最終話:お姫様とお姫様

「どうしてさ。鉄骨、あんた、黒崎歩美が何であんたの事を好いてるか知ってんの?」


 井汲亜矢は顔を上げ、少し声を荒げた。


「あんたが『男の子』だからだよ! 側に置いても恐い思いをしない、理想の『男の子』を自分勝手に求めてるだけ!


 ――鉄骨が本当はぬいぐるみが好きで、可愛い甘ロリ服やアクセサリが好きで、スタンドにちんまりしたケーキをたくさん並べて眺めるティータイムが好きな、誰よりも『女の子』に憧れる女の子って事を知りもしないで!」


 春希の肩を掴む亜矢の手が強く締められ、その指が深く食い込む。


「黒崎なんかよりアタシにしなよ。あいつはあんたに都合のいい恋人像を押し付けてるだけだけど、アタシなら全く似合わない『女の子』をやってる本当のあんたを愛してあげられる。


 ――だから、あいつなんかじゃなく、アタシを選べよ!」


 亜矢の身体でモニタの光が遮られているため、春希には彼女の今の表情を確認することは出来ない。けれど友人の声には、微かな震えが混じっていた。


「亜矢は、いつからアタシの事が好きだったの」


「鉄骨が赤いランドセルを背負ってて、男子から男女ってバカにされてた頃から」


「それって、最初からじゃん。……ごめんね、気付かなくて。それと、応えてあげられなくて」


 そう言うと春希はベッドから身体を起こし、自分に馬乗りしていた亜矢を優しく除ける。それから真っ直ぐクローゼットに向かい、中から一着取り出した。


「鉄骨、……何してるの?」


「想いを伝えてくるよ。アタシの在りたい姿を、アタシの愛しい人に晒してくる」




* * *




「こんな時間にどうしたの、春希君?」


 パジャマの上にカーディガンを羽織っただけの姿で、黒崎歩美は自宅の門戸を半分だけ開いて半身を見せる(噂には聞いていたが、大きな家だった)。街灯の明かりの中、照らされる春希の格好に目を丸くした。


「どうしたの、その服?」


 杉本春希は彼女のパブリックイメージ――青年のように麗しい少女――に似つかわしくない甘ロリ服に身を包んでいた。友人の井汲亜矢以外には晒されたことのない、歩美が当然初めて見る姿だった。


「夜分遅くにごめんなさい。それと、こんな姿で驚かせたこともお詫びします」歩美に対し、春希は深々と頭を下げる。「黒崎さん、あなたはアタシの憧れの女の子でした。愛くるしくて、ふわっとした柔らかな雰囲気で。廊下で黒崎さんを見かける度、ずっとあなたになりたいって考えてた。――だからゲームの中の舞踏会で、黒崎さんもアタシを好きだと言ってくれた時は嬉しかったです」


 瞳を少しだけ潤ませ、春希はスカートの裾を持ち上げる。


「でも、ごめんなさい。アタシはこういう服が好きな人間なんです。お姫様の側に立ちたい人間なんです。――だから、あなたのための王子様にはなれません」




* * *




 それだけを伝え、杉本春希は黒崎歩美の前から去った。亜矢のいる寮の部屋にも気まずくて帰る気になれず、向かった先はVRゲームへのログイン環境のあるネットカフェ。お馴染みのカラクロに繋ぎ、今、多くのギルドが集まる集会所の片隅にいる。


 何組かのギルドが楽しそうにクエストへと旅立つのを遠巻きに見送り、ただそうしていて一時間ほど経つ。「ポン」という軽妙な音がなったのはその頃だった。誰かから、アイテムの贈り物が届いたことを通知する音だ。



  ※ギフトのお知らせ※

    プレイヤー『KURO』から、次のギフトが贈られました。


    装備品『夜兎族のドレス』



「何だかあたし達、一部で有名になってるみたいで、『これ着てください』って装備がたまに贈られてくるんです。でも、そんなにたくさん装備を持っていても身に着けられないし、捨てたり売却したりするのも失礼だしで、どうしようか困ってたんです」


 話しかけられ、顔を上げる春希。目の前には黒崎歩美が立っていた。


「杉本さん、代わりに着てくれませんか」


 装備品は装着者の体型に合わせ、自動でサイズが修正される。春希は装備品ウィンドウを開き、歩美から贈られたドレスを選択する。彼女の服装が薄汚れた白マントから、漆黒と真紅を基調としたゴシックドレスに切り替わった。


「うん、似合ってる。綺麗だよ、杉本さん」


「……ありがとう」


 歩美の言葉に少し顔を赤らめ、杉本春希は顔を伏せる。


「前にも言った気がしますけど、杉本さんを学校の廊下で見かける度、ずっとカッコいいなって思ってました。この人があたしの騎士になって、ずっと側で守ってくれたらどんなに幸せだろうって。


 だから、杉本さんと一緒にカラクロを遊んでいる時はずっと浮かれていました。これは神様が与えてくれた時間なんだ。杉本さんはあたしのための『男の子』として、ずっと隣にいてくれるんだって。


 ……杉本さんがどんな姿になりたいかなんて少しも考えたりしないで」


 そういうと、歩美は春希を真っ直ぐに見据え、彼女に向けて手を伸ばす。


「もしもまだ、杉本さんがあたしと親しい関係でいてくれるならで構いません。――お姫様とお姫様、それであたしたちは幸せになろうよ」


 数秒の沈黙。


 それを経た後で、杉本春希は差し出された歩美の手をゆっくりと握る。


「知ってる、杉本さん? 今から雷鳴の古城で特別クエストがあるんだって」


「参加する気? でももう、夜も遅いよ?」


 春希の言葉に『そんなの関係ない』とでも言いたげににんまりと笑い、歩美は強く手を引く。勢いに引っ張られ、春希は椅子から腰を上げた。


「――行こう、春希ちゃん!」


 その言葉を合図に、魔法使いのローブに身を包んだ少女と、黒と赤のゴシックドレスを纏った少女が手を繋いで走り出す。


 たむろする他のプレイヤーたちの群れを掻き分け、二人の少女は集会場の外へと飛び出していった。



(了)

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姫を選ぶか、それとも君か。 春菊も追加で @syungiku_plus

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