離れたくない白雪姫
「あの……離れたく、ないです」
もうすぐ完全に日が暮れようとする時間帯、そろそろ帰ろうとした隆史を姫乃はギュっと手を握って止めた。
まるでデート終わりに彼女が彼氏に甘えるような感じで、隆史にとっては本当に心臓に悪い。
白雪姫と呼ばれるくらいの美少女に離れたくない、と言われれば普通の男子なら喜ぶところだが、免疫がない者にとっては恥ずかしいだけだ。
幼馴染み相手とそうでない者では全然違う。
いや、麻里佳に離れたくない、と甘えるような声で言われても恥ずかしくなるかもしれない。
異性に免疫がないのは姫乃も同じのようで、顔が茹でダコみたいに赤くなっている。
でも、それでも離れたくないのは、一人でいると虐められた時の光景が頭に浮かんでしまうからなのかもしれない。
同性の仲の良い友達がいれば良かったのだが、美術品のような容姿の彼女には休日もよく遊ぶ同性の友達はいないようだ。
「離れたくないって……」
どういった意味での離れたくないのかが良く分からない。
寝るギリギリまで一緒にいたいのか、それとも泊まってほしいのか……恥ずかしさを感じながらそんなことを思う。
「泊まってもいいですから、私のベッドを使ってもいいですから、私の側にいて、ください」
やはり一人では虐められた時の光景が勝手に思い浮かんでしまうらしい。
今も思い浮かんでしまっているのか、それとも泊まりを提案したことによる恥ずかしさからなのかは分からないが、若干姫乃の身体は震えて青い瞳には涙が溜まっていた。
断られたらどうしよう? とも思っているのかもしれない。
「分かったよ」
恐怖で怯える姫乃を放っておくことなど出来るはずがないし、事前に連絡すれば泊まりを許してくれるだろう。
むしろ泊まって慰めなさいって言われるかもしれない。
「ありがとう、ございます。タカくんといれて嬉しい、です」
はにかんだ姫乃の顔は、恥ずかしながらも嬉しそうだった。
「嬉しいですけど、ごめんなさい。タカくんは式部さんが好きなのに私と一緒にいることになって……」
「まあ、フラれたから一緒にいてもね」
自分の頭をかきながら隆史は言った。
一緒にいるのは辛さはあるが嫌ではない。しかし、これからどんなにアタックしても麻里佳を振り向かせることは出来ないだろう。
少しでも異性として意識しているのであれば、今日のお出かけだって止めたはずなのだから。
本当に弟としてしか見ていないということだ。
悲しい気持ちはあるが仕方のないことで、どんなにアタックしても叶わない恋はある。
昔はお姉ちゃんでも良かったが、中学生になってから麻里佳を異性として意識し始めて姉弟の関係が嫌になった。
でも、もし告白してフラれたら疎遠になってしまう可能性があったため、最近まで告白出来ずにいたのだ。
ただ、やっぱりずっと姉弟のような関係は嫌だったので、勇気を出して告白して撃沈した。
「本当にありがとう、ございます」
何故か若干悲しそうな顔をした姫乃は、離れたくないからか握っている手に力を入れてくる。
でも、一緒にいられるのだし、嬉しい気持ちはあるのだろう。
そうでないと泊まりなんて提案してこないのだから。
「ちょっと待ってて」
「はい」
ポケットからスマホを取り出した隆史は、姫乃の家に泊まるということを麻里佳にメッセージで伝えた。
するとすぐに既読がつき、こう返信がきた。
『白雪さんは傷心してるんだから変なことしちゃダメだよ。お姉ちゃんはまた一人でご飯。およおよ……』
しねえし、明日は一緒に食べるから、と返信してスマホの画面を消してポケットにしまう。
せっかく信用してくれている女の子に変なことをしたくないし、そもそも恥ずかしくてする勇気すらない。
ヘタレ、と言われればそれまでだが、姫乃だって抱いてほしくて泊まりを提案したわけではないだろう。
あくまで寂しいから一緒にいてほしいだけ。
「どうしました?」
「いや、麻里佳に泊まりのメッセージをしただけ」
隠しても仕方ないので正直にメッセージのことを伝えた。
以前コンビニで会った時に麻里佳に作ってもらっているようなことを言ったので、少しの説明である程度のことは察してくれるだろう。
「二人は本当の姉弟みたいですね」
ふふ、と笑みを溢した姫乃の顔は嬉しそうだった。
高校生になってもご飯を作ってくれる幼馴染みは稀だし、姉弟のように思ってもおかしくはないだろう。
ただ、やはり姉弟のような関係は隆史にとっては嫌だ。
フラれてしまったといえどまだ時間がたっていないので、好きな気持ちがあるのだから。
ただ、フラれてしまったのはどうしようもなく、これから時間をかけて諦めていくしかない。
「ねえ、お願い聞いてくれる?」
「何ですか?」
「胸、貸して?」
「む、胸? あ……すいません。失恋のことを思い出させてしまったのですね」
一瞬だけ驚いたような表情になった姫乃はすぐに察してくれたらしく、恥ずかしそうな顔ながら「どうぞ」と両手を広げた。
フラれた時のことを思い出して寂しくなった隆史は、姫乃の胸に顔を埋めて慰めてもらった。
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