第56話 ハッピーバースデー

 いよいよ迎えた勤労感謝の日、俺はバイクで実乃里のマンションまで行き駐輪場へ停めると、そのまま部屋へと向かい始める。

 前回の誕生日は付き合う前であり、誕生日にデートをするのは今回が初めてだ。

 2人で何をするかは前々から話し合っており、今回のデートは泊まりがけの温泉旅行となっていた。

 今回の目的地である九相津くそうづ温泉は日本でも有数の温泉地の1つであり、観光地としても人気が高い場所となっているらしく、行く前から俺も実乃里も楽しみにしている。

 ちなみに翌日は俺も実乃里も授業が入っていないため、宿泊しても学業等への支障は全く無い。

 ただ今回の行き先は群馬にあり東京からバイクで移動するには厳しい距離にあるため、今回は電車とバスで移動するつもりだ。


「……もう起きてるかな?」


 まだ朝が早いこともあり実乃里が寝ているのではないかと少し心配になった俺だが、起きていると信じてインターホンを押す。

 扉から離れて待っていると元気そうな様子の実乃里が出てきた。


「おはよう、春樹君」


「おはよう。そして誕生日おめでとう、実乃里」


「ありがとう、今日から21歳になったよ」


 実乃里に招き入れられ、後ろに続いて部屋の中へとゆっくり入っていく。


「誕生日プレゼント、今渡しとくよ。旅行に持って行ったら荷物になりそうだからな」


「わー、嬉しいな。ありがとう」


 俺はリュックから箱ラッピングされたマグカップを取り出し、実乃里へと手渡す。


「一体何が入ってるんだろ……開けてもいいかな?」


「勿論、多分喜びそうな物を買ってきたつもりだから期待してくれよ」


 実乃里はラッピングを丁寧に剥がし、箱からマグカップを取り出す。


「あっ、猫ちゃん」


 マグカップにプリントされた黒猫を見た瞬間、実乃里はテンションが一気に跳ね上がった。


「マグカップはよく使うから本当に助かるし、猫ちゃんも大好きだから嬉しいな。大切に使うね」


「ちなみに中にお湯を入れたらデザインが変わるんだよな」


「本当? じゃあ早速入れてみる」


 実乃里はマグカップをテーブルに置くと、キッチンから持ってきたケトルでお湯を注ぐ。

 しばらく待っていると背景にプリントされていた夜景にあかりが灯り、黒猫の近くに白い子猫が現れた。


「背景が変わってもう1匹猫ちゃんが出てくるんだ、温度でデザインが変わるって面白い」


「だろ、見てたらだんだん俺も欲しくなったから背景のデザインが少し違う奴を買ってみた」


「そうなんだ、また今度見せてね」


 実乃里はまるで子供のように喜んでおり、この反応を見るとマグカップをプレゼントに選んで正解だったようだ。


「じゃあそろそろ行こうか」


「うん、出発しよう」


 俺達は荷物の最終確認を行うと、最寄りの駅へ向かって歩き始める。


 


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 


 それから俺達は駅で電車に乗り途中新幹線とバスに乗り換えながら目的地を目指して移動を続け、気付けば3時間近くが経過していた。


「次が終点だから、もうちょっとで着くみたい」


「長かったけどようやくだな。もうお昼前だし着いたらまずはお昼ご飯を食べよう」


「バスターミナルの近くにお食事処があるみたいだから、そこで食べようね」


 2人でガイドブックを見ながらそんな会話をしていると、目的地に到着し他の乗客達が次々にバスから降り始める。

 俺達もその後に続いてゆっくりバスから降りると、純和風で庶民的な見た目をしたお食事処が視界に入ってきた。


「ガイドブックに乗ってたお食事処はあそこみたいだな、よし入ろうか」


「うん、お腹もぺこぺこだから早く入ろう」


 中に入り席へと案内された俺達は2人でメニューを見始める。


「建物の和風な見た目通り、やっぱり和食が中心みたいだな」


「これでピザとかスパゲッティみたいなイタリアンが出てきたらめちゃくちゃびっくりするよね。あっ、私は天ぷらそばにするよ」


「うーん……それなら俺も実乃里と同じ奴にするか」


 メニューを見て何を食べるか結構迷っていた俺だったが、実乃里が食べようとしている天ぷらそばの写真が美味しそうに見えたため同じものを食べることにした。

 食べる物が決まった俺達は店員を呼んで早速注文を伝える。


「食べ終わったらまずは湯畑に行こうよ、ここからすぐ近くの距離にあるみたいだしさ」


「そうだな。この温泉街のランドマークでシンボルにもなってるみたいだし、まずはそこに行こう」


 これから行こうとしている湯畑は人気スポットであり、ガイドブックにもオススメ場所の1つとして書かれていた。

 湯畑の周りには瓦が敷かれ歩道が整備されており、ここならではの景色を楽しめる事が人気の秘訣になっているらしい。

 写真撮影用のスポットもあるようで、映える写真が撮れるとネットの口コミ等にも色々と書かれていた。

 そんな会話を2人でしばらくしていると、注文した天ぷらそばがテーブルに運ばれてくる。


「じゃあ、いただきます」


「いただきます」


 俺達は和やかな雰囲気で、これからの事を雑談をしながら昼食を食べるのだった。

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