28)模擬戦-1

 そうして次の日模擬戦の為、廃棄された市街地に5人は集まっていた。第三次大戦の為、廃棄された街は珍しくないが、こうした市街地にテロ組織は潜伏する事が多かった。そういった事情により自衛軍が演習場所に選ばれたのだった。


 集められた5人の表情は玲人以外固い。何故なら事前に行われたミーティングの際、予想外の事を言われたからだ。


 「……自分達4人に対し、大御門准尉1人で模擬戦ですか!? 余りにも無謀すぎます!」


 前原が信じられない、と言った態度で安中に聞き返す。軍事演習などで行われる模擬戦は小隊規模や師団規模など様々な規模で行われるが、大抵は互いの戦力が拮抗している条件下で行われるのが通常だ。


 それなのに個人対小隊など聞いたことも無い。ましてや相手は准尉とはいえ子供だ。それに対し前原と泉はエクソスケルトンに搭乗する。エクソスケルトンは装甲こそ戦車に遠く及ばないものの機動力と火力において戦車に追従する性能を持っている。


 また、伊藤曹長の狙撃は歩兵1人が対応できるものではない。気付く以前に狙撃されて終わりだろう。


 志穂が操る無人機群も脅威だ。上空から監視され、尚且つ攻撃もされる。また志穂から敵勢力の位置情報などが随時、味方に伝達される。


 前原は、小隊とは言え集められた4人の戦力はまだ幼い玲人には余りに差が有り、いくら任務成功率が高いとはいえ、模擬戦でも玲人を危険に晒すだろうと思い、安中に食らいついたのであった。


 「前原兵長、君が疑念に思うのももっともだと思うが、我々としては逆の気持ちだ。寧(むし)ろ君たち4人に彼と応対させて申し訳ないとさえ思っている。しかし今回の模擬戦は君らが彼との戦闘を行う事で互いの戦力を知る事が出来る、いい機会と判断した」


 「……自分のエクソスケルトンは状況によっては複数の戦車隊にも有効な戦力になり得ます。特にこの様な障害物が多い市街地では。いくら大御門准尉が特殊な能力を有しているとしても、このメンバーでは相性が悪すぎます。せめてチームを二分するとか……」

 

 ここでじっと聞いていた玲人が口を出す。


 「ご心配有難う、前原兵長。しかし実戦では予想外の戦力や新兵器が出て来る事も、常でしょう。自分はその様な状況においても対応する必要があります。幸い今回は模擬戦だ、使用される弾頭もペイント弾ですし危険は少ないと思われます」


 「前原君……准尉の言う通りだ。エクソスケルトンは確かに強力な兵装だ。俺も初めて目にするが……確かに戦場では何が起こるか分からない。それを模擬戦で知れば危険予知にもなるだろう」


 玲人の言葉に伊藤が追従し、前原を宥める(なだめる)。


 「……危険予知か……確かにそういう事もあるな……済まない伊藤さん。頭を冷やすべきだった。そして玲人君、君がそう言うなら……仕方ないな……しかし模擬戦とはいえ俺も沙希も手を抜く訳には行かない。気を付けてくれ」


 「ゴメンね、玲人君。知ってると思うけどエクソスケルトンは車輪走行が可能よ。だから驚くほど速く動けるわ。その点も十分注意してね」


 「はい、有難うございます。前原兵長、泉上等兵」

 「玲ちゃん! 私も頑張るから見ててよ。玲ちゃんをしっかりストーキングするわ。私からは逃げられないよ、だって腹黒大佐にずーっとこんな事ばっかりさせられたから。いい加減慣れたよ」

 「志穂隊員、何だったらあの約束今から無下にしても良いのだが?」


 「ジョーダンに決まってるでしょ、やだな大佐殿は……おほほほ」

 「ハァ、お前達! 気合い入れろ! 模擬戦とはいえ常に危険は伴う。今回の模擬戦は互いの戦力を図るに必要だ。やるからには真剣にやれよ!」

 「「「「了解しました!」」」」

 「りょーかいです」


 坂井梨沙少尉の発破に対し玲人以下4名が答え、約一名の志穂隊員が気の抜けた返事をする。


 梨沙は志穂隊員の普段の仕事ぶりを安中から聞いている為、いちいち咎めなかった。正規な軍人でない予備隊員の志穂に自衛軍のやり方を強いても反発しか生まないからだ。


 志穂は普段だらけ気味であるが、仕事ぶりは頼りにされるとド根性で結果を出すタイプの人間だ。志穂の様な人間は頭ごなしで強制するとやる気が削がれ途端に効率が落ちる。逆に志穂に任せた方がいい仕事をすると安中から聞いていた。


 「勝敗は先ほども説明した通り、ペイント弾における非致死性弾を用いる。模擬戦において非致死性弾による被弾は致命傷と見なし敗者とする。また捕縛等による行動不能も敗者とする。相手に対する危険行為も即敗者として厳罰に処すからそのつもりで。各員、配置につき戦闘準備に入れ。合図と共に模擬戦に入る。それでは各位解散!」


 坂井梨沙少尉の号令により5人は各々用意された位置にて兵装を整えた。十二分に準備が完了した後、模擬戦開始の合図が出されたのであった。


 模擬戦は崩壊した都市部において玲人1人に対しエクソスケルトンに搭乗した前原と沙希が前方に配し、後方には狙撃手として伊藤が待機している。更に後方には安中や坂井らと共に指揮通信車に乗って志穂が無人機を操る状況だった。


 数の上でも4対1で有り戦力差があるが、玲人に相対するエクソスケルトンは、所謂(いわゆる)着る戦車とも言える戦力を保持しており、生身の人間では足止めも出来ない。


 また、伊藤の様な狙撃手も脅威だ。一般的な歩兵では知覚も出来ない位置から攻撃され、反撃も出来ず死に至るだろう。志穂の操る無人機も長距離からの攻撃が出来る。しかも数は複数あり、連携して監視・攻撃できる。

 

 圧倒的に不利な状況のはずだが玲人は落ち着き払っている。玲人は例の黒スーツに隻眼のフルフェイスという出で立ちだ。


 玲人に相対する4人の位置は分らない。この広い演習場の何処かに居るだろうが、かつての都市を利用している為、乱立する建屋に視界が狭められ、遠方が見渡せない。


 玲人は額の隻眼に意識を集中する。仁那に話しかけ、情報を得ようと考えたからだ。仁那は非常に高い検知能力がある。レーダーの様に広範囲の生体や強く意識付けられた物体等を検知できる。


 (……仁那……仁那……)


 呼び掛けるが返答は無い。眠っている様だった。最近、仁那は眠る時間がとても多くなった。その間隔は崩壊が進む仁那に比例している様だった。それは玲人にとって認めたくない状況だったが、同時に玲人自身にもある変化が生じていた。


 それは……


 (……やっぱり、分る様になって……いるか)


 玲人は最近、仁那が答えなくても仁那の力が自身で使える様になってきた。まるで仁那が居なくても困らないで済むかの様に。


 玲人はその結論は断じて認めたくないと思ったが、玲人の思いとは裏腹に仁那が弱るにつれ、今まで仁那に頼っていた系統の能力が徐々に使える様になってきたのであった。今の所、仁那の目を通じて玲人の意識を高める事でしか使えなかったが。


 この事は実は誰にも言っていない、安中や薫子にも。言うと自分が認めてしまった様に思うからだった。


 (……今はその事は考えないでおこう。取敢えず模擬戦だ。4人の位置は……左方近方に二人、前原さんと泉さんか。そして右方の遠方に伊藤さんが居るな……そして背面の遠方に複数の気配……志穂さんと坂井さん達か……)


 玲人の検知能力は仁那に比べ精度は高くなかった。玲人自身の受け入れたくない、という気持ちから来るものかは分らないが自分が相対する近距離範囲内の対象の検知しか出来なかった。


 また、仁那が最も得意とするエネルギーの吸収能力や増幅能力は今の所、玲人の中に発現はしていなかった。玲人にとって幸いな事に。



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