白雪姫のキスが止まらない

「タカくん、いらっしゃい」


 学校が土曜日の午前十時過ぎ、隆史は姫乃の家に訪れた。


 先日ひなたに言われた妾の子というのも気になるが、家に来た一番の理由は会いたいからだ。


 好きな人と過ごす時間は何よりも幸せであり、それは姉である香菜と幼馴染みの麻里佳で分かっている。


 今は何よりも姫乃と一緒にいたい、そんな想いが支配していた。


「紅茶出しますね」


 リビングのソファーに座った隆史を確認した姫乃は、そう言ってキッチンへと向かう。


 後ろ姿を見ているだけでも癒やされる。


(まさか姫乃が妾の子だったとはね)


 キッチンで紅茶を準備している姫乃を見て思う。


 未婚の母を持つ姫乃は、ひなたから確実に良く思われていない。


 もしかしたら以前酷いことを言われたことがあるかもしれないし、ひなたに虐められたことだってあるだろう。


 虐めに対して凄く敏感だったのは、以前ひなたに酷いことをされたからかもしれない。


 ただ、今のひなたは酷いことはしないと言っていたため、そこまで心配する必要はないだろう。


 くっついて嫉妬させるようなことは言っていたが、そこまで心配するまでもない。


 だってあくまで今は慰め合う関係なのだから。


 それにくっついてこられたらハッキリと断ればいい話だ。


「お待たせしました」


 少し考え事をしていたら、準備が終わった姫乃が紅茶を持ってきた。


 グラスに氷が入ったアイスミルクティーで、恐らくはスーパーで買ったのだろう。


「美味しい」


 買った物だから最初からきちんと味付けがされており、口に含んだら紅茶とミルクの香りが広がる。


「良かったです」


 えへへ、と笑みを浮かべながら隣に座った姫乃が可愛い。


 本当は姫乃がティーバッグで入れた紅茶を飲んでみたいが、そこまで言うものではないだろう。


 彼女がお金を出して買ったのだから。


「姫乃はさ……雪下ひなたって知ってる?」


 グラスをテーブルに置いてから尋ねる。


 ここ数日言うか凄く迷ったが、隆史は姫乃に本当に妾の子か聞くことにした。


 だって本当に妾の子であろうとも、一緒にいたいと思ってしまったのだから。


「何でその名前を……」


 先程までの笑顔を打って変わって絶望の淵にいるかのような表情になった。


 やはり過去に何かあったのだろう。


「前にメイド喫茶で春日井美希っていたの覚えてる? その子と友達みたいで知り合った」

「そう……なんですね」


 俯いた姫乃を見れば、ひなたが言っていた妾の子は本当だというのが分かる。


 もしかしたら妾の子と一緒にいられないから関係を解消したい、と言われると思っているのかもしれない。


「姫乃は妾の子、なの?」


 もしかしたらひなたが嘘をついた可能性がほんの少しだけあるかもしれないので、隆史は姫乃の手を優しく握って尋ねる。


「は、はい……」


 青い瞳には今にも泣きそうなほどに涙が貯まっており、光が失いかけていた。


 これはあくまでカンでしかないが、以前に妾の子というのがバレて親友を失ったのかもしれない。


 だから過敏になってしまっているのだろう。


「隠していて、ごめんなさい。こんな私と一緒にいるの嫌、ですか?」


 一緒にいられなくなるのを想像してしまったようで、青い瞳からは大粒の涙が溢れてくる。


 このまま一緒にいられなくなればまた虐めの対象になる恐れがあり、姫乃からしたら避けたいだろう。


 もし、他の人に頼ったとしても、女子たちからすぐに男を乗り換えるビッチだと思われてしまうだけで意味はない。


「嫌じゃないよ。どうあろうと姫乃は姫乃だから」


 隆史にとって好きな人が妾の子だろうとどうでもよく、一緒にいたいからいるだけだ。


「本当、ですか?」

「もちろん」


 これからも一緒にいる証拠を示すために、隆史は姫乃と指を絡める恋人繋ぎをする。


「ありがとう、ございます」


 少しだけ瞳に光が戻ったが、まだ安心させるのには足りないかもしれない。


「妾の子だというのを親戚に隠したいのでしょうね。お母さんと一緒に住むのも、許されてません。春休みや夏休みなどじゃないと、会えないです」

「そっか。辛いよね」


 家族と一緒に住みたくても住めないのは相当しんどいものだ。


 過去に姉を亡くしてもう一緒に住めなくなり、昔は毎日のように泣いていた。


 今は流石に泣いたりしないが、命日に墓参りをしたら目尻が熱くなる。


「今の私にはタカくんしかいないんです。タカくんと一緒にいると安心して辛さが無くなっていきます」


 家族に頼ることが出来ないのであれば、信頼出来る人に頼るしかない。


 姫乃にとってはそれが隆史なのだろう。


「大丈夫だよ。一緒にいるから」


 一緒にいれるのは嬉しい。


「なら……証拠を見せて、くれますか?」


 姫乃の瞳が瞼によって閉じられる。


 若干唇が出ているからキスしてほしいのだろう。


「分かった」


 頷いた隆史は、姫乃の肩に手を置いてゆっくりと近づけていく。


「んん……」


 ファーストキスをした日以来していなかったキスをした。


「んん……んちゅ……」


 軽くではなく、少し甘噛みするかのようなキスをして柔らかい唇を感じる。


 一切拒否することのない姫乃は、むしろもっとしてほしいかのようだった。


 唇は敏感な部分の一つだし、感じてもっと安心したいのかもしれない。


「もっと、してほしいです」


 瞳には完全に光は戻っているが、もっとしてほしいようだ。


「分かったよ」

「んん……」


 満足するまでキスをした。

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