【書籍試し読み版】完全回避ヒーラーの軌跡 1
ぷにちゃん/MFブックス
1 このヒーラー無能につき (1)
朝の満員電車の中、確かに俺はいつものようにゲームをしながら座っていたはずだった。眠そうなサラリーマンに、じっとスマートフォンを見つめる学生たち。
電車だって、昨日と同じ線路の上を走っている。窓から見える高層ビルも、若者に人気の商業施設も、俺の記憶にあるものとなんら差異はない。
そう、なんら変わらない日常だ。
「……ここ、どこだ?」
無意識のうちに、
だって、満員電車に乗っていた俺はいつのまにか冷たい床の上に座っていたのだから。
発した言葉に対してか、ざわめきが耳に届く。
その奥、赤い絨毯の先にある玉座には、でっぷりと太った男が座っていた。
──まるで王様だな。
思わず鼻で笑いたくなるのをぐっと我慢したところで、隣から困惑した声が聞こえた。
「いたた、どうなっているの?」
「大丈夫ですか?」
「ありがとうございます……」
そこにいたのは、俺と同い年くらいの男女。男は私服だが、女の子はセーラー服なので高校生だということがすぐにわかった。
何か映画のロケだと考えるのが、妥当だろうか。
もしかしたら、この二人は何か事情を知っているかもしれないと思ったが、その表情はどこか不安そうにしている。
……俺と同じで、よくわかってない?
もしそうなら、大問題だ。俺も、一緒にいる二人も、何も事情を知らない。まさか、本当にゲームや漫画にあるような異世界召喚が起こったとでもいうのか?
でも、この二人が何も知らないとなると、周りにいる怪しい男たちに聞くしかない。どう話を切り出せばいい? そう考えようとしたところで、それは徒労に終わった。
玉座に座った男が、口を開いたからだ。
「ようこそ、勇者一行!!」
「え……?」
まさかそんなこと、あるわけない。──と、思いながらも、どこか心の奥底で期待していた言葉に、体は歓喜する。
まさにゲームのテンプレに、俺は遭遇した。
「私は、国王のジョセフ・ロア・ピズナット。我がピズナット国は、魔族の住む魔大陸に近い。勇者様方にお願いしたいのは、魔王の討伐だ」
「詳細については、私から説明をいたしましょう」
国王と名乗った男は、指輪や装飾品が多く、言葉と裏腹に困っているようには思えない。豪華な装飾品をつけふんぞり返っているだけで、どうにも好感は持てなさそうだ。
続いて説明をすると告げた男は、国王とは打って変わり痩せ細っている。
けれどその身を包む服装が高級品だということはわかるため、身分がある人間なのだろう。金色で
魔族や魔王がいるのだから、魔法があっても不思議ではない。
「まずは、名前を
「……
「
「
名乗ったのは、俺、女の子、男の順番だ。
俺が
小鳥遊さんは、
セピア色のセーラー服に身を包んでいるので、大学生の俺より年下だろう。
渡辺くんは、色素が少し薄い赤茶色の髪をしている。毛先も綺麗に整えられていることから、優等生タイプなんだということが簡単に想像できた。
カーキのジャケットに、黒のパンツ。大きめのトートバッグを持っているから、俺と同じで大学生くらいだろう。
そして俺。
名前は、桜井
大学へ向かう途中、この不思議現象に巻き込まれてしまった。ラフな七分袖のビッグTシャツに、黒いズボン。
リュックを背負ったままだったことは、不幸中の幸いだろう。財布もポケットに入っているが、日本円を使えるとは思えない。
俺たちの名前を聞き、細い男はなるほどと満面の笑みを浮かべながら
「私たちは長い年月をかけ、召喚魔法を行いました。そして、勇者一行の召喚に成功したのです」
「…………」
男の話を要約すると、こうだ。
隣に魔族の住む魔大陸があり、魔王を討伐するために勇者である俺たちを召喚しました。平民より強くなれるはずだから、ちょちょいっと強くなって魔王を倒してね☆
馬鹿なのか。
間髪入れずにそう思ってしまったが、きっとそう感じたのは俺だけではないだろう。
小さくため息をつくと、一緒に召喚された二人も
強くなれということだから、レベルのような概念があるのかもしれない。魔物、ダンジョン、考えられることは多い。
とはいえ、自分の適性がわからない現状ではどうしようもないか。
「では、勇者様方の強さを確認いたしましょう。ステータスプレートを表示してください」
「…………?」
細い男の言葉は、さも知っていて当然だろうという風だった。けれど、日本から召喚されてそのようなものを知っているわけがない。
「ご存じではありませんでしたか。【ステータスオープン】と言うと、このように自身の状態が目視できるようになるのです」
そう告げると、男の目の前にウィンドウが現れた。
何か書いてあるのはわかるけれど、遠いためよく見えない。
本当にゲームのようだが、それなら好都合だと俺はほくそ笑む。この世界がゲームに似ているのであれば、ゲーマーの俺にはきっと生きやすいはずだ。おそらく。きっと。
「……【ステータスオープン】」
俺が言葉を続けると、隣にいた二人も同じようにステータスを表示させた。
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