人食いトンネル

@aikawa_kennosuke

人食いトンネル

僕は、地元では進学校と呼ばれている高校に通っていました。


進学校と言っても、いわゆる「なんちゃって進学校」で偏差値も55前後しかない、しかも部活動にもそれなりに力を入れている中途半端な学校でした。




自転車で通学する生徒が多かったのですが、隣の市から原チャで通学している生徒もおり、私もその一人でした。


学校までは原チャで飛ばして40分ほどかかり、部活の朝練もあったため、毎朝6時半には家を出て学校に向かっていました。




一応進学校ですから、授業以外にも講習や補習、そして模試がしょっちゅうありました。


夏休みもお盆休み以外は基本的に毎日補習が入り、しかも野球部に所属していたので、その部活動も両立しながらそれなりに多忙な学生生活を送っていました。






あれは、高校2年生の夏休みのことです。




冷房もない蒸し暑い教室の中で、うるさい蝉の声を聞きながらいつものようにつまらない補習を受けていました。


しかし、補習は昼には終わりますから、休み時間に入ると、通常授業時よりうきうきした雰囲気でおしゃべりを始める生徒が多いんですね。


僕は毎朝の早起きと野球部の練習の疲労から机に突っ伏していたんですが、どうしても周りの話声が聞こえてくるんです。




隣の席で女子生徒二人が話をしていたんですが、こんな話をしていました。




「ねえねえ、1組の○○君さ。事故ったらしいよ。」


「え、まじ? 大丈夫なの?」


「足を擦りむいただけで済んだらしいんだけど、原チャが壊れちゃったみたいでさ。本人もつまんなそうにしてたよ。」


「それくらいで済んでよかったね。車とぶつかったとか?」


「ううん。それが違うのよ。また、あのトンネルで。」


「え、また? 怖くない?」


「やばいよね。一個上の□□先輩も、私のお姉ちゃんも同じトンネルで事故ってたし。うちらの代でも事故った子何人かいるでしょ。あそこ、絶対なんかあるんだよ。」




そのトンネルの噂は少しだけ聞いたことがありました。


隣の市から学校へ来る際、いくつかルートがあるのですが、山中を貫く寂れた近道があり、その途中にトンネルがあるんです。


彼女たちが話している「トンネル」は、その近道にあるトンネルのことだと分かりました。




「あのトンネルで事故をする時は決まってトンネルの出口で、○○君も出口でスリップしてこけちゃたらしいの。雨もここ最近降ってなくて、道路も全く濡れてないのに。で、彼がトンネルの中を振り返った時、暗闇の中に、うっすらと人影が見えたって。」


「え、めっちゃ怖いじゃんそれ。」


「でしょ? ○○君、足を引きずりながらトンネルから急いで離れたらしいんだけどさ。あのトンネルは何かあるからもう使わないって言ってた。」




そこで聞きなれたチャイムが鳴り、教師が補習を再開しました。


しかし、僕は今さっき聞いた「トンネル」の話に意識が向けられていました。




人食いトンネル。


たしか、勝手にそんな名前がつけられていたはずです。


僕の住んでいる場所は、隣の市の中でも学校側に近い位置だということもあり、そのトンネルの道を使ったことはありませんでした。


しかし、その近道となっているトンネルの道は非常に寂れていて、しかも山に囲まれていて暗く、多くの住人はそこを通るのを避けていました。




ですから、すぐに変な噂が先行するんですね。


夜、山の中を白装束を着た女が一人で歩いていた。


子どもが何かに連れ去られた。


特定の時間帯、トンネルは異世界につながる。


等、さまざまな噂を聞いたことがありました。そんな、根拠のない、好き勝手な噂が重なり、いつしか「人食いトンネル」などと呼ばれるようになったのでしょう。




ただ、正直僕は良い話を聞いたと思っていました。


同じことを繰り返す日々に飽きて、非日常を求めていたんでしょうね。




その日の部活動の帰り、同じ方面に帰る部活仲間二人に声をかけました。


二人とも原チャで通学していて、あのトンネルの噂を知っていました。


そして、今夜トンネルへ肝試しに行こうという、急な誘いにも乗ってくれました。






一緒に行くことになった二人をAとBとします。


特にAは野球部の同学年の中でもリーダー的な存在でした。


僕はトンネルへ行くことへの恐怖がないわけではなかったので、実際にトンネルの前に着いた時は頼もしく感じました。




真っ暗な山の中、夜のトンネルの入り口は街灯に薄く照らされ、中に続く道はオレンジ色の灯りで照らされていました。




肝試しの内容は決めていなかったのですが、Aがこんなことを提案してくれました。




「じゃあ、3人で横並びなってトンネルの中を走ろう。で、トンネルを出たところで同時に停まる。それで何が起こるか、ってことだな。」




Bと僕はそれに賛成しました。


1人ずつではなく3人全員で行くことになったのは、多分3人とも怖かったからでしょうね。


寂れた夜のトンネルは、それだけ異様な雰囲気がありました。




さっそく3人で横に並びました。




「じゃあ行くぞ。3,2,1」




スタートを切った瞬間、蒸し暑い空気がまとわりつきました。


しかし、トンネルの中に入ると、少し空気がひんやりとしたように感じました。




壁のひび割れ、壊れたライト、下品な落書き等が目につき、不思議な異世界に迷い込んだような奇妙な感覚を覚えました。


トンネルの中をまじまじと見ることなんてあまりないですから、それだけで非日常的なものを味わったような感覚になりました。




トンネルは300メートルほどしかなかったので、すぐに出口に差し掛かりました。


転倒したり、事故が起こるのは決まって出口で、という話を聞いていたので、何か起こるのではないかという強い警戒心と緊張感を抱きながらブレーキをかけました。


しかし、なんともあっさり、3人ともトンネルを抜けて同時に停まることができました。




「なんだよ。何にも起こらねえじゃん。」




Aの不満そうな声を皮切りに、3人で笑い合いました。


強がってはいましたが、3人とも内心ほっとしていたんだと思います。


3人でひとしきり笑うと、もう遅いから帰ろうという流れになりました。


それぞれ原チャのエンジンを入れ、暗い夜道に進み始めました。




その時でした。


なぜかAだけ発進しないんです。




「A、どうした?」


と声をかけても、


「あれ? おかしいな。」


とAは困惑した表情を浮かべて、発進しません。




「なんか、進まないんだよ。エンジンはかかるのに。」




故障か? そう思って僕とBが近づくと、息を飲みました。




手があったんです。


ものすごく巨大な。


多分原チャと同じくらいの大きさでした。




手首から先しかない、その巨大な手がAの原チャの後輪を、ガシッと掴んでいたんです。




Aはそれに気づかず、エンジンをかけなおしていました。




「おい! A! 後ろだよ!後ろ!」


Bが大声で言いました。




Aは振り返ると、たまらず悲鳴をあげました。


「ぎゃあああああああ!!」




急いで原チャから降りたAは、バッグもそのままにこちらへ駆けてきました。




その時の光景は一生忘れることはないと思います。


その巨大な手は、Aの原チャをトンネルの方へ引きずっていました。


まるで、大きな口を開けた怪物が、食べ物を飲み込もうとしているように見えました。




僕がAを後ろに乗せ、トンネルから一目散に逃げました。


後ろを振り返る余裕なんてありませんでしたが、あの巨大な手が迫ってきているような気がして、自然とアクセルに力が入りました。


真っ暗闇の山の中、ざわざわと不気味な風が吹き、僕らを焦らせました。






命からがら、といった感じで、なんとか山を抜けることができました。


3人とも怯え、びっしょりと汗をかいていました。


特にAは引きつった、疲れ果てたような顔で、僕の背中でガタガタと震えていました。




「なんだったんだよ。あの手。マジでやばいぞ、あのトンネル。」


Bがそう言うと、Aが言いました。


「は? 手? 何言ってんだよ。」




Aは、あの巨大な手を見ていないようでした。


僕らが説明すると、何か腑に落ちたような顔をしたと思うと、またガタガタと震え出しました。




そして、Aはこう言いました。


「俺が振り返った時、後輪部は見えなかったんだ。けど、トンネルの中は見えた。で、トンネルの中にさ、見えたんだよ。でっかい顔が。トンネルの中を埋め尽くすくらいでっかい顔だった。そいつのでっかい目がさ、俺の方を見つめてたんだよ。」




なぜ「人食いトンネル」と呼ばれるようになったのか、それが分かった気がしました。










後日知ったのですが、あのトンネルは50年ほど前に作られたようで、工事をしていた当時から怪我人や死亡者が相次ぎ、なんとか完成したトンネルのようです。


もともと、いわくつきの土地だったのかどうかは分かりませんでしたが、完成した後もトンネルの周辺で怪我人や行方不明者が続出し、気味悪がった住人は次第に離れ、寂れていったそうです。










それ以来、僕はあのトンネルに近づいていません。


次はきっと食われる、そう思うからです。


そして、Aが見たという巨大な顔が、あの巨大な手を這わして、今日も獲物を探しているに違いありませんから。

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