創作百合短編集~パステルカラー

てばさき

コーヒーカップを持つ天使

「はぁ~~~~~~~~」

 深い深いため息をついてしまった。

 私の名はミチル。フリーランスのライターで、今もお気に入りの喫茶店で執筆活動中だ。

 しかしため息の原因は仕事ではなく、私の婚活事情にあった。気づけば28歳、アラサー独身彼氏なし。職場恋愛など起こりようもないし、出会いもない。趣味は女性アイドルグループのライブに足しげく通い、推しを応援すること……。神よ、私に春は来るのでしょうか?

「お代わり、お持ちいたしましょうか?」

 そう言って空になったコーヒーカップに手を差し伸べるのは、店員のマキちゃんだ。近所の大学に通う清楚系の女子大生で、ポニーテールがよく似合っている。私はここの常連なのでたまに世間話なども交わすが、性格も良くすっかり私は彼女のファンである。いわゆる推し店員というやつだ。もちろんそんなことを本人に言ったらドン引きなので、趣味の話含めておくびにも出さずにいる。

 お代わりをもらい、私はいったん執筆を中断してメールチェックや新たな案件探しに入る。そういえば最近携帯を変えたので、一緒に番号とアドレスも変わってしまったのだった。いちいち携帯を開くのも面倒だし、紙ナプキンに新しい番号とアドレスをメモして、それを見ながら作業を進める。ひととおりの作業が終わると、メモをした紙ナプキンは念のため財布にしまっておく。一応個人情報であるから、あまり無神経に放っておくのもよろしくない。

 仕事が終わるころには、すっかり日も暮れていた。まだマキちゃんも残っていたので、軽い雑談を交わしながら会計をしてもらう。財布から取り出したポイントカードを差し出しながら、何の気なしに話題をふる。

「そういえば最近やってる映画でめっちゃ気になるのがあってね。仕事じゃなくて趣味で行きたいんだけど、アラサー女子が一人で映画観て号泣とかしてたらヤバイかな~~」

 返事がないのでマキちゃんを見ると、なぜかポイントカードを凝視していた。そしていきなり視線を上げて、こちらを見つめてくる。

「ミチルさん……、もしかして私のことナンパしてるんですか?」

「へ?」

 思わず素っ頓狂な声が出る。マキちゃんなりの冗談かと思ったが、その表情は真剣だ。というかそもそも、そういった類の軽口を叩くような子じゃないのに……。

「い、いや。そんなつもりは……」

「じゃあ……これはどういうつもりなんですか?」

 そういうとマキちゃんは、二つ折りのポイントカードの中から取り出した紙切れを見せてくる。そこには私の電話番号とメールアドレスが記載されていた。……どうやらメモを財布にしまう際に、ポイントカードの間に挟んでしまったらしい。

「連絡先書いた紙渡して、映画の話して……わ、私と一緒に観に行きたいってことですよね?」

 私は青ざめた。アラサー独身女性客が若い女性店員に連絡先渡して映画に誘うなんて、ドン引きどころか通報案件だ。

「ご、ごめんなさい!気持ち悪かったよね、ほんとにごめん……。でも、本当はこんなことするつもりじゃ……」

 私が勢いよく頭を下げ続けて謝罪していると、マキちゃんは小さい声でつぶやいた。

「……別に、いいですよ」

「……え?」

「別に、一緒に映画観に行ってもいいです。ミチルさんなら」

「え?え?」

 うまく事態が呑み込めず顔を上げると、マキちゃんはこちらから視線を逸らして、ほのかに顔を赤らめていた。

「その……ミチルさんは仕事してる姿がかっこよくて、大人の女性って感じがして素敵だし……、映画は普通に一緒に観に行きたいです。けど……」

 マキちゃんはさっきよりも更に顔を赤く染めて、もじもじしながら言いよどむ。

「……こんなナンパみたいな方法じゃなくて、普通に『一緒に行きたい』って、言ってほしいです」

 マキちゃんは上目づかいでこちらを見つめてきた。……萌え死ぬかと思った。

 もはや、マキちゃんに恥をかかせないためにも、この場をうまく収めるためにも、私が今かけるべき言葉はひとつしかない。

「……マキちゃんと一緒に、映画を観に行きたいです!」

 私がマキちゃんの目を見ながら高らかに宣言すると、マキちゃんの顔が不意にほころび、笑顔になった。

「よろこんで♪」

 神さま。思っていたのとは違う形だったけど、どうやら私にも春が来たみたいです。

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