第39話 堕ちた望月

 7月も中旬に差し掛かった日曜日、TOEICの試験を終えた俺は上機嫌になっていた。

 それもそのはず、今回は800点を目標としていたのだが、手応え的にそれ以上の点数が期待できそうだからだ。

 TOEIC以外に、学部の勉強やインターンの対策など、やる事が非常に盛り沢山で勉強時間の確保にかなり苦労させられたが、なんとか無事に今日を迎える事ができた。


「800点以上あれば就職活動の強い武器になるらしいから、マジで頑張ったかいがあった!」


 国際系、言語系の文系の学部学科に所属する学生でさえTOEICで800点以上のスコアをたたき出せる人は割合的に少ないのだ。

 就職活動において英語力で不利になってしまう事はほぼ無いと言え、 大企業で海外に広く事業所が進出しているところでも、800点以上あれば英語力が原因で不採用になることはあり得ないだろう。

 そんな事を考えながらTOEIC会場である東京大学の出口を目指して歩いていると、お腹が空いてきた。

 そう言えば今日の朝は家を出るギリギリまで勉強をするために、朝ご飯を何も食べていなかった事を思い出す。


「めちゃくちゃお腹が減ったし、家に帰る前にどこかで食べて帰ろうかな」


 腕時計で今の時間を確認すると13時前となっており、昼ごはんを食べるにはちょうど良い時間だ。

 日曜日のため東大の学食は当然ながら閉まっていたが、周辺にはいくらでも飲食店があるため食べるところには全く困らない。

 ただ会場には公共交通機関で行かなければならないというルールから、今日はバイクでは無く電車で来ていたので、駅の周辺にある飲食店に行った方が帰りのことを考えると圧倒的に楽だろう。


「とりあえずここにしとくか」


 駅へ向かって歩いていた俺は、目に入ってきたファミレスに入る事を決め、店内へと足を踏み入れる。

 日曜日のお昼時という事でそこそこ混んでいた店内だったが、運良くすぐに席へと案内された。

 メニューを見て適当に注文を決めた俺は、水を飲みながらSNSで今回のTOEICに関するつぶやきを探し始める。


「へー、今回はリスニングが普段よりも難化してたのか。確かに過去問よりは難しかった気がする」


 だがオーストラリアへ短期留学に行ってネイティブスピーカーと毎日のように会話していた結果、リスニング力が以前よりも格段にアップしていたので多少問題が難化したところで俺には何の問題もなかった。

 留学最終日にはネイティブスピーカーの発音を完璧に理解できるようになった俺からすればTOEICのリスニング問題などもはや敵ではない。


「でもやっぱり俺の課題は発音なんだよな……」


 文法や読解、リスニングに関しては全く問題ないレベルになった俺だが、発音に関しては苦手意識を持っている。

 英語独特のイントネーションやアクセントがどうしても苦手であり、留学中もかなり苦戦させられていた事は記憶に新しい。

 恐らく発音に関してはどれだけ頑張っても一生帰国子女には勝てない事が目に見えており、これが普通の日本人の限界なのかもしれない。

 そんな事を考えていると、見覚えのある顔が近くの席に案内されてきたことに気付き、慌てて顔を下げる。


「げっ、マジかよ。なんでこんな所にいるんだよ!?」


 そう、それは俺の中の会いたく無い人物ランキング、堂々の1位を独走している望月だったのだ。

 紫帆から望月が電車内で痴漢冤罪をでっち上げようとしていた事を聞いて、相当お金に困っている事が容易に想像できていた。

 そんな望月にうっかり遭遇しようものなら、示談金目的でとんでもない因縁をつけられる可能性があり、お金を巻き上げられるだけならまだしも、俺の人生をめちゃくちゃにされるリスクも否定できない。

 幸いな事に望月がこちらに気付いている様子は無いが見つかってしまう恐れもあるため、一刻も早くここを出たい気分だ。


「ん? あの人誰だろう……」


 混雑している関係で中々出てこない料理を待ちつつ望月の座っている席をこそこそとチラ見する俺だが、中年くらいの男性と一緒に席に座っており、何やら会話をしていた。

 最初は望月の父親か親戚では無いかと考える俺だったが、すぐに違うのではないかと思い始める。

 なぜなら、中年男性は望月へ舐め回すようないやらしい視線を向けており、とても自分や親戚の娘に向けるようなものでは無かったからだ。

 となると2人は恐らく赤の他人という事になるが、一体どんな関係なんだろうか。


「……いや、考えるまでもないか」


 お金に困っている望月がやりそうな事をほんの少し考えれば簡単に想像ができてしまう。

 2人の関係はパパ活、もしくは援助交際のどちらかで間違いないだろう。


「望月も落ちるところまで落ちたな……」


 完全に望月の自業自得ではあるが、ここまで酷く落ちぶれた様子を目撃してしまうと、流石に哀れに思わざるを得なかった。


「これからどうするんだろうな、あいつは」


 今の悲惨な様子の望月を見ていると、まともな未来があるとは到底思えない。


「嫌なものを見させられて気分も悪くなったし、食べ終わったら見つかる前にさっさと帰ろう……」


 テーブルに運ばれてきたドリアを凄まじい速さで完食した俺は、静かに席を立ち会計を済ませると、後ろも振り返らず店を後にするのだった。

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