第14話 花咲くとき

「ねぇ、あなた、名前は?」



栞が聞く。



「ねぇ、あなた、名前は?」



相手が答える。



「どこから来たの?」



「どこから来たの?」



「私は栞って言うの」



「私は栞って言うの」



「よろしくね」



「よろしくね」



どうやら、その相手と普通に会話をする事は出来ないらしい、と知った栞は、再びテレビへと視線を戻した。



そして、ポツリと呟く。



「あなたを粗大ゴミとして捨てるなんて、信じられないわ」



「あなたを粗大ゴミとして捨てるなんて、信じられないわ」



相手はその言葉さえ何の感情も込めずに、ただ繰り返したのだった……。



翌日、朝寝坊をした栞は大慌てで身支度をしていた。



朝食もとらないまま化粧をしながら、遅刻した時の、一番信じてもらえそうな言い訳を頭の中で考える。



目覚まし時計が壊れていて。



だなんて古典的なものが通用するはずがないし



向かい風が強すぎて。



というのはギャグにもならない。



「もうこんな時間!?」



急いでいても、女はある程度準備に時間がかかるもの。



あっという間に出勤時間が過ぎてしまった。



いつもつけている香水に手を伸ばすことなく、玄関まで一直線。



少しヒールの高い靴を履いて……。



「もうこんな時間!?」



その声で、握ったドアノブを離してしまう。



ゆっくりと振り向き、その声の持ち主がいる部屋を見つめる。



小さなアパートなので玄関から部屋までのドアはなく、そのかわりに栞が取り付けた薄いカーテンが引いてある。



そのカーテンの向こうの人は、どうするのだろう?



一日ここにいることは間違いないとして、自分で色々とできるのだろうか?



考えれば考えるほど、わからない。



その人がどういう人で、どういう理由でゴミ捨て場に捨てられていたのかも。



だけど、栞はそれを自分の意思で拾ったのだ。



それだけは変えようのない事実で、拾ったからには責任を持たなければならない。



そう思うと、栞は靴を脱ぎ台所へ向かった。



「水、ここに置いておくわね」



その人の目の前に水を置く。



「水、ここに置いておくわね」



やっぱり、オウム返しだ。



「じゃ、行ってきます」



「じゃ、行ってきます」



その人のオウム返しに背中を押され、遅刻確定の会社へと自分を急かした……。



栞がいなくなった部屋の中、言葉だけが聞こえてくる。



「今日も終ったわね」



「ねぇ、あなた名前は?」



「どこから来たの?」



「私は栞っていうの」



「よろしくね」



「あなたを粗大ゴミとして捨てるなんて、信じられないわ」



明かりの消えた、朝の光が入らない、ほの暗い部屋の中。



「あなたを粗大ゴミとして捨てるなんて、信じられないわ」



繰り返し、繰り返し



「粗大ゴミ、粗大ゴミ、粗大ゴミ、捨てる、捨てる、捨てる、捨てる、捨てる、捨てる」



まるで傷ついたCDのように



「捨てる、捨てる、捨てる、捨てる、捨てる、捨てる、捨てる、捨てる、捨てる」



繰り返す。



「……栞っていうの」

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