163)模擬戦(女の勝利)-30
小春の傍に寄り添った、玲人は倒れている小春を抱き抱えて声を掛ける。
「小春! しっかりしろ小春!」
玲人は目を覚まさない小春に強い焦りを感じた。其処に修一が脳内から玲人に話し掛けた。
“……玲人、気を付けて……今の小春ちゃんは……”
対して玲人は慌ててる為か、ぞんざいに修一に返答した。
(父さん、今は後にしてくれ! 小春が目を覚まさないんだ!)
脳内で修一にそう叫んだ玲人は、いつもの冷静さを欠いていた。その様子を感じた修一は、溜息を付きながら一人呟いた。
“……コレは早苗姉さんの作戦勝ちだね……小春ちゃんじゃ無いけど、玲人にも不足しているのは経験か……
修一は静かに呟いたが、その声は動揺している玲人には届いていなかった……
「目を覚ませ! 小春!」
玲人は小春を抱き抱えながら、声を掛けると……
「う、うぅん……」
そんな小さな声と共に小春が目を覚ました。小春は、ぼんやりとした様子で玲人に話し掛ける。
「……れ、玲人君……なの?」
「ああ! 俺だ、小春! 大丈夫か!」
まるで夢を見ているかの様な小春の言葉に玲人は大声で答える。すると小春は心底嬉しそうな顔をして玲人に抱き着き、そして右手を玲人の首に廻して、いきなり唇を奪った。
そして小晴は舌を玲人に唇の中に絡めて、濃厚なキスをして来た。いきなりで驚いている玲人の唇を十分堪能した後、小春は玲人の唇を開放し、妖しく濡れた黄金色の瞳を悪戯っぽく輝かせて、小さく呟いた。
「……作戦成功ね? ……玲君、この模擬戦は私達の勝ちよ!」
そう言って小春は玲人から少し離れた。小春の左手には潰れたペイント弾が握られており、対する玲人の胸にはべったりと黄色いペイントが付けられていた……
玲人は気を抜いて笑顔で小春? に話し掛けた。
「……やられたよ、母さん……俺の負けだ」
「玲君、私に負けたんじゃない。貴方は小春ちゃんに負けたのよ……本当は母親として玲君を応援したかったけど、玲君の為に頑張る小春ちゃんに根負けしたわ。全く……見てられないんだもの……」
素直に負けを認めた玲人に対し、早苗は朗らかに答えた。
「その通りだ、母さん。小春には本当に驚かされた」
「……確かに頑張ったわね、小春ちゃんは……所で、今日の所は模擬戦は御終いね……だけど……私には後始末が残っているわ……」
小春に対する玲人の称賛の声に対し、同意した早苗は、最後にそう呟いて指揮通信車の方を敵意有る視線でじっと睨んだ……
――早苗が睨んでいる指揮通信車内では、坂井少尉が驚きの声を上げていた。
「……信じ、られない……小春ちゃんが……勝ったわ……」
ちなみに、指揮通信車の中に居た志穂は、車内の簡易ベットに寝かされていた。そして玲人により気絶させられた前原達は安中の指示で薫子が居る救護班が出動し、医務室に搬送される準備がされている最中だった。
玲人が模擬戦とはいえ負けた状況に驚いている坂井の声に安中大佐は、梨沙以上に驚き心此処に非ずと言った雰囲気で呟く。
「…………まさか、彼女が……勝つとはな……コレは、予想外だった……」
そんな安中の様子を不思議に思った梨沙が問い掛ける。
「……拓馬、どうかしたの?」
「いや、何でも無い。まさか無敗の准尉が模擬戦とはいえ、初参戦の石川技官に敗れた事に驚いたんだ」
梨沙に問われた安中は、今度は冷静に答えた。
「確かにな……あたしも信じられ無いよ……あれ? 小春ちゃん、こっち凄い見てるよ」
「……いや、今の彼女は早苗さんだ」
そう言い切った安中に梨沙は違和感を覚えて聞き直す。見た目では早苗と小春は全く分からず、たった今まで小春が玲人と戦っていた為、早苗の名前が出る事自体が坂井にとって予想外だったからだ。
「え? 何でそう思うの、拓馬?」
「……唯の勘さ……」
問い掛けた梨沙に対し、安中は微笑んでそう答えるのみだった……
一方、早苗の傍に居た玲人も早苗の“後始末”の意味が分らず早苗に聞き返した。
「後始末? どういう事だ、母さん?」
「野暮用だから気にしないで、玲君……とにかく、模擬戦は終わったし……“物知り”大佐さんのトコに戻りましょう?」
「……?」
早苗の含みを持った言葉の意味が玲人には分らなかったが、促されるまま指揮通信車に玲人と早苗は向かった
こうして、特殊技能分隊による大波乱に満ちた模擬戦は漸く終了したのであった……
その後、玲人は梨沙と共に医務室に居る特殊技能分隊の面々の様子を見に向かった。薫子も医療関係者という事で、部隊の皆を診察していた。
……一方早苗はと言うと、“後始末”の為に一人駐屯地官内ビルの屋上に足を運んでいた。とある人物に早苗が“心通”の精神通話で呼び出しを掛けた所、この場所を指定された為だった。
屋上に早苗が到着すると、件の人物は既に待って居た様だ。早苗は声を低くして話し掛ける。
「……お待たせした様ね……“物知り”大佐さん?」
「……何の事かは分らんが、貴方に教えられる様な事は無いと思うがね。八角早苗さん……」
早苗が呼び出した人物とは、玲人の上官である安中拓馬大佐であった……
「……それで……何の用かな? 早苗さん……」
安中は早苗に対し落ち着いて問い掛けた。対する早苗も堂々と対応する。
「……聞きたい事が沢山有るけど……まずは、この質問に答えて貰おうかしら? 安中さん……貴方は一体……何者なの?」
「何の事か分らないな……私は中部第3駐屯基地に所属する一人の軍人に過ぎない。過分にも大佐と言う立場を頂いているが」
早苗の問いにも安中は平然と答える。
「……馬鹿にしないで。今の私は貴方の本質を感じる事が出来る。安中大佐……貴方は人間じゃない」
「ハハハ……私もこの立場になるまで様々な誹謗中傷を受けて来たが……人間扱いされなかったのは今回が初めてだ」
早苗と安中との間に不穏な空気が漂いだす。
「…………あくまで惚ける心算なら……こっちにも考えが有るわ!」
そう言って早苗は、意志力を込め白く輝かせた右手を安中に向けて向けた。その光る右手には雷光が迸っている。
……安中に対し強力な電撃を放つ心算だ。対して安中は慌てた様子で早苗に話す。
「落ち着きたまえ! 早苗さん! 君の能力は一般人には危険だ!」
「……一般人にはね? 貴方は……如何なのかしら!?」
そう叫んで早苗は、強力な電撃を安中に放った。
“ビキャアン!!”
光の速さで放たれたその強力な電撃は人を殺すには十分な破壊力を持っていた。
電撃を受けた安中は服が焼け焦げ、静かにうつ伏せに倒れた。
“ドサッ”
そして、沈黙が二人の間を支配したが……
「……白々しい茶番は止めて貰えるかしら? 今どきの小学生の演劇に劣るわよ、その三文芝居は?」
早苗は転がっている安中に冷たく言い放つ。安中の軍服は所々、無残に焼け焦げ炭化している。如何見ても安中は無事な筈が無かった。それこそ絶命していても不思議では無い程の強力な電撃だった。
しかし……
「……全く酷いな……私以外だったらどうする心算だったんだ?」
そんな軽口を言いながら、安中は何とも無い様子で立ち上ったのだった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます