9章 至福の出会い

80)伊藤曹長の奮闘

 一方その頃“彼の人”である玲人は中部第3駐屯基地の特殊技能分隊にて訓練の後、ミーティングをしていた。先日のショッピングモールでの事件について状況説明と今後について安中が分隊のメンバーに説明していた。


 もっとも玲人は当事者だったが、いつもの様に他人事の様に聞いていた。


 「……以上が今後の対策だ。君達特殊技能分隊としてもその方向で対応してもらう。何か質問は?……無い様だな、では解散とする」

 


 ミーティングの後、駐屯地の中のクラブで打ち合わせ兼飲み会(玲人は夕食のみ)を行っていた。忙しすぎる安中は後処理の為、駐屯基地に残っていた。


 坂井梨沙少尉はそんな安中を手伝う気は無く逆に仕事を押し付けた後クラブに参加するとの事だった。


 このクラブに居たのは特殊技能分隊全員と、その他、別な部隊10人程度だった。クラブで何時もの通り、垣内志穂隊員が玲人に絡む。


 「玲ちゃん、今日なんか元気無いよー どうしたのよー」

 「いえ、志穂隊員。そんな事は……」


 志穂に混じって泉沙希上等兵が口を挟む。


 「玲人君、自分でも気が付いて無い様だけど、今日は何時もの3割増しくらい、ボーとしてるわよ」

 「……そんな……筈は無いと思う」


 思い返し、呟く玲人を見て、前原浩太兵長が志穂や沙希に同意する。


 「本当だよ、玲人君。何かあったのか?」


 前原に続いて伊藤雄一曹長も声を掛ける。


 「玲人君、君の事情は聞いている。俺達で良ければ相談に乗るぞ」


 分隊の皆は玲人の戦う理由や仁那の事情を聞いているので、常々力になりたいと思っている様だった。 

 

 玲人はそんな分隊の皆に遠慮するのは良くないと思い、自分が気掛かりになっている点について自分の隣に居た伊藤に聞いてみる事にした。


 「……伊藤さん、実は俺の友人が“俺と姉を絶対助けて見せる”って言ってたんですが、様子が何時もと違うので気になりまして」


 玲人の話を聞いた伊藤は“うむ”、と唸って質問する。


 「……その友人はどういう奴だ?」

 「はい、俺と姉の共通の友人です」

 「そうか、君自身と君の姉の体を案じ、何かしたいと思ったんだろう。いい奴じゃないか」

 「ええ、素晴らしい友人です」

 「玲人君、友情と言うものは生涯通じて大事なものだ。大切にするといい」

 「はい、伊藤さん。俺もそう思います」


 伊藤は玲人が何も言わなかったので完全に勘違いした。小春の事を“男”だと。


 「そう言えば伊藤さん。実はその友人にいきなり……」

 「いきなり如何したんだ? 玲人君」

 「ええ、実は目を瞑るように言われたのでその通りにしていると、いきなり口付されました」

 「ううん!? い、いま何て言った玲人君」


 これは拙い展開になった、と慌てる伊藤。


 「はい、伊藤さん。いきなり口付けされました。俺は意味が分らなかったので、どういう事か考えてみたんですが、そういう事は好意を持つ者が行う事だと、叔母の小説に書いてありまして……その、どうしたものかと」


 伊藤は完全に慌てた。


 “これは俺が手に負える事態ではない、前原助けてくれ”


 と前原に視線を送ると、前原は志穂に無理やりモノマネをさせられ、沙希に“面白くない”と言われオシボリを投げられていた。


 当てになりそうに無いと自覚した伊藤は自分なりに玲人を導こうとした。


 「……玲人君、友情には適切な距離が有ると俺は聞いた事が有る。その、余りその友人と近付き過ぎるのは、どうか、と」

 「……うん? 伊藤さんは先程“大切にするといい”と仰いませんでしたか?」

 「もももちろん、そう言った。しかし口付はいかん、友情にそれは無い」

 「成程、友情以上の関係であればいいと」

 「いや、その、待て玲人君。友情は友情で置いとけ。第一、君もいきなり(男と)されて嫌だっただろう」

 「……それが不思議なんですが…嫌、という感じでは無かったんです」

 「…………」


 (こ、これは拙い。伝説の隻眼が男色に目覚めてしまう。止めるのは今だ)


 「玲人君、その感じは間違いだと俺は思うぞ。友人同士で、そのそういう事は……」

 「やはり伊藤さんは、友人以上の関係を築くべきだと言う訳ですね。成程、有難うございました」

 「…………」


 伊藤は自分が悩める彼に、大人として頼れる所を見せてやろうと思った結果が、どんどん取り返しが付かない方向に来ている事に大いに焦った。何とか止めねばと強く思った伊藤は、半ばヤケクソで回答した。


 「れ、玲人君! 俺も、昔後輩の正雄に告られた時はどうしようか一瞬悩んだ。男同志の恋愛でも場合によっては有りだと俺は思うが、君はまだ……」

 「伊藤さん」

 「どどうした、玲人君」

 「えっと……男同志? 小春は女ですが?」


 玲人は伊藤の必死アドバイスに冷静に返答する。ここで伊藤は周囲の目が自分に集まっている事に今更気が付いた。


 「……伊藤さん……俺は、男同志はちょっと……」

 「……伊藤さんて実は、そう……だったんだ……意外……」

 「……ダルマ、お前! そんな隠し玉持ってたんか……」

 「伊藤さん、良く分かりませんが正雄さんと男同志で頑張って下さい」

 「……お願いだから話を聞いてくれ……」


 伊藤はかつてない程の慌て振りで自分の誤解を説明し漸く理解頂いた時には酷く疲れて完全に燃え尽きた。


 更に、志穂に“正雄此処に連れてこい”等と散々弄られた後、飽きた志穂と沙希の興味は完全に玲人に移った。


 「伊藤さん、アンタは頑張ったよ……あっちで飲もう……」

 「うるさい……変なモノマネやらされただけの癖に……」


 玲人は“アレ? 伊藤さん、話まだ終わって無いよな”と内心思っていたが、前原に奥の席に連れて行かれる伊藤の悲しそうな背中を見て何も言えなくなった。


 それにやたら食付こうとしている志穂と沙希の迫力に押された事も有り、仕方なく玲人は今日の病院での小春との出来事を二人に話すのであった。

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