僕が勇者パーティーを追放された本当の理由

青水

僕が勇者パーティーを追放された本当の理由

「お前、パーティーから出てけ」


 ある日、勇者アーサーから唐突にそう言われた。あまりに唐突だったので、僕はそれを聞き逃しそうになった。


「……えっ?」

「だ・か・ら。パーティーから出て行けって言ってるんだよ」

「ど、どうして――」

「お前みたいな無能なガキは、このパーティーには必要ないからだよ」


 ――無能なガキ。

 五人で構成されている勇者パーティー。僕以外の四人は大人で――そして、僕だけが子供だ。僕はまだ、たったの一二歳の小さな子供だ。賢者の僕は、主に魔法による遠距離攻撃と補助を行っていた。


 ……僕が、無能? 何かの間違いじゃないのか?

 出て行け――追放も何かの間違いじゃないのか?


 だって、僕が旅の道中で接してきたアーサーという人物は、勇者にふさわしい人格を兼ね備えていたのだから。

 だから、何かの間違いじゃないのか――と、そう思ったのだ。


「だから、今すぐ出てけ」

「そ、そんなっ……魔王城まではもうすぐだっていうのに!」

「だからだよ。無能な足手まといがいたら、勝てる戦いも勝てなくなってしまう。そうだろ、みんな?」


 アーサーが尋ねると、剣聖チェスター、聖女カーラ、聖騎士クラークが頷いた。


「お前がいると、むしろ戦力が落ちるんだよ」とチェスター。

「あなたみたいなお子様が、このパーティーに入ったのが、そもそもの間違いだったのです」とカーラ。

「パーティーを抜けるのがお互いのためだ」とクラーク。


 僕は苦しくなって、悲しくなって、ボロボロと涙を流してしまった。しかし、そんな僕に対して、全員が非情な瞳で、ただじっと見つめるだけ。慰めてなどくれない。


「さ、出てけ」


 そう言われるが、僕は返事もできず俯いて泣くだけ。見かねたのか、そんな僕の肩をアーサーはどんっと押した。


「泣いてないで、さっさと出てけよおおおおおおおっ!」

「うあ……うあああああああっ……」


 僕は一人、泣きながら歩き去った。

 誰も、何も言ってはくれなかった。


 ◇


 僕は〈賢者の塔〉に戻って、日々研究に明け暮れた。『無能』と言われた悔しさを、パーティーを『追放』された悔しさを、研究で紛らわそうとしたのだ。実際、その目論見は成功し、僕は目の前の研究以外のことを何も考えなかった。そして、研究に熱中していたので、外部からの情報をほぼほぼシャットアウトしていた。

 だから、僕がそれを知ったのは、王国に情報が流れて数日してからのことだった。


「――え?」

「だから、相打ちになったのよ」

「相打ち……?」

「そ。魔王を滅することには成功したけど、勇者パーティーも全滅したの」


 ――全滅。

 四人全員が死亡したということだ。


 もしも、賢者の僕がいたら、勇者パーティーが全滅することはなかったのかも――いや、それはどうだろう? 焼け石に水じゃないけれど、結果は変わらなかったのかもしれない。あのとき、僕が追い出されてなかったら、僕もまた死んでいたのか……?


「……そんな……」

「知らなかったの?」

「知らなかった……」

「本当、世間知らずね」


 僕と彼女が喋っていると、王国の兵士長がやってきた。彼と会うのはこれで三度目だったと思う。一体、僕に何の用だろう? 


「賢者ロイ、君に渡したい物がある」

「僕に、ですか……?」

「ああ、これだ」


 渡されたのは、直径五セルチほどの水晶玉だった。

 ただの水晶玉ではない。それは『記録結晶』というマジックアイテムで、この中に映像を記録することができる代物なのだ。

 空っぽの未使用の記録結晶を、わざわざ届けに来るはずなんてない。ということは、この中にはきっとなんらかの映像が記録されている――。


「これは、勇者パーティーの遺品だ。〈メッセージ〉の魔法で、これを君に届けてほしいと言われたんだ」

「勇者パーティーの遺品……」


 どうして、僕をパーティーから追い出した彼らが、記録結晶を僕に届けるように頼んだのか……? 

 ざわりざわり、と。

 妙な胸騒ぎというか、違和感のような靄が胸に生じた。


「では、私はこれで」

「ありがとうございます」


 僕が礼を言うと、彼は軽く手を挙げ去っていった。


 しばらくの間、僕はその記録結晶をただじっと見つめていた。綺麗な輝きを放っている。中に収められた映像がどういった類のものなのか、考えてみるがなかなか想像がつかない。見る踏ん切りがつかない。

 そんな僕を見かねてか、彼女が背中をどんと叩いた。


「いつまでもそうしていたって何の意味もないわ。さっさと見ちゃいなさいよ」

「うん……」


 僕は記録結晶を再生させた。


 ◇


「ロイ、君がこの映像を見ているときには、きっと俺たちは死んでいることだろう。正直、映像を残すか否か散々迷ったんだが、誤解されたまま死にたくはなかった。だから、映像を残すことにした。これは俺たちのささやかなエゴだ。


 君はどうして自分がパーティーから追放されたのか、疑問に思っていることだろう。もしかしたら、俺たちのことを強く憎んでいるかもしれない。あのとき、俺たちは君を無能扱いしてパーティーから追い出したが、あれは本音ではない。賢者の君が無能なんてことはあり得ない。


 君はとても有能な、未来ある若者だ。若者――というより、小さな子供だ。子供を守るのは俺たち大人の役目だ。子供の君を死なせるわけにはいかない。


 魔王がとてつもなく強大な敵だということは君も知っていると思う。けれど、勇者の俺には聖剣がある。だから、負けることはまずない。とはいえ、さすがに俺一人で魔王に挑むのは無謀だ。聖剣の一撃を食らわせる前に俺がやられちまったら元も子もない。だから、チェスター、カーラ、クラークの三人には付き合ってもらうことにした。


 最近手に入れた情報なのだが、魔王は自らの心臓にある魔法をかけている。簡単に説明すると、自らの心臓が止まったとき――つまり死んだとき――自爆する魔法だ。とてつもないレベルの魔力爆発が発生する。これを防ぐ手段はない。


 魔王を滅ぼすためには、俺たちが犠牲になるしかない。そして、犠牲になる人数はできるだけ少ない方がいい。だから、君をむりやり追放したんだ。

 正義感の強い君のことだ。俺が真実を話したら、きっと君はパーティーから離脱することを拒否するだろう? だから、こうするしかなかったんだ。


 悪く思わないでほしい。そして、自分のことを責めないでほしい。

 君はまだ一二歳の子供で、これからたくさんの経験を重ねていき、大人になっていく。こんなことを言うと重荷になるかもしれないが――俺たちの分まで人生を楽しんでくれ」


「ロイ、頑張れよ!」とチェスター。

「賢者として立派な大人になってくださいね」とカーラ。

「王国の未来はお前に託したぞ」とクラーク

「じゃあな、ロイ。達者でな」


 ◇


 記録結晶に記録された映像を見終わったとき、僕は自然と泣いていた。


 共に旅をした仲間たちのことを、憎んでいた自分が、とても恥ずかしい。彼らは僕のために悪役を演じていたのだ。


 アーサーの言う通り、真実を聞いていたら、僕はパーティーからの離脱を拒否していた。そして、魔王の自爆に巻き込まれて死んでいた。


 僕は四人に生かされたのだ。

 これからは、四人の分まで精いっぱい充実した人生を送ることにしよう。それが、唯一僕にできる手向けなのだから――。


 隣にいた彼女が、何も言わずに優しく抱きしめてくれた。僕は彼女の胸の中で、長い間、声を出して泣いた。


 涙が収まるころには、かつての弱い自分はどこかに消え去っていた。


 そして、僕は『勇者パーティーの賢者』としての誇りをもって、新たな一歩を踏み出した。


 



 



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