第37話 インターン選考

 四菱商事の本社ビルを後にした俺は、近くにあった公園に立ち寄ると、ベンチに全身脱力した状態で腰掛ける。


「緊張したし、マジで疲れた……」


 地獄のような1週間、必死に頑張ったおかげで無事にエントリーシートと筆記試験に合格した俺は、次の選考であるグループディスカッションと集団面接に呼ばれていた。

 そして先程選考が終わってビルの外に出たところなのだが、緊張の糸が完全に切れた事で全身強い疲労に襲われたため、今座っているベンチに寝っ転がってそのまま夜まで寝たい気分となっている。


「予想はしてたけど、やっぱり他の学生は高学歴ばっかりだったし、能力とかのレベルもめちゃくちゃ高かったな」


 人生がかかった選考のため緊張させられるのは当たり前の事なのだが、周りの大学生は俺以外の全員が旧帝国大学か超難関私立大学の出身だったせいで余計に緊張させられる羽目になったのだ。

 日本トップクラスの大学に通う周りの学生達の能力は当然ながら非常に高く、“経営人材に必要なものは”というグループディスカッションのテーマに対しても、次々に意見やら反論やらが活発に飛び交うような状況だった。

 そんな中、俺も負けじと彼らのディスカッションに全力で食らいつき、最終的にはグループで出た意見を3分間に要約して発表するという大役を務めたのだが、果たして上手い発表だったと言えただろうか。

 緊張しすぎて何を話したのかすら全く覚えていないため、最後の発表については自身で反省のしようがなかった。

 グループディスカッション後に行われた集団面接でも周りのレベルの高さに終始圧倒され、かなり緊張していた。

 だが今回の選考に参加するために人事部に電話をかけて直接交渉したという話を自己PRの際に話したところ、面接官からのウケがかなり良かった。

 それに総合商社に対する業界研究や四菱商事に対する企業研究は時間をかけて徹底的に行っていたので、その辺りの質問に対する受け答えに関してもかなり自信がある。

 それを考えると、自分なりのベストは尽くせたと言えるので、後はおとなしく良い結果が来るのを信じて待つしかない。


「それにしても、周りはみんないい奴ばっかりだったな。どこかの酷いサークルのメンバーとは大違いだよ」


 周りが超高学歴だらけの中、俺だけが中堅私立大学である西洋大学出身であったため差別されるんじゃないかと内心少しビクビクしていたが、特にそんな事はなくグループディスカッションの時に周りは仲間の一員として受け入れてくれ、さらにはグループの発表者という重要な役割まで任せてくれたのだ。

 俺の元いたサークルのメンバー達とは比べ物にならないくらいの人格者ばかりであり、とても同じ大学生とは思えなかった。

 今後の選考では仲間ではなく、内定という限られた枠を奪い合うライバルとなるわけだが、もし叶うのであれば彼らと一緒に働いてみたいと本気で思っている。


「とりあえず用は済んだし家に帰るか、早くこの格好から着替えたいし。昼ごはんを食べるのはそれからだな」


 今の俺は面接のためにばっちりと髪型をセットしてスーツを着ており、この堅苦しい格好から一刻も早く解放されたかったのだ。

 俺は公園のベンチからゆっくりと立ち上がると、今いる場所から一番最寄りにある駅を目指して歩き始める。

 今日の授業は16時45分開始の5限目からで、今が13時前である事を考えるとまだまだ時間的な余裕があり、行きとは違ってこれから緊張するようなイベントも特に何も無いため、疲れてはいるがかなり気楽な気分だ。

 しばらくの間歩き続けて駅に到着した俺は、改札を抜けてホームのベンチに座り電車を待つ。

 それからスマホでSNSやニュースサイトをぼんやりと眺めていた俺だったが、突然画面上部にチャットアプリの通知が表示された事に気付く。


「あっ、実乃里からのメッセージだ」


 アプリを開いて中身を確認すると、どうやら俺の選考が無事に終わったのかという確認でメッセージを送ってきたらしい。

 実乃里には昼過ぎくらいには選考が終わると事前に伝えていたため、どうなったのか気になっていたのだろう。

 どう返信するか考えた俺は”めちゃくちゃ緊張したけど、全力は尽くした!”と素直に書いて送信する。

 すると1分も経たない内に実乃里から”お疲れ様、きっと受かってるよ♡”というメッセージと可愛らしい猫のスタンプが送られてきた。

 普段ならもっと長文の返信が返ってくる事が多いのだが、時間的に3限目の授業が始まる直前となっているため、短いメッセージになってしまったのではないだろうか。

 だが俺としてはねぎらいのメッセージを実乃里から貰えただけでめちゃくちゃ嬉しかった。


「さっきまで疲れてたけど、実乃里のおかげか不思議と元気になってきた気がする」


 実乃里からの優しい言葉に癒された俺は疲れが一気に吹き飛び、体が軽くなったようにすら感じている。

 5限目の授業に行くのは正直面倒で、途中寝てしまうかもしれないと思っていた俺だったが、これなら最後まで頑張れそうだ。

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