89)シェアハウス

 小春が自らの精神を集中し、早苗と仁那に会いたいと強く望んだ。すると、一瞬で小春の意識は移動した。移動した其処は小春の自室だった。


 小春の自室に、見覚えのないコタツが置かれ定番のミカンも置かれていた。コタツには早苗と仁那が潜り込んでいる。



 「あれ? ここ、わたしの……部屋?」



 小春が移動して来た場所が自分の部屋だった事に戸惑った。それに答えたのは早苗だった。


 「よく来たわね、小春ちゃん。私達のシェアハウスにようこそ」

 「えっと……此処はわたしの家ですか?」


 「正確には違うわ。外観は小春ちゃんの記憶から、現実世界の貴方のお家を参考にさせて頂いたけど、私達3人が集まる為の場所として私がイメージして作ったの」


 「小春ー! 此処に座って!」


 早苗の説明の後、仁那がコタツに入る様促す。小春は仁那に言われた通り、コタツに入った。


 「……不思議ですね、外の世界では暑くてコタツなんて季節違いですけど、此処だと丁度いい感じです」


 「此処は、小春ちゃんの心の中の世界よ。私達はもう小春ちゃんと同じ存在だから、私がイメージした通りのものを形にする事が出来るの。だから此処の温度とかの環境も思い通りよ……こんな風に」



 早苗がそう言った瞬間、小春の部屋は一変し、周囲は一面雪の銀世界になった。そして気温も痛い位冷たく下がった。


 ”ビュオオオオ!”


 身を着る様な吹雪が吹き荒れている世界だ。


 「な、何ですか……此処! 寒すぎます!」

 「お母さん!! 無茶苦茶寒いよ!!」

 「ハイハイ、元に戻すね」


 そう早苗が言った瞬間に元の小春の部屋へと戻った。


 「まぁこんな感じで私がイメージして、此処に小春ちゃんの家を模倣して建てたのよ。この家なら仁那ちゃんも“目”を通じて知ってるし、私も仁那ちゃんの中から見てたから、集まるには丁度いいと思って」


 「やっぱり、お母さんは凄いわ!」

 「ええ、本当に……細かい所まで、同じです……やっぱりわたしの記憶を見てイメージしたんですか?」


 小春は、早苗が建てたシェアハウスの完成度の高さに早苗に聞いてみた。


 「そうよー もう、私達と小春ちゃんは一緒の存在だから、記憶を見るのは簡単だったわ!」

 「へー 凄いな……うん? 一緒の存在? ……そうだった!! 初めに色々ビックリして、肝心の目的を忘れる所だった!!」

 「……チッ、もう少しだったのに……」

 「なんか……いいましたか? 早苗さん?」

 「いえいえ、何も無いわよ? 小春ちゃん」


 「とにかく!! 早苗さん! 仁那! 此処に座って下さい!!」

 「「……はーい」」



 小春は声を上げて、早苗と仁那をコタツに正座させる。そして二人に説教を始めた。



 「わたしは今、怒ってます! 何故だか分りますか!?」

 「……あの日?」

 「…………お腹、すいてる?」

 「ち、違うわー!!」

 

 「……いいですか、二人とも。二人はもうわたしと同じ存在になったんだから、わたしの体を使うのは問題ありません。でも! 全裸で仁王立ちしたり、玲人君に抱き着いたりしたらダメです!! それと早苗さん! 薫子先生に酷い事したみたいですけど其れもダメです!」


 「色々細かいわね……」

 「でも、小春も玲人にさっき抱き着いてたよね? 裸で」

 「うああー!! そうだった!!」


 仁那の真っ当な突込みに悶える小春だったが、負けずに言い返す。


 「わたしの事はいいの! だけど、早苗さんと仁那の暴走は度が過ぎています!! 特に早苗さん! その、わたしの了解なく玲人君に、あの、激しいキスとか……勝手にしないで……下さい」


 初めの勢いは段々と小さくなり、仕舞には小声になって呟く。早苗が玲人に迫った行為は小春にとって刺激が大き過ぎたのだ。


 「私にとって、14年ぶりで修君や玲君と会えたんだから仕方ないでしょ。それに、いいじゃない、ディープキスくらい。減るモンじゃないし」


 「色々減るんです!! わたしの心のダメージとかが激しく! 絶対止めて下さい!」

 「ちぇー、せっかく生まれ変わったから、スグに修君と愛し合えると思ったのに……」

 「あ、愛し合う……って、お、お願いします! 絶対、わたしに黙って、そんな事しないで下さい!」


 「ハイハイ、五月蠅い嫁ね。いいわよ、作戦考えるから。今度、小春ちゃんが寝てる時に、とかね……?」

 「ぐわー!! 全然分ってないよ! この人!! ぜーったい! や・め・て下さい!」


 此処で早苗の隣で大人しくしていた仁那が早苗に質問する。



 「ねぇ、お母さん? “愛し合う”とどういう事? なんで、小春はあんなに怒ってるの? 悪い事なの?」

 「「…………」」

 


 小春と融合してからの仁那は、体が小さくなった影響で、精神も同様に幼くなっていた。その為、仁那が気になった事はストレートに聞いてくるが、仁那のこの質問攻撃は、いつも小春の心に大きなダメージを与える爆弾になり為りうる。


 此処で小春が何て答えようか、悩んでいると早苗が優しく仁那に語りかけた。


 「仁那ちゃん、“愛し合う”って事はとってもいい事なのよ。それは愛し合う人同士しか出来ない事なの。でも小春ちゃんがやめてって言ったのは、小春ちゃんがお子様だからよ。仁那ちゃんもまだ、小さいから大人になってからね。お母さんはもう大人だから、玲君と仁那ちゃんのお父さんと“愛し合う”は出来るのよ」


 「へー、分ったよ。お母さん」


 “いい子ね”と言って仁那の頭を撫でる早苗を恨めし気に小春は見る。お子様扱いされ何気にディスられたからだ。何とか言い返そうと考えていた時、仁那がまた、質問を続けてきた。



 「ねー、お母さん。結局“愛し合う”ってなに?」

 「仁那ちゃん? 分らない事をお母さんに聞く事もいいけど、自分で調べてみる事も大事な事よ」


 「うん! 分った! どうしたらいいの?」

 「いい子ね! 其処のクローゼットの奥の収納ボックスに、小春ちゃんが隠してるちょっとHな少女漫画が有るからそれを見て、勉強してね」

 「うん、分っ……」

 「ちょ、ちょっと! 何で知ってるんですか!? って勝手にバラさないで下さい! あっ! ダメよ! 仁那! そこ開けないで!」



 「はぁ、はぁ……何でこんな事に……」



 何とか、仁那のクローゼット侵入を防いだ小春は酷く疲れていた。


 横で仁那が“小春のケチー”と文句を言い早苗が“お子様だから許して上げて”等と、仁那を慰めている。小春は気を取り直し、改めて二人に注意する。


 「と、とにかく! 二人とも! わたしの知らない事で変な事しないで下さい! 特に早苗さんは玲人君に抱き着いたりキスしたり、その、変な事しないで下さい! 仁那も裸で走り回ったりしたらダメよ!」


 「「…………」」


 強く迫る小春に、早苗と仁那の目が泳いで沈黙している。其処へ小春が声を上げて確認を二人に取る。


 「返事は!?」

 「「……はーい」」



 早苗と仁那は渋々と言った様子で返事をする。そんな二人に溜息をつきながら小春は、再三約束させるのだった。



 「約束ですよ! 本当にお願いします! 2人とも分ってくれたなら、戻りましょうか」

 「やった!」 

 「今度は誰が小春ちゃんの中に入るの?」


 早苗のの質問に小春は少し考え、自分の思いを早苗に伝えた。


 「仁那……でいいと思います。仁那は一度も歩いた事が無いでしょうから、外の世界を見たり、触ったりしたいでしょう」


 「いいの!? 小春、有難う!」

 「良かったわね、仁那ちゃん」

 「早苗さんも其れで良かったですか?」


 「私は、修君が無事な事も分かったし、玲君とも会えたから……それに薫子姉様に“お礼”したかったけど、仁那ちゃんや玲君が止めるからね……だから、今度小春ちゃんの体にはやっと元気になった仁那ちゃんが優先よ」


 「有難う! お母さん。だけど薫子に乱暴したらダメよ」


 「そうですよ、早苗さん。薫子先生が居なかったら、仁那も早苗さんも助からなかったんですから。弘樹さんも同じです。玲人君や仁那の為、一生懸命働いていました。だから……お願いですから堪えて下さい」


 「……分ったわよ、今頃頑張られてもって言うのが私の正直な気持ちだけど、仁那ちゃんや玲君に悲しい想いはさせられないし、此処は小春ちゃんの言う通り堪えるわ」


 「お母さん、大好き!」

 「有難う……早苗さん」


 “それじゃ仁那が体使っていいよ”という小春の言葉により、早苗と小春はシェアハウスに残る事になった。早苗と小春は体を使う仁那の様子を此処から見聞きする事になる。


 もっとも早苗と小春が強く意識さえすれば、いつでも小春の体を使う事が出来た。


 「それじゃ、“あっち”に行きます!」

 「仁那! さっきの約束守ってね!」

 「仁那ちゃん、玲君と修君に宜しくね?」


 そうして、小春と早苗に見送られながら、光に包まれ、仁那は現実世界の小春の体に意識を移すのだった。



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