第48話 その時

18歳になる頃、私は母親は病気なのだと理解し、このままずっと一緒にいる事を決めた。



赤い薬は舌の上でコロコロ転がせば、少しの間甘い砂糖のコーティングを楽しめた。



そして、すぐにやってくる苦い味。



その苦さをずっと舌の上に置きながら、私は母親の寝顔を見つめていた。




「逃げないから、大丈夫だから」




と言いながら……。



卒業式当日。



私はまだ進路が決まっていなかった。



今まで何もかも母親の決められた道を生きてきたから、バレーという夢を持ちながらも何をどう決めればいいのかわからなかったのだ。



「大学に行くの? それとも就職?」



と聞いてくる友達の答えにも、曖昧にしか返事が返せない。



「たぶん、お母さんと一緒にいる」



そんな私の返事に、友達はへんなのって顔をして、私を置いて歩いていく。



あの子もその子もこの子も、私を置いて進んでいく。



やばい。



そう思って、私も歩き出そうとする。



けれど、私の足は何かにつまづいて、その場で転んでしまった。



すぐに立ち上がって、皆の背中を追う。



けれど、走っても走っても皆の背中はどんどん小さくなっていって、追いつけなくて、私は立ち止まる。



ふと足元を見れば、先ほどいた場所から一歩も進んでいなかった。



そして、つまづいてこけた石がやけに大きくて、これをどかさなければ進めないんだと、やっと気づいた。




けれど……、よく見ると、その石は母親の顔をしているのだ。




母親が、ジッとこちらを睨みつけている。



睨みながら「行かないで」と言っている。



私は、呆然としてその場所に突っ立っていた。



卒業生たちが次々に門を潜って外へ出る中、私は誰かに肩を叩かれて振り返る。



「卒業おめでとう」



そこには見慣れた母親が私にむけて笑っていた。



「ありがとう」



私も母親に微笑み返し、そう言った。



すると、母親はしゃがみこんで私のひざ小僧をハンカチでぬぐい始めた。



気づかなかったが、こけた時にケガをして血が出ていたらしい。



「痛くないの?」



母親は顔だけこちらへ向けてそう聞く。



「気づかなかった」



ボーッとしてたから、私はそんな意味をこめて言ったが、母親は「あの薬、本物だったのね」と何度も頷いた。



この時、違うよ、あんなの効かない。



と一言言えばよかった。



けれど私は嬉しそうな母親の顔を見ると、それさえも言えなくなってしまった。



それから、母親は職も何も決まっていない私を毎日占い師の元へ通わせた。



あの薬のせいで、本当にその人の事を信じきってしまったのだ。



とにかく、占い師のいう事ならすべて聞いた。



いい事も悪い事も、占いの通りに実現させた。



卒業して半年。



相変わらず、私は母親の言うとおりに行動していた。



昔から変わった事と言えば、母親がいう事はすべて占い師の言った事だという事。



すでに、母親の私をモデルにする、という気持ちは消えていて、一日一日を占いに頼って生きなければならない生活。



時々会いにきてくれていた父親も、今では再婚して家庭を持っている。



私も一回その家族にあったことがあるが、なんて幸せな家庭なんだろうと、羨ましく思った。



けれど、今の私はそのキラキラした家庭の作り方さえわからない。



「大丈夫、お前はいい子だから」



と、父親はそんな私の気持ちを察して、昔と同じように頭を撫でてくれた。



私にとって、一ヶ月に数回の父親と会える日が唯一の楽しみだった。



小学校の頃私としたあの約束のために、今家族の説得を頑張ってくれているらしい。



しかし、母親は私からそれさえも奪い取ろうとしていた。



理由は、占い師が元旦那に合わせるのはよくない。と一言言った事。



それを聞いた時、私は確かにそうかもしれない、と感じた。



父親は今約束を果たす為に頑張っている。



ということは母親から私を奪い取ることでもあるのだ。



「そうだよね、お母さんも一人は寂しいもんね」



私が父親を必要としているように、母親は私を必要としている。



だから、会えないのは辛いけど、我慢しようと思った。



それなのに、占い師は更に母親を追い詰めるような事を言い出した。



元旦那は必ず子供を奪いに来る。その前にどうにかしなければ大変なことになる。と。



「お父さんはそんな事しないよ。そんな人じゃなかったでしょ」



私は母親を必死で説得した。

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