21)小春と仁那
長い通路を通り、最後のゲートを通過すると広いフロアに出た。ここで薫子が振り返り小春に言った。
「ようこそ。私達の家、タテアナ基地へ」
タテアナ基地内を歩きながら、薫子は小春に最も大事な事を注意する。
「……小春ちゃん。さっきの“誓い”忘れないでね。仁那ちゃんのどんな姿を見ても、お願いだから怖がって叫んだり、逃げ出したりしないでね」
薫子の再三の要求に小春は再度、自信を持って答えた。
「大丈夫です、先生。絶対に仁那を拒絶なんかしません」
「いい返事よ、もうすぐ着くわ。くれぐれも宜しくね」
小春と薫子はタテアナ基地の最下層、仁那の部屋の前に来た。
薫子がドアを開けると其処には仁那が居た。トレイに座っている様な体勢で。そしてその姿と言えば、顔は小春に夢で見せた栗色のルーズウェーブの髪を持った美しい顔をしていたが、首から下は恐ろしい姿だった。沢山の目玉が埋め込まれた外套膜の様な組織の内側からは蠢く動物の足状のモノや触手が生えていた。
――その恐ろしい姿を見た小春は……
薫子の制止も聞かず、一目散に走りだして仁那に抱き着き大粒の涙をポロポロ流した。そして小声で呟いた。
「……ス様、ずっと、ずっとお会いしたかった……」
そして決して離れたくないかの様に、頬を摺り寄せ、滂沱の涙を流している。意味が分からないのが仁那の方だった。一瞬呆気にとられた仁那は数秒フリーズしたが、気を取り直し、一言呟いた。
「……ぎうぅいゅううお おおぅい」
表示端末には“…….苦しいよ、小春”と表示された。仁那の呟きにも小春は反応しない。仕方ないので仁那は触手の一本を動かして、小春の頭をチョンチョンと突いた。
「……あれ、仁那何してるの?」
“ぶりゅぅぃういおう”
「え? 何て言ってるのか分らないよ」
仁那は触手を伸ばして表示端末を指さした其処には“こっちのセリフだよ、小春”と表示された。
「あれ? わたし、何で泣いてるのかな?」
“いきなり抱き着いて泣き出したよ!”
「多分、きっと仁那に会いたかったからだよ、今も涙止まんないもの」
“……私も会いたかった”
「どうして最近来なかったの? わたしずっと一つ目ちゃんに呼び掛けてたのに」
“御免なさい。目を通じて見えてたんだけど、私が力を制御できなかったから……”
「……薫子先生が言ってたけど、本当にエスパーなのね……。でも大変だったら、わたしがこれから此処に来るよ?」
“来て、来てくれるの!”
「むしろ、毎日来たいよ!」
“……小春は、私の事、怖くないの?”
「怖くないよ。だってわたし夢で仁那の本当の姿、何となくだけど見えちゃってたから」
“……ありがとう……すごく……うれしい”
今度は仁那が泣き出した。小春は、薫子がする様に仁那の頭をそっと抱き抱えた。
「……何故だろう。ずっと、ずっとこうしたかった気がする。不思議な、感じ……」
“私も不思議、夢でも感じてたけど、小春の事何か知っている気がした……”
「それにしても薫子先生も、玲人君も仁那の事脅かし過ぎだよ。逆に構えちゃうよ」
“そんな事を言ってくれるのは貴方だけよ私の本当の姿を見た人は、大声を叫んで逃げ出すか、泣き出す人も居たわ“
「……こんな可愛い女の子に対してひどい話だね」
“ふふ、小春。貴方は不思議な子。建前でなく、本音でそう言ってる。私にはよく分るの”
小春と仁那は表示端末越しにだが、会話をずっと楽しんでいる。二人の間には、仁那の姿の問題や、言葉の問題は何ら関係が無かった。初めて会った二人だが、まるで姉妹の様に、親子の様に、深い親しみをお互いに感じたのであった。
仁那と小春の楽しそうな様子を眺めている薫子は、その両目から涙が溢れ出て止め様が無かった。薫子は今、嬉しくて嬉しくて仕方が無かった。
ようやく、探し求めた完全な“適合者”を見つける事が出来たのだ。これで、仁那を救う事が出来ると確信したのであった。
「ここでずっと住んで居たいよ」
“私も小春と一緒に居たいけど、小春にはあんな素敵な家族が居るじゃない“
「そうかな、普通だと思うけど、てアレ? 仁那、わたしの家族知ってるの?」
“ええ、良く知ってるわ。妹の陽菜ちゃんにお母さんの恵理子さん。そしてお婆ちゃんの絹江さん”
「良く知ってるね。そうか玲人君が言ったのかな?」
“玲人からは聞いてないわ。もう知ってると思ったんだけど、私が渡した目は私と意識が繋がっててね。その目を通じて周囲の状況を拾えるの”
「ええっそそそしたら、玲人君とのやり取りももしかして、仁那には、その筒抜け?」
“……御免なさい。小春は玲人の事、本気なのでしょ”
「ちょ、ちょっと! そそんな事、絶対玲人君の前で、言わないでよー!」
“素敵な事なのに、隠しちゃうの?”
「隠すものなのー!」
仁那と小春が|和気藹々(わきあいあい)と言い合っていると、仁那の体に変化が訪れた。
仁那の外套膜の一部が崩壊と再生を繰り返した。同時に仁那の意識も混濁(こんだく)し出した。
“ああ……小春……やっと会えたのに……もう……意識が……小春……小春……”
仁那は意識を無くし、深い眠りについてしまった。
「……薫子先生、教えて下さい。仁那、具合が悪いんですか!?」
「……良くは無いわ」
小春は、仁那の様子がただ事では無いと思い薫子に駆け寄って聞いた。
「そんな……」
「だからこそ貴方を連れて来た。貴方だけが頼りなの」
「……わたしに何が出来るんですか!? 言って下さい! 出来る事なら何でも……」
「慌てないで、その前に貴方には仁那ちゃんと玲君について教える筈だったわね」
「はい、お願いします」
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