白雪姫の嫉妬と頬にキス
「ここが、私の部屋、です」
美味しい夜ご飯を頂いた隆史は、まだ寝ないのにも関わらず姫乃の寝室に案内された。
最低限の物しか置いてないリビングとは違って寝室はいかにも女の子らしく、可愛らしい犬や猫のぬいぐるみが置いてある。
(え? 今日ここで寝るの?)
心の中でそんなことを思い、隆史は寝室に置いてあるベッドを見た。
桃色のベッドで毎日姫乃が寝ているだろうし、恐らく彼女の匂いが染み付いているはずだ。
そんなベッドで寝るのは恥ずかしい気持ちしかない。
「あまりジロジロと見られるのは恥ずかしい、です」
今日買ったばかりのワンピースを着ている姫乃にとって、人に寝室を見られるのは恥ずかしいのだろう。
見せたことがないからハッキリとまでは分からないが、隆史だって麻里佳以外の異性に寝室を見られるのは恥ずかしい。
「悪い。麻里佳以外の寝室に入ったの初めてだから」
いつも料理を作りに来てくれる麻里佳の寝室にもちろん入ったとこがあり、その時はここまで甘い匂いがしなかった。
男の本能を惑わすような甘い匂いがする部屋にいるのは心臓に悪いが、今日はここで寝るしかない。
恐らく寝る前が一番虐められた時の光景を思い出してしまうのだから。
寂しい思いをさせないために一緒に寝るのだ。
「私が初めてじゃないんですね。幼馴染みがいたらそうかもしれませんが」
何故か悲しそうな顔を向けられた。
確かに異性の幼馴染みがいればお互いの寝室は気軽に行き来出来るため、高校生になった今でも麻里佳の寝室に入ったりする。
麻里佳も少しオタクなとこがあるため、たまに寝室まで行って漫画を借りたりするためだ。
最近流行りの悪役令嬢とか婚約破棄物のラノベも持っていたりするので、少しじゃないかもしれないが。
恐らくはアニメとか好きな隆史の影響をモロに受けてしまったのだろう。
「でも……私はタカくんが初めて、ですからね」
ふいに耳元で聞こえた甘い声は本当に心臓に悪い。
男の本能が理性では抑えきれなくなりそうだし、惚れられてると勘違いしてもおかしくないセリフだからだ。
でも、まともに話すようになってからまだ一週間もたっていないため、こんなに早く惚れられることがないだろう。
学校一の美少女、白雪姫と呼ばれている姫乃は数多くの男子から告白されたりしているのだし、こんな簡単に惚れたら既に交際経験くらいあるだろう。
慰められたことで多少の好意はあるかもしれないが、あくまで親愛の意味で恋愛感情はないはずだ。
そう考えると既に一緒に寝ているのは凄いことだろう。
普通はまともに話すようになってから短期間でこんな美少女と一緒に寝るようなことはないし、もしかしてラブコメ展開? と隆史は思った。
ラブコメであれば何らかの事情で知り合って間もない女の子と寝る機会が何故か発生し、そこから色々と発展していく。
本来あり得ないくらいの美少女と仲良くなっていき、そして主人公の誠実さに惚れる。
(いやいや、あり得ないだろ)
ここはラブコメではなく現実であり、そう簡単に姫乃が惚れてくれるはずがない。
「どうしました? また式部さんのこと考えてたんですか?」
「いや、姫乃のことを考えてた?」
「私のこと、ですか?」
キョトン、とした顔で姫乃は首を傾げる。
「まともに話すようになってから間もないのに二回も一緒に寝ることになるなんてなって」
「そういえばそうですね。私たちは既に色々と恥ずかしいことをしてますね」
今までのことを思い出したのか、姫乃は湯気が出そうなくらいに顔を真っ赤に染めた。
お互いの胸を借りて慰め合う、下着姿の彼女を抱きしめる、さらには一緒に寝たり二人きりで手を繋いでお出かけ、とやっていることは恋人同士のそれだ。
もちろんキスをしたり一線を超えたりすることはないが、思い出しただけで身体が熱くなる。
「でも……でも、相手がタカくんだから、嫌ではない、ですよ」
だから不意打ちにそういうことを言うのは止めて欲しいと思いながら、隆史は心の中で悶えた。
麻里佳が一緒にいてくれるから異性には慣れていると思っていたが、彼女と他の人ではこうも違う。
やはり初日に抱きしめたり頭を撫でたり出来たのは、フラれたショックや姫乃が悲しそうだったからのようだ。
「私がこうやってタカくんを家に入れることが出来るのは、襲われないっていうのもありますけど、一番の理由は一緒にいて安心出来るんです」
ギュっと手を握られた。
「今まで男にしつこく言い寄られたことがあるのか?」
「少ししつこい人はいましたけど、そこまでの人はいないですよ」
何故か少しだけホッとした自分がいて、隆史は姫乃の指に自分の指を絡めるようにして繋ぎ直す。
麻里佳が好きなのは確実なはずなのに姫乃と一緒にいられて嬉しいと思ってしまったのは、ほんの少し……少しだけだけど諦めようという気持ちが出てきたからなのかもしれない。
「でも、タカくんは私にエッチな視線を向けたりしないので安心します」
以前下着姿はしっかりと脳内に記憶したが、エッチな視線を向けたわけではない。
女の子はエッチな視線に敏感だと聞いたことがあり、そういった視線を向けられるのは嫌なのだろう。
「こうも安心出来るタカくんと仲良くしている式部さんが、少し羨ましい、です」
「姫乃?」
「私もタカくんと、仲良くしたい、です」
少し寂しそうな顔で身を寄せてきた姫乃は、何故か麻里佳に嫉妬しているらしい。
ひょんなことで麻里佳の気持ちが傾いて恋に落ちたら、せっかく慰めてくれる隆史が離れていく、と思ったのだろう。
「充分に仲が良いと思うけど」
まともに話すようになってから日が浅いが、ここ数日は凄い濃厚に過ごしている。
「じゃあ仲の良い証拠を見せて、ください」
「証拠?」
こうやって身を寄せてくる姫乃を受け止めているだけで仲の良い証拠になってはいるだろう。
でも、姫乃からしたら足りないのかもしれない。
「き、キス……してほしい、です」
「き、キキキキス?」
予想外の言葉に、隆史の身体は恥ずかしさでさらに赤くなる。
心臓もバクバク、と激しく鼓動し、このままいたら張り裂けてしまうんじゃないかと思うくらいだ。
「き、キスと言っても頬に、です。流石に唇はまだダメです」
唇が触れ合うキスを想像してしまったのか、ポンという擬音が出そうなくらいに姫乃は顔全体を赤く染めた。
「頬にキスでも早い気が……」
張り裂けそうなくらいに恥ずかしい思いになりながらも、隆史は何とか声を出す。
「確かに私たちはまだ話すようになってから日が浅いです。でも、その短い期間を思わせないくらいに濃厚な時間を過ごしてます。だから私のは……タカくんになら頬にキスをされても、いいと思って、ます」
全ての理性が吹き飛ぶかのような甘い言葉だが、隆史は何とか本能を抑えこめた。
ここで襲ってしまったら犯罪歴がついてしまうし、何よりせっかくの信頼を失うことになる。
慰めてもらうこともしてもらうため、信頼を失うことだけは何としても避けたかった。
「分かった。それで証拠になるなら」
「お、お願いします」
ゆっくりと瞼を閉じた姫乃は、頬をこちらに向けた。
スーハー、と一度深呼吸をし、隆史は姫乃の頬に唇をゆっくり近づけていく。
「あ……」
頬に触れた瞬間に姫乃は甘い声を出した。
「これがキスなんですね」
えへへ、と笑みを浮かべた姫乃は手で頬を抑え、キスされた余韻を味わっているかのようだ。
「その……頬にキスされたのも初めて、ですからね」
不意打ちで甘い言葉を囁かれ、隆史は再び悶える羽目になった。
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