46)玲人の世界

 小春が再度玲人に聞き直そうとした時、ガラスが割れる様な大きな音がした。音がした方を見ると古い型の黒いSUV車が3台、ガラス張り正面ホールを突き破り突っ込んだ所だった。命に別状は無さそうだが血塗れの人が何人か見えた。跳ね飛ばされた様だった。


 辺りは突然の惨事に騒然とした。しかし事態はこれで終わらなかった。SUV車の中から軍服を着た男たちが10数名自動小銃を構えて出てきたのだ。


 全員目元しか開いていないチューブフェイスマスクを着けている。軍服の男達が整列し、そして……



 “ダダダダダダ!!”



 軍服の男が一人天井に向けて自動小銃を発砲した。


 「キャー!!」

 「ウワー!!」

 「ひぃ!」

 「テ、テロリストだー!!」


 正面ホールは地獄絵図となった。ショッピングモールに居た沢山の買い物客は、我先に逃げ出そうと蜘蛛の子を散らす様に一斉に悲鳴を上げ走り出した。


 喫茶店の中も客達は必死な形相で逃げ出している。小春もさっきまでの楽しい気分は一瞬で消え去り、何が起こっているか分らない混乱と自分が殺されるかもという恐怖が入り混じり急に体全体が冷え出して震えで体が動かなくなり、座り込んでしまった。腰が抜けたのだ。


 そんな小春を、玲人は頭を撫でて安心させた。


 「大丈夫だ、小春。壁横のテーブルの下に隠れ、動かない様に」


 そう言って玲人は小春を抱き寄せる様に、喫茶店の壁横のテーブルの下に小春を移動させた。小春は腰が抜け座り込んだまま動けない。体も無意識に震えてしまう。


 小春だけでなく周囲の人達も同じ様な状況だ。逃げ惑う人々、蹲(うずくま)り動けない人々。皆顔は青ざめている。笑顔の人間など一人もいない。


 小春は玲人も同じ顔をしているのだろうと思って見て、驚いた。


 玲人は笑顔だった。その笑顔は小春を安心さす為のモノだったが無理などしておらず、本当に笑っていた。


 「小春はここでじっとしていて。俺はアイツ等を無力化してくる」

 「ままって! そ、そんな事、無理よ! お願い、ここに居て!」

 「……俺が何もせずここに居れば、他の皆が殺される。大丈夫だ……今は俺の世界だ」


 そう言って腰が抜けて涙を零す小春の頭を玲人はもう一度撫でて、徐(おもむろ)にキッチンを見つめる。


 小春も玲人の視線に気付いて、キッチンの方を見ると、其処にはガチャガチャと音を立てながら独りでに宙に浮かぶ大量のナイフとフォークが並んでいた。


 「……うそ……なに、あれ」


 小春は浮かんでいるナイフとフォークを見て呆然とする。そんな小春に玲人は小さく囁(ささや)いた。その顔には何時付けたのか顔を半分覆う黒いフェイスマスクが着けられていた。


 「……それじゃ、行ってくる。すぐに終わるから安心してくれ」


 

 黒いフェイスマスクを着けた玲人は喫茶店を出て銃を持った男達に静かに呼び掛ける。


 「……銃を捨て投降しろ……」


 言われた男達は玲人を馬鹿にしたような目で見ている。


 「はぁ? 馬鹿か? 死ねや!!」



 “ダダダダダ!!”



 男の一人が玲人に向かって迷わず自動小銃を発砲した。

 

 しかし発砲した銃弾は、玲人に当たる事無く空中に浮かんだままだった。


 「「「「…………」」」」


 理解出来ない状況に男達も周囲の客達も誰も声を発する事が出来ない。喫茶店の壁際から玲人の様子を伺い見ていた小春も同じだった。


 そんな沈黙が支配した僅かな間を玲人が見逃す筈も無く、玲人は静止した銃弾を男達が持つ自動小銃を狙って一斉に放ち、あっという間に全ての自動小銃を破壊した。


 「うお!」

 「な、何だ!!」

 「突然銃が!」


 男達が慌てた隙に、玲人は自らの背後に忍ばせていた全ての大量のナイフとフォークを超高速で移動させ、男達の両手足の関節に貫通させた。


 「グギャア!!」

 「ギャアア!!」

 「ウガァァ!」

 「ウォォ!」


 あっという間の出来事だった。軍服の男達は地面に蹲(うずくま)り痛みで悲鳴を上げている。10数名の男達は痛みで転がりながら無力化された。


 もう全て終わったか、と周囲の客達が思った瞬間、怒声が聞こえた。


 「これで終わりと思うな!!」 


 逃げ惑っていた筈の客の間から、大声がしてカジュアルな服装をした大柄な、筋肉質の屈強そうな男が3名、一人の女性を羽飼締めにして出てきた。


 3人の男達の手には小銃を手にしている。


 「……別働隊か」


 玲人は心底つまらなさそうに呟いた。


 「いいや、見届け役さ」

 「成程……真国同盟か?」

 「あぁ、2軍だがな……それが分るってことは、お前……軍の犬ってとこか?」

 「……否定はしない。見届け役とはどういう意味だ?」


 「我々真国同盟も戦力は飽和気味だ。大戦後、世間に不満を持って我々に入りたいって奴は腐る程いるが、使えない奴は要らない。真に使える奴らをこうしてテストし、選抜している」


 「随分、気前よく口を割るな……」

 「……簡単な理由だ、お前は此処で死んで貰うからだ。何かおかしな技を使うみたいだが変な動きをするなよ……お前が何かしたら、まずこの女が死ぬからな……」

 「お願い! 助けて!! お願いよぅ……」


 男に羽飼締めにされて、小銃を突き付けられている女性は20代前半で恐怖の為、号泣し半狂乱状態だった。


 玲人はその様子を見て、すっと両腕を挙げて無抵抗の意志を示した。


 「……いいぞ。直ぐに楽にしてやる……」


 二人の男が左右に分かれ小銃を玲人に向ける。絶体絶命の状況だったが玲人は何一つ慌ててない。


 喫茶店の壁際で震えながら見ていた小春は“このままでは玲人君が殺される!”と何とか声を出して制止させようと思った瞬間、それは起こった。


 「な、何だ、うう腕が勝手に!」


 女性を羽交い絞めにしていた男が急に叫び銃を持った腕をブルブル震えさせている。そしてそのまま銃を自分の足に向け……いきなり自分の足に発砲した。


 「グゥアア!!」


 自分で足を打ち抜いた男は悲鳴を上げながら、もう片方の足にも手を震えさせながら発砲した。


 「キャアアア!」


 羽交い絞めされていた女性は腰を抜かしながら這う様に群衆の中に紛れて逃げていった。


 「オ、オイ! 一体何している!」

 「馬鹿野郎! 何考えている!?」


 残された二人の男が慌てた瞬間を玲人は見逃さなかった。


 一瞬ひるんだ右側に立っていた男の銃を片手で掴んで体をひねり、銃を足元に向けさせて、もう片方の手で男の顔面を強打した。

  

 「グゥア!!」


 痛みで悲鳴を上げた男に、玲人は足で男のスネを蹴り上げた。堪らず屈んだ男に奪った銃で、男の顔面を強打した。


  ”ガン!”


 顔面を銃で殴られた男は悲鳴を上げる前に気絶して倒れた。


 「クソ!!」


 もう一人の男が毒づいて叫び、慌てて玲人に発砲しようと銃を構え様とした。


 そんな男に玲人は振り返りもせず、奪い取った銃だけをもう一人の男に向けた。そして男の右足を躊躇(ためら)わず撃ち抜いた。

 

 ”ダン!”


 右足を撃ち抜かれた男は痛みに震えながら蹲り倒れた。


 玲人の眼前には無力化されたテロリスト達が転がっており、彼らは痛みで呻き語を上げていたがそれ以外の群衆達は誰も声を発する事が出来なかった。目の前で起きた一瞬の出来事が信じがたい光景だったからだ。


 周囲を沈黙が支配し、テロリスト達は蠢(うごめ)くばかりで誰も立ち上がらない。


 しかし玲人は冷静に油断なく動かず左腕を上げ、リストバンドからニードルを数十本浮かして、転がっている3人の男の両手足の関節をぶち抜いた。


 前回の失敗より確実に無力化する為だ。



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