239)舞い降りた少女

  「し、しまった! まさかこんな結果になるなんて!」




 作戦指揮通信車に居る坂井梨沙少尉は悔しそうに叫んだ。



 残った真国同盟のテロリストを玲人が制圧したと、彼女が喜んだのも束の間……。


 大量の爆弾を巻き付けたテロリストリーダーの長田が現れ、国立美術館の爆破しようと迫ったのだ。


 美術館の内部には貸切客が残っており、自爆テロを行おうとする長田の傍には突如現れた民間人の少年が居る。


 下手に長田を攻撃すれば……民間人の少年のみならず、国立美術館も爆破される可能性が高い。正に絶体絶命の危機だった。


 無人機で上空から監視していた志穂も突然入り込んだ少年の存在に気付けなかった事にショックを受けながら大慌てで作戦全域の調査を再度行っている所だ。




 そんな緊張した作戦指揮通信車の内部に、通信を報せる呼び出し音が鳴り響く。




 間髪入れず梨沙少尉が受話器を取ると、相手は駐屯地の本部に居る安中大佐からだった。




 『……坂井少尉、状況は把握している』


 「え? な、何に関して……でしょうか?」



 安中の第一声に坂井梨沙少尉は驚いた。彼女は上官である安中に現状を伝えていなかったにも拘らず、全てを理解している様な口振りだったからだ。



 正確には、玲人が美術館裏側に真国同盟の残党が集結しているのを確認した際、本部の安中に指示を仰ごうとした。



 しかし、その連絡を行う直前に現場に民間人の少年が迷い込むイレギュラーが発生した為に、連絡を行う機会を逃してしまっていたのだ。



 にも拘らず、“把握している”と言った安中に、梨沙は思わず問い返したと言う次第だ。



 『……テロリストの残党が、C4を胴に巻き美術館の爆破を行おうとしている事だ。現場に場違いな少年が来た事も理解している』


 「どうして……それを……」


 『それは今重要では無い……。それよりも事態に動きが在る様だ。悲観している場合では無いぞ』


 「……一体、どう言う事でしょうか」


 『指揮官の焦りや戸惑いは、現場で動く人間に伝わる。務めて冷静に対応してくれ。何が起ろうとも君達なら“問題無く”乗り越えられるだろう。とにかく……それだけを言っておきたかった』




 まるで全てを把握している様な安中に、梨沙は問い返すが……彼は言うだけ言うと通信を切ってしまった。



 「……何が言いたかったんでしょう? 大佐さんは……。激励? と言うか……心配すんな、的な事言ってましたね」


 「ああ、まるで此方の状況を近くで見ているかの様だった……。でも、大佐の言葉を信じるなら……何かが起こって、事態が動くらしいけど……」




 唐突な安中の言葉を受け、作戦指揮通信車に居た志穂は首を傾げながら、横の梨沙に問う。


 対して梨沙は予言めいた言葉の意味を分析している最中に……現場で動きが在った。



 「あ、姉御! 美術館の屋根を見て!」



 “それ”をドローンからの映像を見た志穂が、思わず叫ぶ。彼女の大声を聞いた梨沙少尉は、志穂が指差すドローンからの映像を見つめると……。



 真黒いドレスの様なスカートが付いた真黒い鎧を纏った幼い少女が、国立美術館屋上フェンスの上に立っていたのであった……。




  ◇   ◇   ◇




 「何を遊んでいるのですか、フィル! 私達は観光に来た訳では有りませんよ!」



 志穂が見つけた黒いドレスの様な鎧を纏った少女が……不安定なフェンスの上で立ちながら、眼下を見つめて叫ぶ。



 まだ幼さの残るその少女は、赤い髪をおさげに纏めており、如何にも利発そうな美少女だ。



 彼女は地上に居た白い服の少年に向かい叫んだ後……何とフェンス上から飛び降りた。



 地上から15mは有る高さだ。そんな高さから飛び降りれば即死するだろう。


 にも関わらず赤毛の少女は、蝶の様に華麗に舞い降りた。そして隻眼の真黒いスーツを着た玲人を見て、深く丁寧にお辞儀して挨拶した。



 「……御久し振りで御座います、マニオス様……。いえ、今は転生され玲人様と名乗られておられましたね。私の名はアルジェ……そして、そこの小さいのが義弟のフィルで御座います。

 玲人様は覚えておられないでしょうが……前世では、私共姉弟を救って頂き、そればかりか随分と可愛がって頂きました。そのせめてもの御恩返しとして、本日の覚醒の儀……フィル共々誠心誠意尽くさせて頂きます」



 アルジェと名乗った利発そうな少女は、淀みなく話した後……もう一度玲人に向かい深々と礼をした。



 フィルと紹介された少年もアルジェに見習って、慌てて玲人に向かい頭を下げる。



 対する玲人は突然の事に呆気にとられたが、行き成り場を乱された真国同盟の長田は怒りと焦りで、舞い降りたアルジェに対し叫ぶ。



 「な、何者だ! お前は!?」



 長田は高所から舞い降りたアルジェに強い危機感を抱いた様だ。



 「……ああ、貴方はマールドムの前座の方ですね……。貴方とお仲間のご活躍を見させて頂きましたが……覚醒の儀に何の貢献も出来ない働きぶり……前座すら果たせておりませんでしたね。ずっと見ておりましたが、余りの体たらくに愚弟のフィルまでのんびりと寛ぐ始末……流石に我慢出来なくなって、出てきた次第ですわ。この場は私達姉弟が引き受けます、どうぞお帰りになって下さい」



 小馬鹿にした様子で残念そうに話すアルジェに、長田は怒りを抑えきれなくなり……行き成り短銃を構えて呟いた。



 「子供とは言え目障りだ、死ね」

 

 “パァン!”


 長田は言い終わると同時に発砲する。唐突な行動に、流石の玲人も出遅れ反応出来なかった。



 しかし……アルジェは倒れる事は無かった。



 長田に発砲された時、アルジェの右腕は一瞬ぶれた様な残像を見せて電光の如く素早く動き、彼女の顔面で何かを握り締める格好で静止した。



 「……なるほど……こんなオモチャを振りかざす事しか出来ない様では、前座すら務まりませんね……トルア様も、さぞ苦労されたでしょう……」



 そう呟いたアルジェが握り締めていた手を開くと……掌から弾丸が零れ落ちた。



 「ば、馬鹿な!?」



 それを見て驚愕した長田が続けて短銃を発砲する。対してアルジェは一歩も動かず右手だけが見えない速さで動いた。


 そんな彼女に恐れを抱いた長田は短銃を撃ち続ける。




 そして……。



 “カチン カチン”



 長田の短銃は弾切れを起こし、引き金の音だけが虚しく響く。



 アルジェは狼狽える長田を憐れむ様に見ながら、握り締めた右手をゆっくりと開いて見せる。



 すると、先程と同じ様に開いた掌からパラパラと放たれた銃弾が、地面に落ちるのだった。



 「……やれやれ……この私は後方支援が基本だと言うのに……そんな私にすら相手にされないとは……呆れるしかありませんわ……」


 美術館屋上から舞い降りた、美しい少女であるアルジェは溜息を付きながら心底呆れる様に呟くのだった……。


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