第80話 人生初のイベント2

 大学生最後の夏休みに入って数日が経過した今日、俺と実乃里、紫帆の3人は都内にあるレジャープールに来ていた。

 先日無事に公務員試験に合格し来年から特別区職員になる事が決まった実乃里のお祝い的な意味で紫帆と一緒に企画して行く事にしたのだ。


「お兄ちゃんと一緒にプール来るのは久しぶり」


「最後に行ったのは確か紫帆が中3の時だっけ」


「だね、お兄ちゃんが高校3年生になってからは受験勉強とかで忙しくて行けなかったし、それ以降もなんだかんだで時間が合わなかったもん」


 大学1年の夏休みは免許を取るのに忙しく、2年の時は望月に振られた挙句サークルから除名されたショックで萎えていて行く気にならず、去年はインターンでバタバタしていたため、そもそもここ数年はプールにすら行っていない。


「私もプールに来るのはかなり久しぶりかな、最後に行ったのが中学生の時だしさ」


「確かに実乃里がプールとかに行きそうなイメージがあんまりないよな。夏休みは図書館で本とか読んでそうなイメージだし」


 そんな会話をしながらプールの入り口にある券売機でチケットを購入すると、俺達は別れて更衣室へと入り水着に着替える。


「……君、いい体してるね。何かスポーツとかやってるの?」


 更衣室から出で2人が外に出てくるまでスマホをいじって待っていると突然女性の声で話しかけられた。

 顔をあげるとそこには同い年か少し上くらいに見える女性が立っており、俺の方を見ている。

 恐らく彼女が俺に話しかけてきた女性の声の主に違いない。

 ジムに入会する前は172cmで体重60kgしか無かったが今では65kgまで増えており、そこそこいい体になっている自信がある。


「ありがとうございます。スポーツとかはやってないんですけど、ジムでウェイトトレーニングを定期的にやってます」


「そうなんだ、それで結構筋肉質な体なんだ。じゃあさ、もし良かったら今日は私と一緒にプールで遊ばない? 君の事をもっと知りたいからさ」


 聞かれた質問に対して正直に答えた俺だったが、なんと女性から遊びに誘われてしまった。

 まさかこれは世間一般的には逆ナン呼ばれているイベントなのではないだろうか。

 人生初のナンパというイベントが発生して若干の嬉しさを感じる俺だったが、実乃里という彼女がいるため正直困る気持ちの方が強い。


「えっ……いや、今日は連れがいるので」


「えー、別にいいじゃん。私と一緒に遊ぼうよ」


 腕を絡めてきそうな勢いで迫ってくる女性に俺が若干狼狽えていると、女子更衣室から水着に着替えた実乃里と紫帆が出てきてしまった。


「お兄ちゃん、おまた……えっ、誰?」


「春樹君、知らない女性と2人きりで何をやってるのかな? ひょっとして浮気じゃないよね……」


 不思議そうな顔をしている紫帆に対して実乃里は目からハイライトが消え背中から若干黒いオーラが出かかっており、完全に何か誤解されている状況だ。

 実乃里にどう言い訳しようかを必死に考えていると、2人の存在に気付いた女性はあからさまに落ち込んだような顔となり口を開く。


「なーんだ、彼女持ちだったのか。せっかく今年こそ彼氏を作ろうと思ってたのに残念」


 そう言い残すと女性は足早にどこかへと歩き去っていった。

 女性が居なくなって俺が一安心していると、実乃里と紫帆が迫ってくる。


「ねえお兄ちゃん、今のは何?」


「そうだよ、ちゃんと説明してもらうからね」


 このまま誤解されたままでは困る事になるのは間違いないし、俺は一連の経緯についてを2人に分かりやすく説明しなければならないようだ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「まさか私の春樹君がナンパされるなんて……」


「お兄ちゃん、確かに昔よりもモテそうな感じになったもんね」


 説明が終わった後、2人はそれぞれ別々な反応を示していたが、とりあえず誤解は解けたようだ。

 紫帆の言う通り実乃里と付き合い始めてから、大学の友達やバイト仲間、ゼミのメンバーからモテそうと言われる事が増えていた。

 恐らく実乃里と付き合い始めて心に余裕が生まれ、顔つきや立ち振る舞いが以前と変わった事でモテそうな男に見えるようになったのかもしれない。


「とにかく事情は分かったけど、春樹君は私を心配させた罰として一緒に2人でウォータースライダーを滑ってもらうから」


「えっ……」


 このレジャープールのウォータースライダーは浮き輪に乗って滑るタイプだが、クチコミを見ていると結構怖い事で有名らしかった。

 絶叫系が苦手な俺は絶対に乗りたくないと思っていたわけだったが、どうやら実乃里はそれを滑れと言っているようだ。

 俺が実は絶叫系が苦手という事は2年生の春休みアドベンチャーランドへ行った時に知っているはずなので、完全にそれを分かっていて誘っているのはほぼ間違いない。

 だが罰である以上、今の俺に断るという選択肢はどう考えてもあるはずが無いのだ。


「……分かったよ、後で一緒に滑ろうか。その代わり一回だけだからな」


「やったー、約束だからね」


「お兄ちゃん、頑張ってね」


 こうして嫌々ではあるが、ウォータースライダーを滑る事が決定した。

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