81)悪寒

 志穂と沙希の圧力に屈する形で玲人は二人に小春の事を相談していた。


 「……なんて大胆な……小春ってあの浮かばれない子よね……若さって恐ろしい……」

 「でもその小春って子、健気よねー? ……それで玲人君はどうする心算なのかな?」


 沙希の問い掛けに玲人は一瞬固まり、そしてゆっくり答えた。


 「……小春の好意は……嫌では、ない……しかし俺には姉を守る、という使命が……」


 玲人の答えに沙希は悪戯っぽく聞いた。


 「アレ? 玲人君は強いんでしょ? お姉さんを守りながら、その子の事も大事に出来る事なんて簡単でしょう?」

 「しかし、俺は姉を放置は出来ない……」

 「エスパー玲ちゃんなら、何だって出来るじゃん。玲ちゃん、私言っただろ? 人間は壁を乗り越えて行くモンだって。だから、お姉ちゃんの事を守りながら、その子と付き合う事は乗り越えられるよ」


 志穂の言葉に玲人は考え込んで、呟く。


 「有難う、泉さん、志穂さん。小春との事をもう少し考えてみます。先程、伊藤さんからも友情にそれは無いって言われましたし」

 「ダルマは正雄と遊ばせとけ。アレの意見は筋肉脳から出る膿見たいなモンだから、忘れていい」

 「志穂さん……伊藤さんも数少ない経験の中から何とか頑張ろうとした結果なんだから、あんまり言ったら可哀そうよ……結果はアレだったけど」


 奥のテーブルで暗い目をしている伊藤に対し地味に酷い意見を重ねる志穂と沙希に、玲人は一番気になっていた事を聞いてみた。



 「所で小春は“俺と姉を絶対助けて見せる”って言ったんですが、様子が何時もと違うので気になりまして」

 「確かに気になるね。梨沙さんの話ではその子はいきなりキスをする様な感じの子じゃなかったと思うけど……」

 「突然のキスからの、その言葉……凄い覚悟を感じるな」


 玲人の問いに沙希と志穂が其々答える。二人が言った事に玲人はある事を思い出した。


 「そう言えば、小春は少し前俺におかしな事を言っていました。確か“もしわたしが仁那の事、助ける事が出来たら喜んでくれる?”と俺に聞いてきたんです」


 「……思い付きじゃない、何かあるな」


 玲人の言った事を志穂は額に手をやり、唸って答えた。そして続いて沙希が玲人に質問する。


 「それで、玲人君はその、小春って子にその時になんて答えたの?」

 「はい、俺は小春にそんな事になったら、“俺は君の為に生きる”と約束しました」


 「「…………」」



 玲人の答えに二人はしばし沈黙し、向き合って頷き合った。


 「……志穂さん……」

 「……ああ、沙希。多分そうだ……」


 納得し合った沙希と志穂の様子を見て、玲人は不思議に思い聞いてみた。


 「……二人とも、何か分ったんですか?」

 「ああ、玲ちゃん。多分な……その小春って子は玲ちゃんの姉ちゃんの為に犠牲になる気じゃないか?」


 「……そんな、バカな……」


 玲人は志穂の予想に完全に困惑した。しかし、そう考えると色々辻褄が合う事が有った。


 まず薫子の事だ。何年も仁那の治療法は見つからなかったのに、最近になって“仁那を元気にする方法は見つけた”と言っていた。


 それに薫子と小春は最近良く会っていた。大御門総合病院での度重なる入院も今考えれば不自然だ。“PTSDの為”と薫子は言ったが入院する状況とは思えない。


 ……そして最近の小春の言動。考え出すと疑問は確信に繋がってくる。


 (まさか、まさか……小春を犠牲にして仁那を助ける心算なのか!?)


 「…………」


 玲人は無言で立ち上がり、ドアに向かおうとした。その状況に、酔っていた伊藤と前原も玲人の異常に気付き立ち上がった。


 「い、いきなり如何した、玲ちゃん!」

 「待って! 玲人君!」


 そんな様子に慌てた志穂と沙希は玲人を止め様とする。しかし玲人は振り向かず答える。


 「……お二人の疑問、案外的を得ているかも知れません……確認に戻ります」

 

 

 そう言って立ち去ろうとした玲人に突然、異変が生じた。頭の中で聞きなれない少年の声が突然響いたのだった。



 “玲人……止まった……時間が進むよ……”



 そして突然視界が奪われ、玲人は意識を失ったのだ。


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