白雪姫の妹の強襲

「お兄さん、来ちゃいました」


 日曜日の朝六時過ぎ、ひなたが家まで来た。


 つい先程までぐっすり寝ていたのに、強襲のせいで起きる羽目になったのだ。


 流石に何度もインターホンを鳴らされれば起きてしまう。


 私服姿は初めて見たが、オフショルダーに七分丈のパンツで姫乃とはだいぶ印象が違う。


 姉妹といっても腹違いなため、性格や服装の好みなど色々と違いがあるようだ。


「朝っぱらからどうしたの?」


 いつもだったらまだ寝ている時間のため、隆史は「ふあぁぁ……」と眠くて大きく欠伸をする。


 本当に面倒くさい、と思いつつも、起こされては出るしかなかった。


 出来ることなら帰ってほしいが、そう簡単には帰らないだろう。


「お兄さんにアタックするために決まってるじゃないですか。リビングに入れてください」


 玄関で話すのは嫌らしく、猫撫声で言ってきたひなたにリビングに行きたいと催促された。


 はいはい、と頷いた隆史は、面倒だけどひなたをリビングに案内してソファーに座らせる。


「私オレンジジュース飲みたいです。お兄さんの口移しで」


 いきなり飲み物を催促してくるとか図々しいにもほどがあるし、口移しで飲ませるわけがない。


 物凄く恥ずかしいが、するなら好きな人にしたいものだ。


「はいはい」


 隆史はあまりオレンジジュースを飲んだりしないものの、麻里佳が飲むから念の為常備はしてある。


 キッチンにある冷蔵庫からオレンジジュースを取り出してコップに注ぐ。


「お待たせ」

「ありがとうございまーす」


 コップに入れたオレンジジュースを渡すも、ひなたは飲もうとしない。


「口移し、してくれないんですか?」

「しない」


 プイ、と視線を逸らして答える。


 ひなたに口移しなんて絶対しないし、恐らく彼女は冗談で言っているのだろう。


「残念です。お兄さんにならいいかなって思ってるんですけどね」


 本当に彼女にする気があるのか疑問ではあるが、今の隆史にはひなたにする気は一切ない。


 姫乃が望んで来たらもちろんする。


「まあいいです」


 ごくごく、とオレンジジュースを飲み始めるひなたは、確実にあざとい。


 後輩である美希とはまた違うあざとさを感じさせ、ひなたのあざとさは気に入った相手を全て自分のものにしないと気がすまないような感じがする。


 恐らくは姫乃から大切な人を全て奪って絶望させたいのだろう。


 だからこそ、隆史は姫乃から離れるわけにはいかない。


 好きな人が傷つく姿を見たいわけがないのだから。


 一番信頼してくれるのだし、恐らく離れると姫乃は寂しいと思ってはくれるだろう。


 キスまでしてくれたのだから。


(どうするかな?)


 ソファーに座らずに立ったまま考える。


 今すぐにでも追い出したいが、帰ってくれるとは思えない。


 無理矢理追い出そうとしたら、大声を出されて犯罪者扱いにされる恐れがある。


 襲いかかろうとしても、ひなたなら姫乃から隆史を奪えるなら抵抗せずに初めてを捧げるかもしれない。


 実際には恥ずかしすぎて出来ないというのも、ひなたには分かっているのだろう。


 だからこうして家に襲撃してきたようだ。


「口移しがダメなら間接キスします?」


 半分ほど飲んだひなたが、うっすらとピンクの口紅がついたコップを見せてきた。


「しない」


 口紅がついた所に唇を付ければ間接キスになるが、したくないからしない。


「お兄さんって貞操観念高いんですね。普通だったら口移ししてますよ」


 確かに普通の思春期男子なら、可愛い女の子と口移しをしたいと思うのだろう。


 だけど好きな人としかしたくないため、隆史は丁重にお断りした。


 面倒くさいというのもあるが。


「まあ、お兄さんとはこれからゆっくりとでも仲良くなっていけたらいいんですけどね」


 恐らく姫乃から離れて付き合ったとしても、別れようと言ってこないだろう。


 一時的に付き合うだけでは、ひなたが満足するとは思えない。


 結婚までして姫乃をどん底まで絶望させたいそうなのだから。


「雪下は姫乃嫌いなの?」

「嫌いですね。腹違いの姉を好きになるのは難しいです」


 以前家族間で何かいざこざがあったとしたら、腹違いの姉を好きになるのは難しいだろう。


「てか、あの人のことは名前で呼んでるのに、私は名字ってどういうことですか? ひなたでもひなちゃんでもいいですよ」

「呼ばないとダメなの?」

「もちろんです。あの人に遅れを取るわけにはいかないので」


 どうやら何があっても名前で呼んでほしいらしく、ひなたは上目遣いでおねだりしてきた。


「ひなた」

「はい」


 満面の笑みで返事をしてくれたひなたは、とても嬉しそうだ。


 姫乃を初めて名前で呼んだ時と違ってドキドキがないのは、全く興味がない相手だならかもしれない。


「お兄さん」

「ん?」

「私はお兄さんのこと本気でいいなって思っているので、いっぱいアタックしていきますね」


 立ち上がって耳元で甘い言葉を囁いてきたひなたは、「ふう……」と息を吹きかけてきたのだった。

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