Legend1,『Fight!①』
★★
もし、あの時、嘘を吐いていたのがただのorionのメンバーだったら、私は感情的になったりしなかっただろう。
ああ、やっぱり世界は広いから、宗教観っていうのは多種多様なもので、色んな人が色んなルールで生きてるんだから、そういうのはお互い尊重していかなきゃいけないよね。尊重って言いながら内実は見て見ぬふりだったり、ただの無関心だったりするけどさ。
なんて。
そんな、ありきたりな、そしていつも通りの感想を抱いて終わりなはずだった。
カワイサアマッテニクサヒャクバイ。
日本語を勉強しなおした時に目がついた言葉。その時は理解できなかった。
二人でデビュー前に、事務所のマフィアビルで一緒に勉強した日々。
「ヤーナっ!これからよろしくお願いしマスっ」
初めて会った時から、私はユリィ――ユリア・アクアマリン――から目が離せなくなっていた。くりっとして、それでいて目尻が少し上がった瞳。ふっくらとした頬。華奢で小柄なのに、声は高くて心地よく響いて。ちょっと島国訛りの言葉も彼女の魅力に昇華されていて、すごく可愛かった。服のセンスはイマイチだったけどね。
ああ、私にない物を全部持っている子だなって、そんな第一印象だった。
一目惚れ、なんて言い換えてもいいかもしれない。当時、私はそっちの
「ちょっと……、相談があるのデスが…………」
「どうしたの?お金の相談以外だったらなんでも聞くけど」
デビュー前の研修の最終週のことだった。ゲームや音楽の著作権についての座学が終わってから、いつになくオドオドとした様子で、隣に座るユリィが私に声を掛けてきた。
顔を申し訳なさそうに下げて、目だけ私に向けているその表情に、私はいつも通り、今日も小動物みたいで可愛いな……、なんてそう思っていた。
「あの……、ジョコビは、物価も高いデスよね…………。あの……、家賃も…………すごく高いんデス。だから、一緒に……」
「いいわよ」
「で、デスよね……。ごめんなさい。変なこと…………、えっ?」
「明後日には家具と荷物を送るから。……準備しといてね」
少し微笑みを返す。
クールに決まった、と思った。
内心は、すごくドキドキして、心臓が口から飛び出してしまいそうだった。同時に、とっても嬉しかった。彼女が好きだったから、って今なら言えるけど、当時の感情はちょっとだけ違った。
同じ事務所の同じアイドルで、同期でありライバルであり、刺激しあえる仲間と、一緒に暮らせるなんて、そんな素敵なことがあるだろうか。そんなワクワクした気持ちが、私を支配していた。
迷うことすらしなかった。
……考えなしだった。
今は、そう思う。
越してきた夏の夜に私は、愛くるしい彼女と明るくなるまで、未来のこととか叶えたい夢とか、狭いリビングで隣に座って、肩を合わせて語り合った。
熱帯夜にクーラーも点けず、お互い汗をかくくらい、言いたいことはぜんぶ話し終わって、私たちは晴れやかな沈黙を楽しんでいた。
カーテンから陽の光がぼんやりと差し込んできた頃、どちらからとも言わず、キスをした。
なんであの時、私はお互いの過去のことまで語り合わなかったのだろう。
今となっては、それを後悔している。
きっと、ユリィも。
★☆
私はシングルマザーだったマムとは違って、敬虔なアマリスト、アマリ教の信者のことなんデスけど、敬虔なそれではなく、どっちかというと、あんまり信心深くない方デシた。
22年前。震災があって、そのせいで内戦がうやむやになって、この国は体制を維持したまま、大統領だけが替わりマシた。前の大統領は国外に逃げて、そのまま死ぬまで帰って来なかったそうデス。
私が住んでいたボルビア島はネジャンナ寄りの島だったので、すぐに国軍が駐屯して復興は比較的早かったらしいデス。
まあ、島民も少ないし、観光と漁業しかないような島だったので、被害自体が少なかったというのが内実なんデスけどね。
でも私が許せないのは、あの虐殺が、神様が与えた試練であるかのように扱われることデス。信者の大人たちが、育ててくれた祖父母でさえも、口を揃えてあれをそう言うのデス。
私は納得できマセんでした。
そもそも神様がいたら、戦争や貧しさなんて無くなっているでしょう?
マムだって私を生んですぐに死んだりしなかったでしょう?
なんて、子どもみたいなことは言いマセんけどね。
許せない、という気持ちはありマスが、戦後・震災後生まれの私にとっては、正直、どうでもいいことデス。
今でも熱心なアマリストは、毎週教会に行きマスし、婚前交渉であるとか、堕胎であるとか、LGBTであるとか、そういったことにはすごく否定的デス。
だいたい、私が次に何を言い出すのか、分かりマシた?
そうなんデス。戦後復興の混乱の中で、私のマムは望まない性交渉で私を授かりマシた。
小さなコミュニティですから、島の男性はそういうことはしマセん。相手は復興のために来ていた兵士だったのではないかと私は思いマス。
今となっては微塵の興味すらもありマセんが。
そして、私はアマリ教が禁ずる同性愛者デス。
ちょっとばかりですが、ヘヴィでしょう?
そして、22年も経ったというのに、この国のアマリ教に対する差別はいまだに存在しマス。
どんな差別か、デスか?
そうデスね。大学を出た成績トップの女の子が首都の大企業の採用試験を20社ほど受けて、バカ正直にアマリ教信者を公言したもんだから、全部書類審査で落ちるくらいデスかね。
途中からムキになってた私も悪いんデスけど。
あの時は焦りマシた。
特待生だったとはいえ、グランパに無理を言って都会の大学に通わせてもらってマシたから。不安しかなかったデスよ。
それで、路頭に迷って、何を血迷ったかorionのオーディションを受けて、なぜか合格しちゃったんデスよね。
マネージャーにナロウケ主人公デスねー、なんて初めのうちよく言われてマシた。運が良いってことでしょうか。いまだに意味は分かりマセんけど。
まあ、そういう理由があって、私は自分がアマリ教信者であることを隠していたんデスよ。
もちろん、ヤーナが熱心なマシスターであることは知ってマシた。定時の礼拝とか欠かさずちゃんとしていまマシたし。
同棲は短い期間になってしまいマシたが、なかなか……、ヤーナと関係をもってからは特に、カミングアウトする機会がなくて。
でもそれが、ヤーナに嫌われるきっかけになるなんて、思ってもみマセんでした。
もちろん、彼女のことは今でも大好きデス。
私が悪いんです。
よく考えれば、彼女は敬虔なマシスト教信者デスから。肉体関係を持った人が牛肉大好きな奴なら、怒るのも、嫌いになるのも、当然というものデス。
…………後悔してマス。
でも、私はどうすれば良かったんデシょうか。どうしたら、彼女に嫌われずに済んだのデシょう。
その答えだけが、いまだに出ていないのデス。
☆☆
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