白雪姫とショッピング

「カラオケ楽しかったな」

「そうですね」


 駅前にあるカラオケ店で休日にフリータイムに入ったとはいえ時間いっぱいいられるわけもなく、保証時間の三時間を過ぎたところで追い出された。


 会計の時にこんな可愛い彼女とデートしやがって、という嫉妬の視線をアルバイトらしき男性店員に向けられたが。


「あの……行きたいところがあるんですけど、いいですか?」


 手を繋いでいる姫乃からの提案だ。


「どこ?」

「ショッピングモールで服を見たい、です」

「もちろんいいよ。でも、人が多いとこになるけど大丈夫?」


 お礼は充分にしてもらったし、残りは自分の時間に使ってもらっても構わない。


 ただ、休日のショッピングモールになると人がいっぱいいるし、今の姫乃にとってはよろしくないだろう。


「大丈夫です。私にはタカくんが、いますから」


 頬を赤くしながら恥ずかしそうに言ってくる姫乃が可愛く、本当に麻里佳が好きじゃなかったら陥落していたかもしれない。


「ならいいけど」


 ありがとうございます、と笑みを浮かべた姫乃と共に、隆史は手を繋ぎながらショッピングモールへ向かった。


☆ ☆ ☆


「あの、タカくんに服を選んで欲しい、です」


 姫乃が訪れた場所はレディース専門の服屋だった。


 休日だけあってお客さんが多く、もちろんメインは女性だ。


 男性客もいるものの、彼女と一緒にいるリア充と呼べる部類だろう。


 彼女と一緒にいるのに姫乃に見惚れている彼氏はその内フラれるんだろうな、と隆史は思った。


「俺が選ぶの?」

「はい。これから一緒にいることになるのですし、タカくん好みの服の方がいいかな、と思いまして」


 私服の好み、ということは、もしかしたら休日も一緒にいようということなのかもしれない。


 別にダメではないが、それだと姫乃のプライベートな時間が少なくなってしまう。


「休日も一緒にいるの?」

「はい。ダメ、ですか?」

「ダメじゃない」


 若干涙が貯まっている青い瞳に見つめられたら断れるはずがない。


 それに麻里佳と話すことは出来るにしてもしばらくは辛さがあるだろうから、俺自身としても休日も姫乃と一緒にいられるのは有り難いことだ。


 自覚なしに恥ずかしいことをしてくるから心臓に悪いものの、失恋した辛さに比べれば幾分か楽ではある。


「タカくんには本当にお世話になってますので、ご飯を作ったりしてお礼がしたい、です」

「分かった」


 料理は麻里佳が作ってくれるんだけどね、と思いながらも、隆史は了承をした。


 姫乃の料理は非常に美味しいし、それに麻里佳は『白雪さんと一緒にいなさい』と言うだろう。


 姉的ポジションを奪われてもいいのか? と一瞬だけ考えたが、麻里佳からしたら今はそんなことより姫乃の心の傷のケアを優先させたいようだ。


「休日もタカくんと一緒にいれて、嬉しいです」


 えへへ、とはにかんで言う姫乃を見てドキっと心臓の高鳴りを感じた。


 もちろん好きな人がいるから恋に落ちたわけではないが、無自覚にそんなことを言うから本当に心臓に悪すぎる。


 ただ、姫乃は意識させたくて言っているわけではないだろう。


 あくまでお礼だけ、と隆史は自分の心に言い聞かせる。


 白雪姫と言われる姫乃が自分を好きになってくれるはずもないのだし、彼女を好きになっても付き合えるはずがないのだから。


「どうしました? やっぱり休日に一緒にいるのは、ご迷惑ですか?」

「違うから。ちょっと考え事をしてただけ」

「考え事ですか。もしかして式部さんのことですか?」

「麻里佳のことはちょっとだけ」


 隆史が手を繋いでいない方の手の親指と人差し指を使ってほんの少しだけ隙間を作って説明すると、何故か姫乃は「むう……」と怒ったかのように頬を膨らました。


「こうして二人きりでいるのに他の女の子のことを考えちゃダメですよ」

「ご、ごめん」


 確かにせっかく二人きりでお出かけしているのだし、他の女の子のことを考えるものではないだろう。


 隆史はしっかりと姫乃に向かって謝る。


「悪いと思っているなら私の服を選んでくださいね」

「分かった」


 どんな服がいいか周りを見てみるものの、女性物の服なんてあまり分からない。


 麻里佳は姉ぶるから自分で選ぶし、どんな服を選べば喜ぶかなんて分かるはずがなかった。


「ん? これは……」


 たまたま目に入った服がアニメのヒロインが着ていた服とそっくりだったために手に取る。


 上が白、下が灰色とワンピースタイプながら色が違う服だ。


 確かガーリー系の服だろう。


 これはどう? と姫乃に服を見せる。


「あう……これは……」


 肩の部分が少し透けて鎖骨がしっかりと見える丈の短いタイプだからか、姫乃の顔が朱色に染まった。


 私服なんて数えるほどしか見たことないからハッキリとしないが、恐らく夏でもあまり露出度の高い服を着ないだろう。


 だからこういった服が恥ずかしいらしい。


「ごめん。違うのにするね」

「ま、待ってください」


 元の位置に戻そうとしたところで姫乃に止められた。


「タカくんは、こういった服を私に着てほしいって、思うのですか?」

「まあ、思うかな」


 正面を向いて言うのは恥ずかしいため、隆史は少し視線を外して答える。


 清楚系が最も似合いそうではあるが、ガーリー系みたいに女の子の可愛らしさ全面に押し出した服も似合うだろう。


「分かりました。タカくんと二人きりの時に、着ますね」


 頬を赤らめながら甘い囁きをしてきた姫乃は試着室でサイズを確かめた後、レジまで持っていって買った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る