終わりなき英雄譚―異世界の英雄

@akira_765

序章

序章―英雄

 


 ――ゆっくりと息を吐き、瞳を閉じた。


 意識を頭へと集中させ、感覚を確かめるように腕へと力を入れる。頭から送られた信号は体へと流れ、思考と極僅かなズレで動く。


「うん、いつもどおりだ」


 ゆっくりと瞼を開けると、冴えた頭は視界に捉えた情報を即座に理解した。そして、そこから最も適した行動を推測させる。


「大丈夫、大丈夫……俺は大丈夫だ」


 前方には、数えきれない程の人が群がりできる。その全員は身に鎧、手には槍や剣と言った凶器を握っていた。すると、その集団は一斉に大声を上げて駆け寄ってくる。


 純粋な殺意を向けて……


「平和な世界の為に」


 そう零すように呟くと片手に持った剣を強く握り込み、突き刺さるような殺意に、ただ答えた。


 一人だけ抜け出すように前に出る兵士。それが振るった剣を受け流し、空いた手で自分の腰に着けていたナイフを抜いた。瞬間、鎧の隙間から見えていた喉を掻っ捌く。すると、その兵士はゴボゴボと水音を鳴らすと、血飛沫を上げ、鉄を叩いたような音を鳴らしながら地面へと崩れ落ちた。


 間髪をいれずに数メートル先。先頭を走る兵士へと向けてナイフを投げつけた。それが兜の隙間から覗かせる眼球へと突き刺さると、兵士は転がるようにして倒れ込んだ。それにより兵隊は足を取られ、隊列に乱れが生じる。


 それを目視で確認した俺は、荒野の砂を剣で掻き上げると、風はその砂をかき揚げ砂煙を作り出した。その途端、砂煙に身を隠すようにして駆け出す。


 姿勢を低く保ち、空いた左手で兵士が落とした剣を拾い上げると、兵隊の中へと潜り込んだ。それにより兵隊の指揮が乱れ、混乱が生じる。


 敵一人に対して、味方だけの兵隊。


視界が悪くなった瞬間に紛れ込んだことによって、状況の把握ができなくなったのだろう。兵隊は同士討ちが起きないように慎重な動きになる。そのほんの少しの隙に、俺の剣が敵よりも先に肉を削いでいく。


  俺だけが、針穴に糸を通すようにして兵隊の間をすり抜けてく中、兵士は無闇に剣を振るうことすらできず、ただ俺に蹂躙されていった。その事実に化け物を見るような目に変わっていくと、体を強ばらせ、動きにも支障をきたしていく。


 こうなれば俺の独壇場だ。


 俺は転がる死体や肉片を避けながら、兵隊の隙間を縫うようにして小刻みにステップを踏む。


 自分の拍子で、冷静に正しく息を遣い、的確に急所を狙う。


  一人、また一人と、人を殺していく。それにつれて、徐々に大きくなっていく水溜まりを踏んだような音は、鼓膜に響き、心と頭を掻き乱していった。


 ――殺す。何が何を?――殺す。俺が人を?


 鮮血が辺りを染め上げ、自らをも赤に染めていく中、その事実に『これって正しいの?』と、疑問が浮んだ。――駄目だ。考えるな、考えるな。冷静になれ、今は目の前の敵だけに、五感全てで感じろ。考えるな。今はただ、背負った思いのため、大切な人が笑える世界のために、ただ勝つ。


 その為に「死ねぇえぇえ!!」殺せ。


 ――熱を帯びた日差しが荒野へと降り注ぎ、あたりは熱気により陽炎が揺らいでいる。そんな荒野には人だった残骸と鉄くずが散乱したまま、ただ一人、俺だけが立っていた。額から流れる汗は頬伝い、地面へと零れ落ちると小さな水音を立てた。


 何百と囲んでいた兵隊は一人として存在しない。皆俺の手で死んだ。殺すことも、殺されることも、もう慣れた。……それなのになんでだろう。胸は張り裂けそうなほどに痛くて、頬を伝う雫は止まりそうもない。


 俺は空を見上げ、胸元に手を翳かざすと、暗示を掛けるように言葉にした。


「平和の為に」



 ――戦乱の世。


力こそ全てと暴力で世界を支配する帝国と、争いのない平和な世界を理想とした革命軍は、拮抗した戦力化の中で終わらない戦いを続けていた。


 革命軍を率いるは、先祖代々と受け継ぐ英雄の一族。

 そんな一族の中に、英雄豪傑、天下無敵と言われるほどの才を宿した男児が誕生した。


 それが俺、ナギサだった。


 子供の頃は、恵まれたのだと思った。この才能があれば父のような英雄に、皆の期待を背負える正義の味方になれるって――だから、その為にただひたすらに鍛練に励み、ただひたすらに学んだ。


 生きる方法、殺す方法、勝つ方法、勝たせる方法、その全てを極めた。


 ――だけど、父が殺された時。とてつもない悲しみと憎悪が頭と体を支配した。殺した奴が憎くて、殺したくて、たまらない。でも……だとしたら、俺がしていることは?


「平和のために?」


 理由があれば正当だと? 戦争だからしょうがないと?

 理解させて、理解して。それで解決? ……いや、そんなことできるわけがない。この悲しみは、この憎しみは、そんなことで収まるような優しいものじゃない。……だとしたら、殺されたから殺して、殺したから殺される。この連鎖に終わりなんてものは……


 それに気がついた時、既に遅く、俺は英雄と讃えられていた。俺はなっていた。念願だった父の様な存在に。それなのに、大切な存在ができるほど命が尊くなって。英雄と呼ばれる度に胸が痛くて。何時までも朝が来なくて。手の震えは収まらなくなっていた。


 答えを出してしまえば終わる。そんな気がした。だから。考えるな。考えるな。そうだ。俺は英雄だ。英雄として、人々の期待に背負って、大切な人達の為に、この体を動かせばいい。


――だから、俺が俺として英雄を終えるまで「しね」思考を止めろ「しね」心を殺せ「しね」剣を振るえ。多々ひたすらに「しねぇえぇえ」罪から逃げろ。


 そして――帝国を統べていた皇帝を討ち、永きに亘った戦争に終止符を打った。


「ようやく、終わった……これで」


 民の為の平和な国へと変わり、永きに続いた英雄の役目も終わりなのだと、そう思っていた……なのに。

 ――抑止力となっていた帝国が無くなったことにより、戦禍はまたたく間に拡大していった。


 新しく統治していた革命軍による帝国は元帝国民による暴動と、度重なる内部による反乱により、徐々に勢力を落としていくと、隣国は気が熟したかのように他国と手を取り、新たな帝国を蹂躙した。


  それにより、世界全土が完全な無法地帯と化す。そして、残った各国は自らの国が新たな法にと、覇権争いによる戦争を起こした。


 その事を知った時、理解した……いや、思い出した。考えないように、忘れたふりをしていただけで……そうだ。結局、俺たちが勝ち取った世界は暴力で作り出したのだと……英雄と称されても、結局は正義の味方では無かったのだ。


 力で切り開いた未来は根底の問題を解決することはできなかったのだ。死の連鎖は終わり告げることはなく、憎しみに終わりは来ない……なのに、俺は大きな迎え火にばかり目を向けて、新たに根付いてしまった火の粉から目を背けた。


 そして、これで終りだと逃げ出した。


 ――それがこの結果だ。


「はは」


 笑いが込み上げる。これが俺の出した結末なんだな。

 空に目を向けると、頬を伝い雫が溢れた。


「なんで……なんでこうなるんだ!!こんな未来だと決まってたわけじゃない!!――なのになんで!!」


 誰かを助ける為に犠牲にする力、それしか俺には無かった。


 剣を振るった分を背負って進む、俺にはそれしか……だから俺は!!


 ……あぁ、だからか。また自分のせいじゃないと逃げて、自分には罪はないと投げ出す。


『そのせいで、お前が大切だと言った人達は犠牲になった――だからこうなったんだよ。滑稽だな英雄様』


 ぽとっと何かが地面に落ちるような音がすると、胸の中で何かが崩れる感覚と、大きく笑う誰かの声が聞こえた。


 ――それが自分の声だと理解したのは数秒後。その後は意識が黒くなって、ほとんど覚えてない。


 ずっと夢現みたいな感覚だった。


 ――フワフワとしていた意識が、ハッキリとした時、石で作られたベンチに腰掛けていることに気がつく。すると俺の胸元に、紅く染まった剣が向けられていた。


 銀色に光る髪に、燃え滾ったような真っ赤な瞳の女性。


 俺の記憶に強く根いていた大切な人の色。

 その女性が俺へと剣を向ける。

 俺はその彼女に対して咄嗟に言葉にした。


「生きていたの?」それに女性は言葉を返し

「はい。ずっと、あなたを探していたんですよ……遅くなりましたけど見つけられて良かった」


 その状況とは裏腹に、辺りは兵士らしき集団が俺たちを囲うようにして群がり、今にも飛びかかってきそうな程の強烈な殺意と罵声などの大声が聞こえてくる。


 ――どうやら、この場は戦場と化しているようだ。周囲からは生き物焼ける匂いが充満し、炭や火の粉が視界の奥で飛び交っていた。


「もうあなたと進む道はなくなってしまいましたね」と、悲しげに言う彼女に、ただ愛おしさだけを募らせていく。


「――ごめんね。こんな形になってしまって」

「いいんですよ……これは私達が望んであなたに願った結果なんですから……これはあなたや私、皆のでもある罰の形……報いなんです」

「それでいいのかな?」

「あなたは、あなたがやれることをやっただけです……後は任せましょう、次の世代に」

「次……彼女は、元気?」

「元気ですよ。でも、これから寂しい思いをさせてしまいますけど」

「……きっと怒られるよ」

「ふふ、その時はあなたも一緒にですよ……勝手な判断ですが、彼女は貴方より断然強い子ですから、泣き虫なあなたを一人にさせるよりは……きっと大丈夫、彼女もわかってくれます」


 彼女は向けていた剣を地面に落とすと、俺の体に飛び込んでくる。俺はその体を抱きとめ、強く口付けを交わした。すると、彼女は俺の首に手を回し、首元に重みを感じる。


 彼女は唇をそっと離し「落としてましたよ。大切な物なんですから片時も離しちゃだめじゃないですか」とを彼女は俺の首に掛けながら、見つめ合うとまた唇重ねて舌を交じりあわせた。


 その途端、胸元から強い衝撃を受ける。すると、そのすぐ後にとてつもない熱を感じた。


 ――熱い。なんだこれ。


 確認するように視線を下げると彼女との体の間に管のような物が血を帯て、俺の体に突き刺さる。どうやら、彼女の背中を通して俺の胸に突き刺さっているようで。

 形状からして剣で刺されたのだろう。


 重なる唇から血の味が混ざる。内蔵が傷つき、血が逆流しているのだろう。


 彼女は俺から体を離すと、粘るような水音を立てながら軽く咳き込み、言葉を発した。


「……あぁ、痛いなぁ……これ、あの時以来かも……」


 これが痛み? 圧倒的な熱が体を支配する。そんなもがきたくなるような感覚に、受けるのは強い衝撃だけで。


「こんな痛みだったの?……これ俺には耐えられないな」

 きっと、死ぬほどの痛みというのこういうものなんだろう。


 横目に群がっていた一人の兵士が後退するのを捕える。さっきから圧倒的な殺意が充満していた場所だ。きっと俺に報いを与えるために集まっていたのだろう。


 だけど、ごめんな。罪は最後に償うから、あと少しは彼女と二人だけの世界に居させて。


「愛してる」

「私も」と、表情から力が抜けている様子だった彼女は、苦痛に耐えるように顔を歪ませながらも満面の笑みを作り、言葉を続けた。


「……死が、ふたりを分かつまで?……ううん。そんなこと、じゃあ、私の気持ちが変わること、なんてないです、から……たとえ、ここで死のうとも……永劫の輪廻を重ねたとしても、その度に、あなたを愛して、愛されて、あげます、から」


 息も絶え絶えになれながらも言った、彼女のその言葉に、俺もつられて笑う。


 とてつもなく熱かったはずの熱が引いていくのを感じると同時に、体にあった全ての感覚と、体温の熱さえ冷めていく感覚がする。どれだけ腕に力を込めようとも、痺れたように思い通りに入らない。けれど、抱きとめていた右手を必死に動かし、彼女の後頭部に這わせると引き寄せる。


 彼女は俺の肩に顎を乗せると、首に回していた彼女の腕が力なく落ち、脇腹から腰へと回ると、弱い力で強く強く抱きしめてくる。次第に耳に掛かるような吐息がほとんど感じなくなる。


 感じあっていた彼女の鼓動がしなくなるその寸前。

 小さく「愛してるよ」と言う言葉が聞こえた。

「ありがとう、俺も愛してるよ」


 その言葉を後に、彼女がぴくりともしなくなった。地面には体から流れ伝う血溜まりができる。俺はそれを目にしながら、抜け殻となった彼女をただ出来るだけ強く抱きしめた。そうしているうちに俺の瞼もどんどんと重くなっていき。


 瞬きをするのさえも億劫になる瞳は、開けていても景色を移すことが無くなっていることに気がつく。その事に強い終わりを感じた。


 ……最後なんだな。


 これまでのことを思うと、誰かに報いることなんてきっと出来ないけど。


 彼女が言った通り、これが俺達の、そして、彼らの罰であるというのならば、きっと俺達の命だけじゃなく、今までの全ての罪や命がこの世界の礎になる。


 俺は愚者としてでも、この世界を変えるキッカケになれば……それで……


 無責任だけど後のことは……任せるね。


 微かに残っていた意識が暗闇の底に落ちた。そして、俺の体は何一つと感じなくなった。

 ……。…………。………………。

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