礼しますよ。早くカイル君を刻みに行かなければなりませんので」


 いつの間にか、ダンテの周りには、夥しい数のナイフがその刃を一斉にリュウガの方へ向けて浮遊している。


 「まぁ、そう焦るなよ」


 そう言ってリュウガはライターに火をつけをゴミの山に投げ込んだ。

 火は瞬く間に倉庫中に不法投棄されたゴミに引火し、辺り一面が炎に包まれる。


 「それで?いったいなんだというんです?」


 ダンテが怪訝そうに尋ねる。


 「なんのことはねぇ、悪あがき、さっ!」


 リュウガは駆ける。

 屠龍を盾に降り注ぐナイフに向かって。


 「・・・あぁ、なるほど。そんなもの大した時間稼ぎになりませんよ?術式の変数を調整するだけですから」


 魔術は高度なものになるほど、術式が複雑になることから、使用者の体調・精神状態といった内面的要素、環境など外的要素といった複数の条件に術の精度が左右される。

 そう、大気を緻密に操作するダンテの術式は、強い炎の熱によって乱れる気流の変化により一時的に精度が落ちる。


 ダンテの反応のとおり取るに足りない要素だが、リュウガにとっては反撃に転じる切っ掛けとしては十分であった。


 「今から何故俺が他の得物を使わねぇのか、その理由をおまえに味合わせてやるぜ」


 ナイフの雨が収まったタイミングで、屠龍をダンテに向かって思い切り投げつけた。

 両腕を盾に急所だけを守り、屠龍を避けたダンテの懐にもぐりこむ。


 振るわれたナイフが腕に突き立てられるが、そのまま右腕を掴み強引に投げ、ナイフを奪い取る。

 そのままグラウンドで四肢を駆使し背後からダンテの動きを更に封じ、締め上げ、奪い取ったナイフをダンテの胸部に突き立てようとしたその瞬間。

 リュウガの全身に巻きつき保護していた屠龍のベルトが一斉に解け、唐突に主に襲い掛かった。

 それは、複数の大蛇が得物を締め上げるかのように絡みつき、リュウガ諸共ダンテの全身を黒い繭の様に覆ってゆく。


 「くっ・・・なんだ!これは」


 ダンテの顔に初めて焦りが浮かぶ。

 黒革のベルトに圧死させんばかりに締め上げられ動きを封じられた二人の身体は、墓標の様に地面に突き刺さっている屠龍に向かって猛烈な勢いで引っ張られ始めた。


 「悪いな死神。俺の勝ちだ。お前が言ったんだぜ?これは殺し合いだってな」


 「なるほど、私も神のみぞ知る未来までは読めなかったようです」


 そういって悪魔のような笑みを浮かべたダンテは、勢いよく屠龍とリュウガの肘に挟まれ、頭部をザクロのように破裂させた。


 「勝ちかたとしては下の下だが、ちとお前は手強過ぎた。しかし、かなり食らっちまったな・・・・・。次からはこういう役回りはアイツ(カイル)に任せたいぜ」


 しばらく後制約のペナルティから解放されたリュウガはダンテの亡骸を丁寧に床に横たわらせた後、手早く傷の応急処置を済ませ、廃倉庫を後にした。




 リュウガが立ち去ってから数十分後、

 誰もいない廃倉庫にカタカタと金属音が鳴り響く。


 音の出どころは、ダンテのナイフだった。

 1本、また1本と呼応するように倉庫中に散らばったダンテのナイフが振動し音を立てている。


 突然、ピタリと音が止んだ。

 倉庫内のモノを食らい続ける炎の音以外は何も聞こえない。

 同時にそれらはみるみる内に錆びて朽ちてゆき、ボロボロになった刀身から黒い靄がゆらりと立ち昇る。

 黒い靄はやがて1か所に集まると、歪な人型を形作りノロノロと這いずり、頭部を失った主の亡骸に吸い込まれていった。


 黒い靄を吸収したダンテの亡骸は、ゴキゴキと不気味な音を立てながら不気味に反り返り痙攣し始め、やがてゆっくりと立ち上がった。

 その身体にはリューガとの戦闘で負ったはずの傷の痕はもうどこにも見当たらなかった。


 「あぁ、中々楽しい時間(戦い)でした。見直しましたよ、リュウガ君。ククククク、殺されたのはあの時(大戦)以来です。始めはつまらない仕事になるかと思っていましたが面白い人達に出会えたものです。さて、次は一体いつ再会できるでしょうか」


 静かに戦いの余韻を噛みしめながら天を仰ぐ。

 炎に照らされたその濁った瞳には、ただただ純粋な狂気が宿っていた。

 自らの血と脳漿にまみれた布を拾い上げ、再び元のように頭部に巻き付けるとダンテは炎の向こうへゆっくりと姿を消した。


=====================================================

~登場人物紹介~


・カイル・ブルーフォード:元「フェンリル」第1小隊隊長。

             前回の交戦後からダンテに狙われている。

             因果を捻じ曲げる能力がある様だ。


・リュウガ・ナギリ(百鬼 龍牙):武器・無手問わない高い戦闘技術と強靭な

                 フィジカルの持ち主。

                 出身国の違い故か魔術的素養が無い。

                 「屠龍」は彼本来の武装では無い様だ。


・ダンテ:最悪と名高い殺し屋。通称「スライサー」。

     カイルを切り刻むことを楽しみにしている。

     得意な魔術は大気操作であると言われているが、

     他にも秘密がある様だ。             


・ガスパロ:「フェンリル」第8小隊副長。

      カイルへの恨みと敬意が混ざり合い、いつしか歪んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る