第22話 楽しかった1日の終わり

 イルカショーを見終わった後もしばらく水族館を見て回っていると、気付けば夕方になっていた。

 売店でお土産を買った俺達は、最後にアドベンチャーランドに併設されている温泉へと向かい始める。


「今日は遊びすぎて疲れちゃったね……」


「1日で遊園地と動物園、水族館を全部見て回ったんだから、そうなるのも仕方がないさ。俺もはしゃぎすぎて結構疲れてるし」


 俺も実乃里も遊び疲れて疲労困憊状態となっており、その影響が体に現れ始めていた。

 アドベンチャーランドを満喫して満足していたが、疲労には流石に勝てなかったのだ。


「温泉に入ったら疲れが一気に吹き飛びそうだから、早く入りたいな」


 俺がそう言葉を漏らすと隣を歩いていた実乃里は思い出したかのように口を開く。


「ここの温泉ってさ、露天風呂あるらしいよ」


「へー、露天風呂があるのか。温泉に入る頃には薄暗くなってるだろうし、遊園地の夜景が中から見れそうだな」


 夜になれば観覧車やジェットコースターなど遊園地エリアのアトラクションがカラフルにライトアップされるため、露天風呂から綺麗な夜景が期待できるだろう。

 そんな事を考えていると実乃里がボソッと小さな声で言葉を漏らす。


「一緒に露天風呂から見られたら良いのにな」


「いやいや、それは無理だろ。混浴じゃないんだから」


 そんな実乃里のとんでも無い発言を聞いた俺はそうツッコミを入れた。

 まあ、例え混浴だったとしても一緒に入る勇気は今の俺には無いが。


「……えっ、ひょっとして今の聞こえてたの!?」


 まさか聞こえている事なんて夢にも思ってなかった実乃里は驚いたような表情でそう声をあげた。


「うん、ばっちり全部聞こえてた……」


 それを聞いた実乃里の顔はまるで沸騰したかのように一瞬で真っ赤に染まる。


「聞かれてたなんて恥ずかしい」


 実乃里は両手に荷物を持ったまま、恥ずかしそうな表情で自分の顔を覆い隠した。

 もしこれが逆の立場であったなら俺も同じような状態になっていた事は想像に難くない。


「ま、また帰る時に遊園地の夜景を一緒に見よう、帰り道からでも見えるはずだし」


 俺が咄嗟にそうフォローを入れると、実乃里は顔を真っ赤にしたままゆっくりと頷いた。


 


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 


 それから歩き続けて温泉に到着した俺達は、入り口の券売機で2人分の券を購入しそれぞれ脱衣所へ入る。

 男風呂の脱衣所はそこそこ混雑しており、仕事終わりであろうサラリーマンの姿が複数確認できた。

 温泉はアドベンチャーランドの利用客以外にも開放しているため、仕事の疲れを癒やしに来ているのではないだろうか、そんな事を想像しながら服を脱ぎ始める。

 全裸になった俺はロッカーの中に荷物を入れると、タオルを持ち浴室へと向かう。


「中は結構広いし綺麗だ」


 そう呟きつつ、さっそく俺は洗い場へと向かい頭と体を洗い始める。

 2月で寒いとは言え、一日中遊び回った事で汗もそれなりにかいていたので、シャワーから出るお湯がめちゃくちゃ気持ちよかった。

 洗い終わった後はまず近くにあった室内の浴槽に肩までつかる。

 その泉質にはとろみがあり、まるで化粧水のようなお湯だった。

 近くに貼られていた成分表を見てみるとナトリウム炭酸水素塩・塩化物温泉と書かれており、傷を治す効果や美容効果があるらしい。


「このお湯、めちゃくちゃいいな。絶対実乃里が喜んでそう」


 イメチェンしてお洒落になった実乃里は美容にも結構こだわっていると聞いていたので、喜んでいる事間違いなしだ。

 そしていよいよ俺は今回本命にしている露天風呂へと向かい始める。

 外に出るとカラフルに光り輝くアドベンチャーランドのアトラクションが目に飛び込んできた。


「思ってた以上に綺麗だ……確かに一緒に露天風呂からこの景色を見れたら最高だったな」


 先程の実乃里の言葉を思い出した俺は静かにそう言葉を漏らすと、ゆっくりと湯船につかる。

 しばらく夜景を見ながら湯船を満喫していた俺だったが、だんだんとのぼせそうになってきたので、そろそろ出る事にした。

 脱衣所で服を着替え髪を乾かしてロビーに出るが、実乃里はまだ出てきている様子はない。

 実乃里は髪が長いため乾かすのに時間がかかっているのかもしれないし、そもそもまだ湯船につかっている可能性も十分に考えられる。

 立ったまま待っていても仕方がないので、俺は自動販売機でコーヒー牛乳を買うと休憩所へ向かう。

 それから休憩所の椅子に座り今日撮影したスマホの写真の整理をしながらしばらく待っていると、上機嫌な様子の実乃里が出てきた。


「お待たせ、ここの温泉最高だね!」


「あのお湯って美容効果があるって書かれてたから、そんな反応すると思ってたよ」


 やはり予想していた通り、実乃里は大満足だったようだ。


「せっかくだしさ、晩ごはんもここで食べない?」


「そうだな、そうしようか」


 実乃里からの提案を快諾した俺は、休憩所の隣にあるレストランへと向かう。

 テーブルに案内されてから何を注文するか悩んだ俺達だったが、結局2人とも日替わりメニューを注文する事にした。


「今日の日替わりは唐揚げ定食みたいだね」


「疲れて肉を食べたい気分だったからちょうどいいな」


 そんな雑談しつつ待っていると、すぐに2人分の食事がテーブルに運ばれてくる。


「じゃあ食べよう、いただきます」


「いただきます」


 遊び疲れていてかなりお腹が空いていた俺達2人はあっという間に完食した。


「時間も遅くなってきたし、最後に外で夜景だけ見たら帰ろうか」


「ちょっと名残惜しい気もするけど、そうしよう」


 もう少しここに居たいと言いたげな表情をしている実乃里だったが、帰りの飛行機の時間を考えるとそうはいかないのだ。

 テーブルから立ち上がり食事代を支払った俺達は、温泉を後にした。

 外に出るとすっかり辺りは暗くなっていて、気温も夕方より下がっておりかなり肌寒い。


「……寒いからさ、くっついてもいいかな?」


「風呂上がりだから寒いよな、勿論大丈夫!」


 少し顔を赤らめた実乃里からそう声をかけられた俺はそう返答すると、腰に手を回し密着した。


「春樹君の体、あったかいね」


「実乃里こそめちゃくちゃあったかいよ」


 お互い腰に手を回して密着した状態で空港へ向かうバス停へと歩き始める。


「やっぱり綺麗……」


「露天風呂から見た時も思ったけど、本当に綺麗な夜景だよな」


 アドベンチャーランドの色とりどりなライトアップを見た俺と実乃里は、口々にそう言い合った。

 暗闇の中でカラフルに光り輝くアトラクションは、クリスマスに見たイルミネーションと同じくらい幻想的な光景と言えるだろう。

 バス停に到着してからも、俺達はバスが来るまでその夜景を2人で眺め続けたのだった。

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