第54話 記憶画像

不意に美由紀はそう呟き、にじみ出る涙を小さな指でぬぐう。



東夜の胸はそれだけでも締め付けられたが、美由紀の行動はさらに東夜を追い詰めた。




美由紀はテレビを置いている棚の引き出しを開けた。



鍵がかかっていたその引き出しには無数の睡眠薬。




「美由紀……?」



美由紀はその睡眠薬をすべて袋から出すと、一粒一粒を恨めしそうに眺める。



そして、その睡眠薬を小さな振るえる手に持ち、ジュースと共に飲み込んだのだ。



東夜は弾かれたように立ち上がり、それを止めようとした。



「美由紀! やめろ、美由紀! 兄ちゃんはここにいるから! やめろ!」



いくら叫んで、いくら止めようとしても無理だった。



まるで、美由紀は何かに取り付かれているかのように薬を体内へと入れる。



その内、美由紀には死が見えてきたのか、大粒の涙を流し始めた。



しゃくりあげながら、東夜の持ってきたマンガを片手に抱き、部屋を出る。



東夜も慌ててその後を追った。



さっきまで患者がいた廊下は人の気配もなく、看護婦の姿もない。




「おい! 誰かいないのかよっ!」




助けを求める東夜の声だけが、空しく院内に響いていた……。


☆☆☆



「どうなってんだよ」



茂は大きく息を付き、その場に倒れこんでしまった。



孝もその後からついてきて、大粒の汗を滲ませている。



二人は東夜をほっておいて歩き出したのはいいが、どこをどう歩いてみても、結局最初の病院へと戻ってきてしまうのだ。



やけになった茂はその辺の無茶苦茶に走り回り、無駄な体力を使ってしまった。



「ぜってぇ何かあるんだよ」



孝は呼吸を正しながら、病院を見上げた。



「何かって何だよ」



イライラしたような茂の口調。



孝はそんな茂を見ていて、何かおかしいと感じていた。



この病院が現れてから、どこかそわそわしているし、森から出られないことではなく、病院の事ばかりを気にしているのだ。



「わからねぇけど、東夜だってこの中に入ってんだぞ」




少し強い口調になる孝に茂はフンと鼻を鳴らして「だからなんだよ」と肩をすくめた。




「……俺は、やっぱり病院の中に入ってみる」




孝の言葉に茂は眉を寄せ、それから「好きにしろ」と吐き捨てるように言うと再び歩き始めた。



孝は茂の後姿を見送ってから、その病院へと向かった。



普通に、院内へと足を踏み入れる。



しかし、東夜の時のような嫌な感じはしなかった。



視線も感じないし、看護婦や患者も孝を見ない。



ただ、一つ気になったのは、やはり一箇所だけ開いた長いすだった。



まるで、皆がそこを見てはいけない物のように、視線をそらしながら通り過ぎる。



孝は疑問に思いながら、その長いすへと向かった。



別に、何の代わりもない長いす。




孝はそこに座ろうとして……、初めて視線を感じた。



どこからともなく、ジッと見られている感覚。



でも、それは患者や看護婦から伝わってくる視線ではなかった。



それよりもずっと近くに感じる視線は、あの長いすから感じられたのだ。



孝は不気味さを感じ、パッとその場を離れた。



その時、聞きなれた声が聞こえてきた。



「東夜?」



孝はそう呟き、声のする方へ進む。



しかし、その声が近くなるにつれ、叫び声に近い泣き声だと分かる。



「東夜、どうした!?」


人目から隠れるようにして隅の方に座っているのは、間違いなく東夜だった。



「美由紀……っ! 美由紀が」




声にならない声で、東夜が必死にそう言う。



「美由紀?」




孝は眉を寄せて東夜へ近づくと、そこには小さな女の子が一人、蒼白顔でグッタリと横たわっていた。



孝は思わず息を飲み顔をそむける。



女の子の息がないのは一目でわかった。




「東夜、この子は……」



そう呟き、そういえば東夜の家に行った時、女の子の写真が何枚も飾っていた事を思い出した。



誰の子だよ、と面白半分で聞いたが、東夜は何も答えなかった事がある。



「妹か?」



もしかすると、という思いで孝は聞いた。



「あぁ……」

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