38.ハウツーカット!


 迷宮前広場は、何やら大変な騒ぎになっていた。

 暫く空っぽなまま放置され、住所不定の冒険者たちの寝床と化していた王国軍のキャンプにも兵士たちが戻っている。

 その兵士たちの周りを商人らしき人物が数人囲み、更にその外側を渋い顔でタモ網や釣竿を持つ男たちが囲んでいる。

 この時点で、今後の迷宮行の予定を組むため珍しく午前中に集合していたウミ隊の面々は、嫌な予感を感じ取っている。


「一体何の騒ぎだよ?」


 エンショウは顔見知りの兵士を見つけると、小声で尋ねた。その兵士は「久しぶりだな」と一行に挨拶をしたあと、力無く首を振った。


「この辺りの川から魚が消えちまったって今朝、この辺の漁師の連中から通報があってよ。毒が投げ込まれでもしたかもしれねぇって騒ぎなんだわ。上に指示を仰いでも曖昧な返事ばっかでよ、どうしたらいいかこっちも分からんでこの騒ぎだ」


 カノウとハレが目をそらす。


「どこのか知らん、顔を隠した連中が昨日大勢で上流でなんぞやってたって子供らが言ってたぞ! 荒らしに来た、よそもんだったらどうする!」


 漁師の大声に、カノウとハレが額に手を当てる。

 そこへ、マントをつけた兵士が一人、馬に乗って颯爽と現れた。


「上からの報告だ。川から毒らしきものは検出されなかった。使用して構わない。魚は何らかの理由で一時的に減ってるだけだ。少ししたら戻るだろう。この件についてはこれ以上の調査はしないとのお達しだ」

「そんな! こっちは漁で生計立ててんだぞ! 今日の稼ぎはどうなる!」

「少しったって、いつ戻るんだ!」

「黙れ! 騒ぐな!」


 マントの兵士が刀に手をかけると、漁師たちは渋々口を噤む。


「最後まで聞け。紅碧館のアサギ殿がこの話を聞き、協力を申し出ておいでだ。魚が戻るまでの期間、金銭の援助をするとおっしゃっている。また、僧侶を呼んでの川への祈祷、餌の散布等も行うそうだ。よく感謝するように!」

「アサギ様………俺たちのような庶民のことも気遣ってくれて、やっぱりヴィオラヴェッタのご子息は違うな………」

「お若いのに孤児院の運営もされて…お優しい方だよ……」


 見ていられなくなり、一行はそっと集団から離れ広場の端で準備運動を始める。そこへ先程の兵士が「解決して良かったなぁ」とニコニコしながら歩み寄ってくる。


「機嫌いいじゃねぇか。この間、迷宮の中で会った時は死にそうな顔してたのによ」


 エンショウの軽口に、その中年の兵士は「ははは」と笑う。


「この騒ぎでよ、お坊ちゃんたちの迷宮行も暫く休みになってな。毒ってなりゃ大変だ。解決まで少しかかるって読みで…いや隊長も内心、辟易してたんだろう。口実だな。ま、それにしたって俺たちにとっちゃ、ありがてぇことだよ。なんだか用があるってんで三人ともこの街を離れるみたいだし、肩の力も抜けるってもんだ」

「二度と戻ってこないといいねぇ」


 ヨミチがにこりと笑う。


「ああ、本当だぜ。こればっかりは命拾いしたよ。何せ…坊ちゃんたち、もう三層を半分も踏破しちまってるんだからな。魔王の部屋まで、もう目と鼻の先っていう読みだ。戻ってきたら、もうすぐに秘宝の鏡の一片を持った魔王とご対面の予定だろうよ」

「三層の、半分!?」


 予想外の進捗に、一行は思わず、目を見開いて顔を見合せた。


 -


「そこまで進んでると思わなかったねぇ。二層で鉢合わせるんじゃないかくらいに思ってたよぉ」

「ほんとにな。ちょっと凹んじまうよ」


 暗闇に目を慣らすため、また前日の魚が未だに腹に残る面々の腹ごなしのため、一層をゆっくりと歩きモンスターを着々と倒しながら進む一同はため息をついた。


「仕方ないよ。アイツらに付き添ってるのは迷宮慣れしてる兵士たちで、地図も多分ベテラン冒険者から超高額で買ったものなんだから。しかも内広場に広々と専用キャンプを設けてるからいちいち地上に戻る必要も無いでしょ。もっと言えばお金のためにちまちま素材を集めたり宝箱開けたりする必要も無いんだもん。その辺の冒険者とはわけが違うよ」


「改めて言葉にするとムカつくなぁ」と貧乏代表のエンショウが眉間に皺を寄せた。


「全てにおいてアイツらに劣ってしまっているのは否めないわ。でも、それは元より折り込み済みでしょう? それに、アイツらより遥かに私たちの方が優れている点もあるわよ」

「えー? 仲良しなとこ?」

「死亡率よ」

「ああ。確かに、大怪我はあっても誰も死んでないね。自分は蘇生の取得には至ってないので皆さんの生命力には助けられてます。これからも元気いっぱい笑顔が素敵なみんなでいてください。健康第一。ナムナム」


 寺院で働く職員の独特な仕草をハレが真似たところで、一行は二層へ続く階段へとたどり着く。


「そいやさ。今日切ってて思ったんだけどよ。鼻毛って、切らずにいるとどこまで伸びるんだろうな?」


 一層を歩くより更にゆっくりと階段を降りながら、エンショウは真剣な表情でそう切り出した。


「エンショウくんってほんと好きだよねそういう話題!」

「そう言いつつこういう話でテンション爆上がりするよなヨミチくん」

「ちょっと! 失礼だなぁ…そ、そんなことないよ…」


 大口を開けて笑っていた口元を隠しながら、ヨミチはすぐ後ろで階段をおりるエンショウに肘鉄を繰り出す。


「鼻毛の話なんてしないよ、おしまいおしまい!」

「じゃあヨミチくんなんか話題振ってよ」

「えー! 恋バナする!? 恋バナ!」

「好きだねぇ恋バナ! ネタがねぇよ! 却下! 次!」

「じゃあ私が話題を提供してあげるわ」


 予想外の名乗りにギョッとして二人はハナコを見る。ハナコは、いつもの凛とした顔に薄い笑みを浮かべ、口を開いた。


「恋バナよ。ねぇ、粘着質な女を切らずにいると、どこまで至ると思う?」

「待って。嫌な予感がする」


 ハナコの言葉を食い気味で遮り、ヨミチは顔を青くする。


「兄貴の"知り合い"の女から下宿先へ手紙が届いていたわよ」

「て、手紙?」

「正しくは、兄貴の人相書きと名前と特徴と"この人を探してます。この人にこの手紙を届けてください"という手紙が添えられた封書が各地の役所に無差別に届いて。で、もれなくこの街に届いたものを、職員が今朝ご丁寧に届けに来たってわけよ」


「えーん僕だって突然誘拐されてここに来たんだよ〜! 信じてルーちゃん、君を裏切ったわけじゃないんだ…!」

「それは本人に会った時にじっくり伝えてちょうだい」

「そもそも強引なハナちゃんのせいでもあるのに…!」


 腹にある古傷を抑えながら、ヨミチはぐぬぬと歯を食いしばる。その様子を横目に見ながら、不意にここまで押し黙っていたウミが口を開いた。


「胴をよォ、どこまで切ったら、死ぬと思う」

「えー? 今度は何? なんの? なんの胴?」

「俺の」


 ヨミチの表情が固まった。


「どういうことなの…」

「俺の腹のどっかに入ってる石をよ、取り出してェんだわ」

「尿管にできるやつ?」

「いや、昔飲みこんだやつ」

「こわい」

「まず腹を切るだろ。で、石出して、死ぬ前に治癒をかければよォ、いけると思うか?」

「迷宮に毒され過ぎじゃない?」


「なァ、いけるか?」


 震えるヨミチを押しのけハレの肩に腕をまわし、ウミは尋ねた。トゲが肌に刺さることに顔を顰めながら、ハレは「状況によりすぎて分からないよ」と答えた。


「石のサイズも、体のどこにあるのかも正確には分からないんでしょ。そうなると探すのも時間掛かるだろうし、傷も大きくなる。リザードマンの身体の作りなんて知らないしさ。確約はできないよ。やりたくもない」

「そうかよ」


 ぶっきらぼうにそう言ってハレから離れると、ウミは昨日歩いたばかりの二層の道を辿り始める。


「ウミ、なんか危ないこと考えてないか? ちゃんと説明してよ」


 短く整えられた髭を指で弄りながら、ハレはため息混じりに言った。慌ててウミを追いながらエンショウも「お前、そういうとこあるぞ」と頷く。

 ウミは口の端を下げ、珍しく迷うように視線を泳がせる。そして「頼らねェなら、祖国の二の舞か」とボソリと呟いた。


「話しときてェことがある。……まァ、後でな」


 足を止め視線を向けた先。ウミ隊にとって未到達地点となる二層・大通りが横たわっていた。

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