第106話 サイ、失せ物探しをする

 カンアーミ通りは正式に認められた街ではない。

 犯罪者や密入国者など、どこにも居場所のないはみ出し者が集まり、都市防壁の外に小屋を建てて勝手に住み始めたのが始まりだ。

 だが、王都が巨大化するにつれ、王都からはじき出された人々の受け皿も必然的に肥大した。

 いわば必要悪として、王家に黙認されてきた流民達の最後のよりどころがこのカンアーミ通りなのだ。

 無許可で作られたスラムにインフラは一切存在しない。知識のあるものが金と引き換えに必要な社会基盤の整備を行い、治安維持や火消しの仕事すら、ならず者達が組織された〝組〟が務める。

 カンアーミではそれら〝組〟の頭目達の合議ですべてが決まる。何から何まで国に頼らず独自のルールで運営され、本来違法な取引もここでは成立する。麻薬売買、そして奴隷の売り買い。そして、なぜかここで決まったことに国は決して異を唱えない。

 いわば、カンアーミはこの大陸最大のアンダーグラウンドマーケットなのだ。


「……にしてもなんとド派手な……」


 サイは半刻ほどさまよい、このスラム最大の宿屋にようやくたどり着いた。

 元々は王家の離宮らしい。近くにあるカンアーミが肥大化したため放棄され、勝手に占領されていつの間にか宿屋になった。

 大陸中の地下経済の重鎮が使う宿だけに、ギラギラの悪趣味な装飾が施され、商売女が入れ代わり立ち代わりするためエントランスは複雑に混じり合った香水の残り香でむせ返りそうだ。


「あ〜ら、ボクちゃん。ここはあなたみたいな乳臭いガキの来るところじゃないわよ」

「ふん! こっちこそお断りだ!」


 女装した巨漢のマッチョにからかわれ、その股下をくぐり抜けるように小走りでエントランスを抜けると、裏口の先にはいくらかマシな趣味の建物があった。


「あそこだな」


 あれがたぶん縫い傷男の言う〝別棟〟らしいと当たりをつけ、入り口の警備をどうかいくぐろうかと考える。

 表とは違ってこっちは特に上客向けの施設らしく、門番をつとめている男は元騎士か、あるいは近衛にいてもおかしくない鍛えられたイケメン大男だ。


「入り口は一つだけか。何か適当な騒ぎを起こして押し通ることはできそうだけど……」


 その場合、入ったら最後、袋のネズミで、生きては出られなくなりそうだ。


「この体格じゃ変装も無意味だし、やっぱり忍び込むしかないのかな」


 だとしたら、日中下手にうろついて警戒されることは避けたい。

 サイはそのまま歩みを止めることなく、壁の彫刻を鑑賞しているふりをしてゆっくりと入口の前を横切った。


「おい! そこの子ども、止まれ!」


 その途端、背後から不意に声がかけられた。


「へえ、オラのこと?」


 内心ヒヤヒヤしながら適当なキャラをつくって振り向くと、イケメン門番がサイを手招きしていた。


(表情は? そこまで険しくないか。何か咎められるわけではなさそうだけど……)


「お前、失せ物探しは得意か?」


 おっかなびっくり寄っていくと、いきなり聞かれる。


「うん、何でも探すよ!」


 どうやら、門の前で駄賃仕事を待つ子どもだと思われたらしい。


「伝書鳥は知ってるか?」

「うん。手紙を運ぶヤツだね」

「ああ、実はウチのお客様の伝書鳥がまだ着かない。本当は夜のうちに来てないとおかしいんだ」

「もしかして、休んでいる所を猫にでも襲われたんじゃないの?」

「だとしても、何とか文だけは取り戻したい。大事な連絡なんだそうだ。最悪鳥の方は骨だけでも構わん。足につけられているこのくらいの大きさの筒を見つけて持ってきたら、たっぷり駄賃をはずもう」


 親指と人差し指で通信筒の大きさを示すイケメンに、サイは首をひねりながらもったいをつける。


「うーん、難しい仕事だね」

「ああ、だからこれは前金だ」


 だが、門番は懐から一分銀の粒を取り出してサイの手のひらに落とす。

 その迷いのなさに、サイは演技抜きに驚いた。

 普通、この手の駄賃仕事は後払いだ。仕事を命じられた子どもに駄賃を渡すと、もうそれだけで満足して仕事を放り出すことがよくあるからだ。


「へえ」

「無事に見つけられたらさらに金貨一枚を払うとおっしゃっている」

「やる! オラ絶対に見つけてくる!!」


 サイは渋る演技をやめてあっさり頷いた。

 門番に仲介を頼んだ客は相当に困っているのだろう。金貨一枚はいくらなんでも大盤振る舞いが過ぎる。子供でなくても飛びつく話だ。変に渋って話を他に持っていかれては困る。


「絶対持ってくるから、駄賃はお客から直接にくれよな」

 

「何だ? 俺がピンハネするとでも思ってんのか」


 門番は顔をしかめるが、そこまで怒った風でもない。ここではそのくらいの用心は当たり前なのだろう。

 とりあえず、これで建物内に入る算段はできた。


「じゃあ頼んだぞ。ちなみに伝書鳥の見た目は真っ白で、目の色は赤。大きさはこれくらいだ。王都の方から飛んでくるはずだ」

「わかった! 行ってくる!」


 身振りで特徴を教えられ、サイはそのまま勇んで走り出した。





 

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