98)久々

 二人がログハウスに戻ると、玄関のドアが開いている。


 「おかしいな、ドアは閉めて出た筈なのに」

 「ああ、父さん。俺は父さんがドアを閉める所を確認したが」

 「誰か……来る訳、無いよね」

 「此処は俺達の心の世界だ、此処に居るのは俺達と“彼”だけの筈……まさか“彼”なのか?」

 「……可能性は、有るね」



 二人は緊張しながら、ドアを開ける。すると其処には……



 「……お帰りなさい、修君。玲君も」


 涙を湛えながら満面の笑みで出迎える早苗が居た。



 玲人達は丸太のテーブルセットに向かい合って座った。玲人は小春の体を借りていない早苗の姿を見るのは初めてだった。


 写真の姿でしか本当の早苗を見た事が無かったが、その顔は仁那と瓜二つだった。早苗は玲人が持っている写真の通りの制服を着ており女性らしいプロポーションが整った体と栗色のルーズウェーブの髪を持ったとても美しい顔をしていた。


 早苗は、心の世界だと言うのに不思議な話だがキッチンで夕食を作っている。ずっと作りたかったらしい。

 


 「はい、召し上がれ」


 そう言って早苗が玲人と修一に作った夕食は豚の生姜焼きと筑前煮だった。


 「この心の世界では、本当はイメージしただけでも出来上がるけど、修君と玲君に出すんだから手を抜きたく無いから、材料からイメージして用意しちゃった。現実世界でもちゃんと作るからね」


 早苗はそんな風に言いながら夕食を玲人と修一に配膳する。二人は早苗に勧められるまま夕食を口にする。


 「う、美味い」


 玲人は早苗の料理の美味しさに正直驚いて呟いた。其処に修一が続ける。


 「早苗姉さんは料理がとても上手なんだ。もっとも、料理だけじゃ無く何でも出来る凄い人なんだけどね」

 「いやね修君、玲君の前よ。照れるからやめて……」


 早苗は修一に褒められて顔を真っ赤にして照れている。そして早苗は修一にしな垂れる様に寄り添っていた。対する修一はそんな早苗に自身も、顔を赤くしながら食事をしていた。


 玲人はタテアナ基地での早苗の暴走を見ているだけに、目の前の早苗の激変ぶりに如何にも落ち着かない。気持ちを落ち着かす為に、美味しい夕食を黙って食べる事にした。



 食事を終えて早苗が出してくれたお茶を頂き一服している時に、玲人は気になっていた事を早苗に聞いてみた。


 「母さん、どうやって此処に来れたんだ?」


 早苗は相変わらず修一に寄り添いながら、何でも無い様に答える。


 「そんなの簡単よ、玲君。仁那ちゃんが玲君や小春ちゃんの心に入れる様に、私も同じ様に玲君達の心に入れるわ。だって、私は仁那ちゃんと小春ちゃんと同一の存在なのよ。仁那ちゃんが出来る事は私も出来るし、小春ちゃんも出来るの」


 「そうか、だから俺達の心に入る事が出来た訳か」


 「そうよ、但し、仁那ちゃんと小春ちゃんが眠ってる時だけね。でも修君ったら酷いわ! 私の所には来ないで、外の世界の探検なんかして! 14年も経ったら私の事なんか如何でも良くなったのかしら?」


 早苗は修一をジト目で睨みながら恨み言を言う。そんな早苗に対して修一は真剣な顔をして語り掛ける。


 「ごめん、早苗姉さん。僕はこの暗闇の世界が如何しても気になって……放って置くと僕達家族にとって、きっと良くない事の様な感じがするんだ。

 そして、どうか信じて欲しい。僕は早苗姉さんの事を忘れた事等など、一瞬も無いよ。僕達家族が死んでしまった日から、仁那ちゃんの中に早苗姉さんが居ると分って、そしてこうして、会う事が出来て……こんなに嬉しい事は無いんだ……」


 修一は涙で赤くなった目を逸らさず、早苗を見つめて熱く語る。早苗は小さく溜息を付いて、修一に抱き着き耳元で囁いた。


 「狡いわね……そんな言い方、何も言えなくなるよ……もう、いいわ」



 早苗は、修一に抱き着いたまま情熱的に唇を重ねる。その勢いは止まりそうになく、修一も特に抵抗も無くされるがままだ。このままでは拙い流れになりそうだと、二人の息子である玲人は、溜息を付きながら二人の行為を止める。


 「コホン、父さん、母さん……仲が良いのは息子として素晴らしい事なんだが……出来れば二人きりの時にお願いしたい」


 対して修一は慌てて早苗から離れ、早苗は残念そうに玲人に話す。


 「あのね、玲君、此れは仕方の無い事なの。だって14年振りにこうして会えたのよ。でも玲君には刺激が有り過ぎるから、その、えーと、疲れたでしょう? そろそろ寝た方が……」


 言外に玲人を追い出そうとする早苗に玲人は呆れて修一に問い掛ける。


 「……済まない、父さん。少し聞きたいんだが母さんは昔から、こんな人だったのか?」


 玲人の呆れ顔に修一は思わず苦笑しながら答える。


 「早苗姉さんは昔はもっとお淑やかだったけど、あの事件の後より少し? 暴走気味になってるね。でも今の活発な早苗姉さんも凄く魅力的だよ」


 修一は横の早苗に微笑みながらフォローする。早苗は堪らず修一に抱き着いた。


 「修君! やっぱり修君は最高よ!」


 「あはは、有難う早苗姉さん。だけど、僕に約束して。弘樹さんや薫子さん、それと軍の人達に暴力を振るっちゃダメだよ。確かに、僕達家族は不幸な最後を迎えたけど、それで終わりじゃなかった。

 ちゃんと次が有ったんだ。次の為にも此処で禍根を増やすべきじゃ無いと僕は思う。此処で誰かを殺したり傷付けたりしたら、別の憎しみや悲しみが生まれて結局イタチごっこだよ」


 「うん! 修君が言うなら我慢する」


 修一は早苗に今日の事を柔らかく諭すと、早苗は借りてきた猫の様に素直に従う。その様子を見た玲人は、今日のタテアナ基地の苦労は何だっただろう、と落胆すると共に次に早苗が暴走した際は修一を召喚しようと心に決めたのだった。



 漸く落ち着いた早苗を前にして、玲人は提案した。


 「……今日有った出来事を整理しよう。小春達を守る為に」

 「同意するわ、玲君。あの子達はまだ、お子様ですもの……私達が守ってあげないと」

 「そうだね、早苗姉さん。もう二度と、14年前の悲劇は僕は起こさせない。その為に死力を尽くすよ」

 「修君……」


 修一の言葉に早苗は歓喜の表情を浮かべ、我慢ならないと言った様子で修一を強く抱き締めた。そしてまた、修一の唇に口付を始め様としたので……横に居た玲人は、苦笑しながら早苗を制止した。


 「あー、うん。もう少ししたら帰るから、その後、母さんは父さんと存分に仲良くやってくれ。その前に話しておきたい事が有るんだが……母さん。其れで良いか?」 


 「もう、玲君は真面目なんだから。もうちょっと空気読む努力が必要よ?」

 「……その言葉、そっくり母さんに返すよ」

 「ははは、ゴメンね。玲人、早苗姉さんの事は僕がフォローするよ。それじゃ、僕が司会をしようか。まず僕の方だけど……」


 そうして、修一を司会に互いの状況を説明する。


 修一の方は、先ずは自分が死んだ後、玲人の心の中に居た事から始まり、突然生じた暗闇の世界と巨大な手の中に居るだろう“彼”の事を話した。


 玲人は駐屯地で生じた出来事と突然修一と会える様になった事、そして自身の能力変化についてを話した。


 早苗は、おさらいも含め今日の出来事全体と、早苗自身が死後どうなったかをマセスの件も踏まえ全員に説明した。



 こうして3人は自分自身に起こった稀有な出来事に話しあったのだった。


 

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