第5話 映画館での遭遇

 ついに約束の日曜日となり待ち合わせの映画館前に到着していた俺だったが、なんと約束の時間よりも1時間も早く来てしまっていた。

 女の子と2人きりで休日遊ぶというのは童貞男子にとっては非常に心躍るイベントなので、俺が楽しみにし過ぎて家を早く出るのは仕方がない事だろう。


「でも1時間前に到着は流石に早すぎたよな。待ち合わせまで適当にどこかで時間を潰そうか」


 俺は時間が潰せそうな場所が無いか辺りをキョロキョロと見渡し、近くにあった書店へ入る。

 書店に入った俺はTOEIC用の単語帳や問題集などを見るために、参考書などが置かれているコーナーへと向かう。

 以前の俺であれば間違い無くライトノベルや漫画の置いてあるコーナーへ一番最初に向かっていただろうが、今や俺は真面目な優等生に生まれ変わっているため、そんなものは当然後回しだ。

 参考書コーナーに到着した俺だったが、そこには普段よりもお洒落な格好をした見覚えのある後ろ姿があった。


「……ひょっとして、朝比奈さん?」


 背後から声をかけると朝比奈さんは一瞬ビクッとしてゆっくりと後ろを振り向き、俺の姿を見るとホッとした表情で口を開く。


「なんだ綾川君だったんだ、突然後ろから話しかけられたからびっくりしたよ。まだ集合時間の1時間くらい前なのに早いね」


「それはこっちのセリフだよ、朝比奈さんこそめちゃくちゃ早く来てるじゃん」


 俺がそうツッコミを入れると朝比奈さんは理由を話し始める。


「実は家を早く出すぎちゃったんだよね。本当はもっとゆっくり出ようと思ってたんだけど、私って昔から心配性だから居ても立っても居られなくなって……」


 どうやら俺と同じような理由だったようで、それを聞いてその場で思わず笑い出してしまう。


「あ、笑うなんて酷いよ」


 朝比奈さんはほっぺを膨らませて俺を睨んでくるが、まるで小動物が威嚇してきているようにしか見えず、はっきり言って全く怖くなかった。


「ごめんごめん、俺と似たような理由だったから面白くってさ」


「……いいよ、許してあげる。その代わりまた今度買い物に付き合ってもらうからね、約束だよ」


 いつの間にか次の予定の約束までされてしまったが、例えそれが荷物持ち要員だったとしても女の子とのお出かけというだけで正直俺にとってはご褒美なので何も問題無い。


「予定よりも早いけど合流できたし、行こうか」


「そうだね」


 それから俺達は映画館へと向かい、朝比奈さんの見たがっていた映画を一緒に見始める。

 その映画は昔俺もよく見ていたロボットアニメの劇場版最新作であり、大ファンの朝比奈さんは大満足だったらしい。

 見終わった後、朝比奈さんは嬉しそうな表情で売店へ吸い込まれるように入っていき、グッズを見始めた。

 俺も売店の中へ足を踏み入れグッズを眺めていると店員が突然こちらに近づいてくる。

 何か用でもあるのかと俺が不思議に思っていると、なんと店員は元サークルのメンバーだったのだ。


「よう、ストーカー君。こんなところで何やってるんだよ」


 ニヤニヤと醜悪な表情を浮かべた、確か長田ながたという名前だった同級生の男は俺に向かってそう言った。

 まさかよりにもよってこんなところでバイトをしているなんて本当に最悪だ。

 面倒な事になる前に売店から今すぐ朝比奈さんを連れて立ち去りたいと強く思い始めていた俺だったが、タイミングの悪い事に彼女が長田に話しかけてしまう。


「ひ、ひょっとして綾川君の友達ですか?」


 恐らく遠目から見れば俺と長田が親しく話しているように見えたらしい。


「何?お前、望月さんにストーカーした後はこんな地味な根暗女に手を出そうとしてんの? いやいや流石にこの女は趣味悪いって、今すぐ眼科に行った方がいいんじゃねえのか」


 男性が苦手な朝比奈さんが若干ぎこちない感じになりつつも、俺の友達だと思い勇気を出して話しかけたというのに、長田は平然とそう言い放ったのだ。

 その言葉を聞いた朝比奈さんはショックを受けたような顔をした後、売店を飛び出して行ってしまう。

 急いでその後を追いかけて売店を飛び出すが、長田は何の悪びれも無さそうな表情をしている姿が俺の神経を思いっきり逆撫でする。

 俺ならともかく朝比奈さんにまで嫌がらせをした事は絶対に許せない、覚悟しておけよ。

 外のベンチで泣いていた朝比奈さんを慰めて家まで送り届けた俺は復讐を決意した。

 家に帰った俺は長田がサークル内でも元々素行が悪い男だった事を思い出し、SNSで何か悪事についてつぶやいていないかを探し始める。

 すると最近のつぶやきの中で明らかに問題のある書き込みを複数発見した。


「えっ、友達を無料で映画館に入場させたりとか、ポップコーンの中にわざと異物を混入させたりとかしてるじゃん。完全にアウトだろこれ……」


 しかも頭の悪い事に、画像付きでその内容についてを自慢げに書き込んでいたため、証拠がバッチリと残ってしまっている。

 俺がそのつぶやき全てをスクリーンショットした上で匿名掲示板の6ちゃんねるに書き込むと、あっという間に大炎上を起こし数時間後には個人情報全てが特定された。

 後日、長田はバイトテロを起こした事で大学を停学となったようで、映画館からも解雇されて損害賠償請求を起こされているようだ。

 長田は今回の一件がデジタルタトゥーとなり今後の人生でかなり苦労する事となるだろうが、俺の知った事では無い。

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