第81話 ウォータースライダーの恐怖

 しっかりと準備体操をした俺達は片足からプールの中へとゆっくり入っていく。


「水の中は冷たくて気持ちいいね」


「今日みたいに暑い日には最高だよな」


 俺と実乃里がそう話していると元気いっぱいな様子の紫帆が会話に割り込んでくる。


「お兄ちゃん、実乃里さん、向こうに流れるプールがあるらしいから行こうよ」


「楽しそうだな、行こう」


 俺達3人は流れるプールのあるエリアに向かって歩いて進み始める。

 夏休みという事もあってプールの中はかなり混雑しているが、3人でくっついて移動しているためはぐれる心配はない。

 ただ、時折周りにいる男性から嫉妬や殺意のこもった視線を浴びせられるのは勘弁して欲しかった。

 長身でスタイルのいい紫帆と色白癒し系女子の実乃里をはべらせているのが恐らく視線の原因だろう。

 そんな視線を浴びせられながら歩き続けて流れるプールエリアに到着した俺達は、流れに身を任せてしばらく流される。


「……めちゃくちゃ平和だな」


「ちょっと前まで色々とバタバタしてたから余計にそう思うよね」


 望月の件や就職活動、公務員試験などで4年生前期は結構大変だったので、今日のようにのんびりはなかなかできなかったのだ。

 実乃里と2人で仲良くそんな会話をしていると少し前を流れていた紫帆が話しかけてくる。


「お兄ちゃんも実乃里さんも本当に大変だったもんね、お疲れ様」


「紫帆も色々協力してくれたし本当に助かったよ、ありがとう」


 望月の件以外にも就活中は家事などをかなり引き受けてくれたので本当に助かっていた。


「そろそろ他のエリアに行かない? ここって普通の25mプールもあるらしいからお兄ちゃんと競争したいな」


「おっ、勝負するか」


「じゃあ私は2人の勝負を見学するよ」


 紫帆に勝負を挑まれ受けて立つことにした俺は、流れるプールを出で25mプールへと向かう。

 プールキャップとゴーグルをレンタルした俺と紫帆は25mプールに入る。


「50mクロールで勝負しよう、負けた方が昼ごはん奢りね」


「オッケー、負けないからな」


「じゃあ行くよ、よーいスタート」


 実乃里の掛け声で俺と紫帆は同時に壁を蹴ってスタートした。

 最初は同じくらいのスピードで泳いでいた俺達だったが、25m泳ぎきってターンしたところで一気に引き離される。

 なんとか追いつこうと必死に手足を動かす俺だったが、結局負けてしまう。


「紫帆ちゃん早いね」


「やったー、お兄ちゃんに勝った」


「マジか、まさか負けるなんて……」


 実乃里と手を取り合って喜ぶ紫帆に対して俺は大きな衝撃を受けていた。

 紫帆が運動神経抜群な事は知っていたが、まさかここまで早いとは正直想定外だったのだ。


「じゃあ約束通り奢ってね、お兄ちゃん」


 紫帆の運動神経見誤ってしまったせいで俺は紫帆に昼食を奢る羽目になってしまった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「ったく、デザートまでしっかり食べやがって……」


「えへへ、ごちそうさまお兄ちゃん」


 紫帆は人の奢りだと思って遠慮なく高そうな物を注文し、挙げ句の果てにデザートまで食べてくれたおかげで、俺の懐は予想以上に寒くなっている。


「じゃあ春樹君、そろそろ行こうか」


「えっ、どこへ?」


「ウォータースライダーだよ」


 紫帆との勝負ですっかりと忘れていたが、そう言えば俺は罰としてウォータースライダーを滑らなければならなかった。


「……よし行こうか」


 内心は絶対に行きたくない俺だったが、拒否権など初めから存在していないため行くしかないのだ。


「私は下で見てるね」


 お腹いっぱいな様子の紫帆に見送られて俺と実乃里はウォータースライダーの列に並ぶ。


「めちゃくちゃスピードが出るらしいから、楽しみだな」


「そ、そうか」


 楽しそうな顔をしている実乃里に対して俺は怖くてガチガチだ。

 少しずつ進んでいく順番待ちの列に、死刑囚ってひょっとしてこんな気持ちなんだろうかと物騒な事を考えていた。

 そしていよいよ俺達の順番がやってきて係員の指示で2人乗り用の浮き輪に乗せられる。

 浮き輪は勢いよく発信し、曲がりくねったコースを凄い速さで一気に下まで滑り降りていく。

 完全に無言になっている俺に対して実乃里ははしゃいでいたが、着水のタイミングでハプニングが起こってしまう。

 それは実乃里が身につけていた青いリボンビキニが着水の衝撃で外れてしまったのだ。

 それに気付いた実乃里は真っ赤な顔となり水中に潜って外れた水着を探し始める。

 俺も一緒に探しているとすぐに見つかったため、水中で後ろから腕を回して装着し直す。


「……めちゃくちゃ恥ずかしかった。でも助かったよ、ありがとう」


 相変わらず恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めている実乃里からお礼の言葉をかけられた。

 プールから上がると遠くから一連の流れを見ていた紫帆が駆け寄ってくる。


「実乃里さん、大丈夫だった!?」


「……うん、春樹君のおかげでね」


「もうウォータースライダーは危険だから辞めとこう」


 さっきの事があったせいか2人は俺からの提案に無言で頷く。

 それからは特にハプニング無く3人でプールを楽しむのだった。

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