【書籍試し読み増量版】フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~  1/埴輪星人

埴輪星人/MFブックス

ファーレーン編 プロローグ (1)

とうどうさんも『フェアクロ』やっとったとは、結構意外かもしれへん」

「別に、いまどきVRMMOなんて、オタクとかじゃなくても遊んでるじゃない。むしろ私としては、あずま君が上級生産まで行ってた方が驚いたよ」

「サービス開始初日の混雑にうんざりして、現実逃避的にそこらの人とりながら草むしりしてるうちに、深みにはまってしもてん」

 意外な状況で顔を合わせた意外なクラスメイトと、しみじみその意外性について語り合う男女。

 それ自体はネットゲーム、それも数年前からすっかり市民権を得たVRMMOでは、よくあるというほどではないが、さほど珍しいというわけでもない光景である。


 関西弁を話す男の名は東ひろし

 身長百七十一センチの中肉中背と言っていい体格で、眉が太めである事以外にこれといった特徴のない顔立ちの、別段おかしなセンスの服を着ているわけでもなければ、妙な着崩し方をしているわけでもないのに、どういうわけかどんな格好をしてもダサい、野暮ったいと言われてしまう、全身からヘタレオーラを発散させた高校三年生である。

 受験生なのにゲームにうつつを抜かしているところを見るまでもなく、割と流されやすいタイプで、ゲーム以外の趣味は読書、それも主にライトノベル系を好む、どちらかといえば世間一般でオタクと評される人物だ。

 女の名は藤堂はる

 身長百六十七センチと日本人女子の平均よりは高めの背丈と、海外の血が混ざっている事を示す天然の長い金髪と透き通るような青い瞳が特徴的な、文句なしに美少女と言っていい女の子である。

 歌手である母親が、日本人の血が四分の一入った日系イギリス人であるため、イギリス人の血が八分の三混ざっているという、表現に困る血統を持つ少女でもある。

 イギリス人の血がものを言ってか、やたらメリハリのきいたグラビアアイドルにけんを売っても余裕で勝てるであろうボディラインは、男達の目を引きつけて離さない。

 宏と同じクラスの十七歳、本来受験生の身の上である。


「人の事は言えないけど、この時期にゲームなんてしてていいの?」

「心配してくれるんはありがたいけど、これでも通信制の予備校通っとるし、一応志望校のA判定にはぎりぎり引っかかってるんよ。それに元々、もうちょっとでスキル一個上げ終わるところやったから、そこまでやったら休止するつもりやったしな。で、藤堂さんは?」

「息抜き、ってところかな? もう春休みぐらいからログイン自体はほとんどしてなかったし」

 この会話で分かるとおり、二人ともゲームにうつつを抜かして受験勉強をないがしろにしている、というわけではない。元々二人の通っている高校が、公立とはいえ成績では県下でもトップクラスの学校であるため、彼らの学力は決して低くないのである。

 春菜の方は親譲りの記憶力が威力を発揮してか、全国模試でも常に順位三桁をたたきだしており、目指す大学の合格率A判定はずっと維持し続けている。

 宏の方もヘタレゆえに半ばせいで毎日コツコツと勉強に励み、一部科目は春菜と互角の成績だ。

 もっとも、苦手科目が激しく足を引っ張るタイプであり、そこが足切りに引っかからないか、常に不安を抱えている。

 気さくで気配りができる性格の美人と、ヘタレオーラ全開のライトオタク。

 たとえクラスメイトであっても、本来事務的な会話以外では、一切関わり合いを持つ事はなかったであろう二人。

 それが事もあろうにネットゲームの中でばったり出会うという微妙に気まずい状況に陥った事が、に巻き込まれた彼らの救いになっていたりする。

「しかし、卒業まで、まともに話する機会なんかあらへんとおもっとったのに、こんなところでゲームについて語り合う事になるとか、人生って分からへんなあ」

「東君、私と関わりたくないオーラ全開だったもんね」

「別に、藤堂さんがどうとかいうんちゃうで。単純に、顔の広い女子と一緒に行動すると、ろくな目にあわへんっちゅう人生経験のもと、誰であってもリアル女子と関わるんは嫌なだけやで」

「……なんだろう、ひどい事言われてるはずなのに、自分でもすごく納得しちゃってるこの理不尽な状況……」

 微妙に落ち込む様子を見せる春菜。

 その台詞に微妙に引き気味になる宏。

 元々会話するにしては大きく取っていた距離を、さらにもっと広げようとする。

「藤堂さん自身に心当たりあるとか、やっぱり触らぬ神に……」

「この状況でそれはないと思うんだ、私」

「せやな。そろそろ現実逃避やめて、もういっぺん状況確認しよか」

 そう言いながら、ざっと周囲を見渡す。

 VRMMO特有の、あえてアニメ寄りに振った現実感が薄い光景ではない、鮮やかな色彩と圧倒的な質感を持つ風景に空気の匂い。

 ゲームでは散々狩った、現実世界では見た事もないような造形の生き物。

 そして何より、攻撃を受けた時の、安全規制を超えたやたらと生々しく鋭い痛み。

 これがゲームだとしたら、明らかに色々と規制を無視している。

 そもそも、普通に入手可能なVR用ハードだと、設計段階から一定以上の現実感を持たせられないように作られているため、ここまで現実と区別できない状況は再現不可能だ。

「スキル、使えたやんなあ」

「うん、使えた」

「っちゅうか、藤堂さんはどうか知らへんけど、リアルの僕の運動神経でこんなデカい熊、まともに相手なんかできへんで」

「ちょっと、それいくらなんでもひどい。私だって現実じゃあ普通の人相手に一対一ならどうにかできても、動物相手に戦えるような変な能力は持ってないよ!」

「やんなあ……」

 自分達が仕留めた熊を見ながら、まだ微妙に現実逃避気味の会話を続ける二人。

 さすがに二人とも、どう転んでも三メートル近い熊を生身で仕留める事はできない。

「解体手順分かる、っちゅうんも変やけど、そもそもゲームん時って、ここまで細かくリアルに解体はせえへんかったよなあ?」

「というか、それやらされたら、いくらゲームで見た目がある程度デフォルメされてても、さすがに普通は引くよ……」

「やんなあ。そんで、戦ってる時にあんだけ痛かったんやからやっぱり、ゲームでも夢でもありえへんよなあ」

「うん。状況からすると明らかに、日本じゃない。というか、高確率で『フェアリーテイル・クロニクル』、もしくはそれによく似た世界、だよね」

「せやな。『フェアクロ』に近い世界やいう事は分かるけど、ゲームん中やないやろなあ」

 あまりによろしくない状況にため息をつくと、顔を見合わせて同じ言葉を発する。

「どうしよう……?」

「どないしようか……?」

 ゲームで染み付いた行動原理に従って現実だと思い知らせてくれた熊の残骸を処理しながら、ヘタレとさいえんは途方に暮れたように語り合うのであった。

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