『秋は栗なのか芋なのか』の章

第21話

「よっ、柿崎。

 浮かない顔してるじゃないか」


和泉さんに話しかけたのは男性。

本庄猪丸。

和泉さんの入社は一年先輩、主任になったのは同時。

営業二課の人だ。

和泉さんは営業一課、仕事上での関りはあまり無い。


「何か悩み事か、俺で良ければ相談に乗るぜ」


少し長めの前髪をかき上げたりする本庄。


そんな顔してたのかな。

気になる和泉さん。


「本庄主任、何か柿崎さんに用事ですか。

 柿崎さん忙しいですから、僕が聞いておきます」


あまり親しくない本庄主任なのだけど、最近話しかけられる事が多い。

すると金津くんが現れて会話を引き継いでくれるのである。

金津新平くん。

和泉さんの後輩、一応部下って事になってる。


「いや、俺は柿崎にだな」

「ですから柿崎さんはお忙しいので」


へー。

本庄主任と金津くん、仲が良いんだな。

そんな事を考えてる和泉さんだ。


ここ最近、和泉さんは少し不安定気味。

会社のイスに座ると聞こえて来る。


「鬼柿崎だ。係長になるって噂本当かな?」

「営業成績、トップだぜ、おかしく無いだろ」


「いや、女だしな」

「女だからだよ」


和泉さんは聞いてないような顔をパソコンを起動してるけど。

実はすっごい聴覚に集中してる。


他人が自分をどういってようが関係ない。

そんな事を言えちゃう人が羨ましい。

そんな悟った人間には生まれ変わってもなれないな、そう思う和泉さんだ。


何故か鬼柿崎と呼ばれ怖れられてる和泉さん。

なにか今ウワサに変なニュアンスが無かった?

女だから出世するみたいな。

これはもしかして。

あたしが美人だから贔屓されてるみたいな意味?

一瞬喜んでしまう和泉さん。

今まで数年間、男達のウワサ話に耳を傾けてたけど。

美人だなとかカワイイなと言った単語を聞いた覚えのない和泉さんなのだ。


いや喜ぶとこじゃない。

失礼な話と眉をしかめるべきね。

考え直す和泉さん。



「何か和泉さん。

 元気無さそうですよ」

「顔色悪いぞ」


言ったのは餅子ちゃんと綱子ちゃん。

いつものように三人ランチ。


「そうかな。

 なんでも無いよ」


それよりお弁当。

今日は栗ご飯に鮭とブロッコリーの炒め物。

美味しいね。


「何でも無いコト無いです。

 顔が引きつってます」

「いつものアホみたいに幸せそうな顔はどうしたんだよ」


「六郎さんのお弁当、美味しくないんですか?」


美味しくない訳無いじゃない!

六郎さんのご飯なのだ。

甘みのある栗ご飯は少し硬めのおこわ風。

鮭とブロッコリーは塩味効かせてる。

プチトマトも添えて、見た目も良し。

味も絶妙のバランス。


「にしてはな」

「いつも和泉さん、子供みたいに幸せな顔になってるのに」


「今日は顔が暗いぜ」


口々に言われてしまう和泉さん。

顔には縦線、眉間にはシワ、眼にはクマ。

明らかに顔色が悪い。

隠す方がムリ。


「実は六郎さんが・・・」


重いクチを開く和泉さんだ。

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