財貨の怪物の最推し。

雲麻(くもま)

0.一人経済圏怪物令嬢と貧乏地雷原公爵。


「課金と投げ銭は良い文化です。流石は異世界。我々には辿り着けぬ良き思想があります」


 一組の男女が相対している。

 女は傲慢な笑みを浮かべ、男は不安に口元を歪めていた。

 女のギラギラ輝く黄金の瞳は長い睫に彩られ、赤い唇は大きな弧を描いている。肌は白いが健康的に艶やかで、触れればしっとりと吸い付くだろう。鉄紺の髪は丁寧に結い上げられ、数多の宝石で飾られ派手ではあったが下品では無く。傲岸不遜を絵に描いたような女だが、間違いなく美女であった。

 男の方もまた、ため息が出るような美男子である。瑠璃色の瞳はうっすらと潤んで柔らかな輝きを増し、鼻筋はすぅと通って形の良い引き絞られた唇へ続く。こちらも肌は白く、少し気弱な印象を与えるが病弱と云う程でも無い。太陽の光を溶かしたような金の髪は、シャンデリアの明かりに照らされてシルクのような艶を見せていた。見た目だけは、乙女が夢見る麗しの貴公子である。


「無論、我らの世界もまた良き世界です。――この私が居るのですから」


 女は胸を張って不遜に云い放つ。豊満な胸がたゆんと揺れた。男なら思わず見入ってしまうような、立派なものをお持ちである。

 しかし相対している男はさっと目をそらした。頬から目元どころか、首まで赤く染まっている。いかにも色男な外見に反して初心なのだろう。

「そのドレス一着で郊外なら屋敷が建ちますね」と先ほど目利きの紳士に褒められた赤いドレスをまとった女は、得意げな顔で続けた。


「金ならあります。投げる程あります。誰もが羨む程持っています。誰が云ったか、私の二つ名は「一人経済圏」。私が歩くだけで金も、人も、物も動きます。小国も大国も聖地も、個人も家も組織も、たとえ悪魔や天使だって私の動向から目が離せません。“私が財貨です”。“私こそが経済です”。王侯貴族なんのその、私の一言で国境線すら変わりますとも!」


 それが冗談や過言でない事を、誰もが知っていた。名前を聞けば赤子も”媚びる”と謳われる、世界でもっとも有名な女傑の一人。

 己が財産で磨き上げた美貌に傲慢な笑みを乗せ、女は誰もが知る名乗りを上げる。


「このエルヴィーラ・クラース・フォン・ラーゲルフェルトが決めました!」


 再び豊かな胸を張り、武器になるのではないかと思うほど装飾が施された扇子を開いた状態でビシリと男へ突きつけて、フロード王国ラーゲルフェルト侯爵家令嬢にして世界一の大富豪エルヴィーラは声高々に宣言した。


「今から貴方が私の“最推し”です! 課金、投げ銭、我が人生! 私の財産全てを持ってして、貴方を世界で一番幸せにして差し上げましょう!」


 男はぽかんと口を開いて、エルヴィーラを見つめる。

 突きつけられた扇子の上には、手の平より小さい布張りの箱が一つ。それの蓋は開いていて、中には世界で最も希少価値が高いと云われる「七色魔素の金剛石」のついた指輪が、輝きながら鎮座していた。

 ――これだけで、王都の一等地に上位貴族用の屋敷が三つ土地付きで建てられる。

 金は無くとも目利きは出来る男は、痺れた脳でそれだけ理解した。



 その日。

 三代前の王弟が始祖であるグランフェルト公爵家現当主ランヴァルトは、世にも奇妙で他に類を見ない”プロポーズ”を、王妃主催の夜会にて受けたのであった。


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