小話五、熱気、暑気、気だるげ 1

 待ちに待った夏休み、アタシ、宮田有紀はクーラーを聞かせた自室でネット世界に引きこもっていた。中学三年生?受験生?どうでもいい。「クロウ」や「ピジョン」の情報サイト『烏の影探索委員会』も始め、悠一と麻結のあれこれから着想を得た漫画『天然二人は噛み合わない』も絵、漫画の投稿サイトに載せたらまあまあ閲覧数が伸びている。元々オタク用アカウントを持っていた呟き系SNSでも宣伝したのも大きかったかもしれない。

 なんにせよ、将来がどうこうよりも今忙しい。ここで投稿が止まったら確実にフォロワーは離れる。この夏休み期間中に作業はしたい。それなのに。

 アタシがパソコンに向かっているすぐ横には学校からの宿題のプリント類やドリル、そして母が適当に買ってきた問題集。母が言うには、「志望校を決める段階でないのは分かっとるわ。けど、どっかには学校行くわけやし、少しでも頭あれば行きたいとこ行けるようになるやろ?」とのこと。

 今日も母は仕事だ。「どんくらい進んだか後で聞くさかいなァ」と言って出発した。母はあたしの趣味に対して口出ししない。アタシも母の趣味に対しては口を出さないようにしている。しかし、それはやることをやっていたら、だ。やることをやっていない場合は取り上げる。例え自分のことであっても。母は忙しくなると楽器を触らなくなる。やることをやっていないからだ。

 片や、やるべきことよりもやりたいことを優先したくなるアタシはついついさぼりたくなる。今もそう。

 共用のノートパソコンに向かっている今、やるべきことから目を逸らし続けている。でもそれももうおしまい。「クロウ」と「ピジョン」のここ最近の活動をテキストファイルにまとめ終わり、『烏の影探索委員会』の下準備ができた。不自然さをなくすため、数日経ってから投稿することを考えると、丁度きりがいい。ノートパソコンに表示されている時刻は午後三時。まだ外は暑い。かといってこのまま部屋にいると、勉強以外に手を出してしまいそうだ。

 思い切って外に出る。半ズボンのジャージと「働きたくないでござる!」の文字の入った半袖Tシャツからノースリーブのワンピースに着替える。髪も一つにくくっていたのをいつものようにハーフツインにまとめて外に出ようとしたが、外が暑すぎるためおさげに変更。

 宿題と筆記用具、スケッチブックをキャンバス地のショルダーバッグに入れて出発。照り付ける日差し、一番熱い時間帯に出歩くあたしはアホである。そんなアホが向かった先は『黒鳥』だ。

出かける前、頭のいいカップル二人に声をかけ、あわよくば手伝ってもらおうと思い、すぐさま打ち消した。今日は七月二十八日。茉実ちゃんの誕生日だ。

 茉実ちゃんが生まれたときに麻結の母親は死んでいる。命日は今日かもしれない。そうでなくとも、理由をつけて会うには、絶好の機会だろう。「妹の誕生日だから会って欲しい」とか「お祝いを言いたいから時間をくれない?」とか言えば夏休みでも簡単に会えるだろう。今頃イチャイチャしているか三人で和んでいるか。どちらにせよ、お邪魔虫になるわけにもいかない。

 かといって、奈緒に声をかけるのも何か違う。テストの点数をそれとなく探ったらどっこいの悪さだった。二人でうんうん唸っていても時間の無駄だ。奈緒の兄ちゃんは頭が良いらしいけれど、そもそもアタシと奈緒は友人と言っていいかは微妙過ぎる。お互いの友人が仲良いからつるんでいる。そんなところだ。

 出会いからして奈緒にとってあたしは印象最悪だったのは確かだろうが、毎回つつかれるとアタシもイライラする。知人以上友人未満。同じ秘密を共有する仲間。ただそれだけ。

 家にいると誘惑が多すぎる。しかし友人知人たちは絡めない。ファミレスはお金がかかるし、居たとしても二時間が限界。図書館は静かすぎる。そこで思いついたのが『黒鳥』だった。マスターなら多少は大目に見てくれるだろうし、何なら教えてもらえるかもしれない。

 汗だくになりながら『黒鳥』にたどり着く。暑い、荷物が多い、きつい。扉を開けてカウンター席に向かいながら、席に着くよりも早くアタシはマスターに声をかけた。

「マスター…なんか冷たいの…」

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