第5話 サイ、大魔道士に値踏みされる

 魔道士団の大会議室にしつらえられた対策本部。

 横に長い机の向こうには、魔道士のマントを羽織った十人ほどの男たちが並び、そろって苦虫を噛み潰したような表情でサイをにらんでいた。


「へえ、おまえがクェルカス学校長の推薦で来たという魔道士補わかぞうか?」


 列の中央、ひときわ豪華な椅子にふんぞり返る若い男に全身を上から下までじろじろと観察され、バカにしたような鼻息と共にそう尋ねられた。


「初めまして。サイプレス・ゴールドクエストです」

「ふうん。名乗りだけはたいそう立派だな」


 どうやら彼が大魔道士らしいとサイは見当をつける。

 外見から見る限り、居並ぶお偉方の中では最も若いようだ。年齢はサイと十も離れてはいない。

 魔道士としてはかなりの若手で、それなのに〝大〟魔道士と呼ばれるからには、それなりに抜きん出た才能があるのだろう。


「本日は拝謁の機会をいただき、心より御礼申し上げます」


 頭を下げ、型通りの挨拶を返しながら、サイは上目づかいに大魔道士を観察する。

 髪色は輝くようなまぶしい金髪で、瞳の色は深い青。その上、顔立ちはまるで作り物のようにすっきりと整っている。

 伝統的なサンデッカ貴族の系譜に連なる者だと一目でわかる。

 一方、サイの髪色はほぼ黒と言っていい濃いブラウンだ。光の加減で暗めの金髪に見えないこともないが、瞳の色も黒に近いこげ茶色。目鼻立ちはどちらかというとはっきりしており、大魔道士の人形のような面立ちとは対照的だ。


「それで、あの、大魔道士様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「フン。下賤げせんな山岳民族に教えるような名前はない」


 大魔道士はあからさまにサイを侮辱すると、胸元に輝く大きな魔法結晶のブローチをひけらかすようにマントをあおって立ち上がった。

 そうして、サイの目線が魔法結晶に注がれるのを確認して満足したように顔を上向けると、そばに控える侍従に何事かささやいてさっさと部屋を出て行った。

 まるでそれが合図だったかのように、男たちはバラバラと立ち上がり、サイには目もくれず次々と部屋を出ていく。


「やれやれ、とんだ時間の無駄でしたな」

「魔道士学校一の英才と聞いて顔を見に来てみれば、まさか山岳民ヤーオとの混血とは……」


 最後の一人が嫌味混じりにそう言って部屋を出ていくと、部屋に残されているのはサイと、先ほど大魔道士に何かをささやかれていた侍従の二人だけになった。


「あの、ところで、私はどうすればよいでしょう?」


 サイは内心の憤りを覆い隠し、なんでもないように侍従に問いかける。

 今のような反応は、彼が王都に出て以来、数え切れないほど体験したそれと似たり寄ったりだった。いきなり胸ぐらをつかまれたり、殴りかかったりされないだけまだましな方だ。


「はあ。アルトカル様は……」


 侍従の言葉で大魔道士の名前がようやく知れる。


「適当にあしらって、放り出せと」

「……やっぱりですか」


 歯に衣着せぬ侍従の言葉に、サイはため息をついた。

 魔法は貴族に特有の能力と信じている人は多い。

 実のところ、平民にも魔法の素質を持つ人間は少なくない。だが、訓練の機会も教え導いてくれる導師も得られないまま、いつしか持って生まれた能力を枯れさせてしまうのだ。

 一方、貴族は、魔法の才がそのまま人物や家の格につながる。

 優れた魔道士を輩出すれば爵位が上がるし、二代続けて魔道士を生み出せない家は爵位を召し上げられる。

 サンデッカの貴族はこれでかなりの実力主義なのだ。そのため、貴族たちは幼い頃から必死になって能力開発訓練に励む。

 その上、魔法を使う上で必須となる魔法結晶はきわめて稀少だ。

 ごくまれに市場に出ることがあってもきわめて高額で、そのため偽物も数多く流通している。

 さらに、魔法結晶と魔道士の間には〝相性〟という悩ましい問題もある。代々魔法結晶が伝わる家でもないかぎり、自分にぴったりと合う魔法結晶を手に入れることはかなり難しい。

 サイは、それを養い親でもあるゴールドクエスト司祭から授かった。

 サイに魔法の素質があると見抜いた司祭はできるだけの訓練をサイにほどこし、自分の持つ魔法結晶をサイに譲り渡した。

 ずいぶん後で知ったことだが、司祭に譲られた魔法結晶は貴族でもなかなか手に入れることのできない極上品らしく、学校では羨望と妬みの対象になった。


「では、問題の石板をお見せいただくことはできませんか?」


 サイは話題を変えようとしてそう尋ねた。

 侍従は口を開きかけ、サイの胸元にある魔法結晶にふと目を留めて驚いたような表情を浮かべた。


「あの?」


 侍従はサイの声を無視したまましげしげと魔法結晶を眺め、やがて態度をやわらげて小さくうなずいた。


「そうですな、ひと目程度ならお許しも出ましょう」

「わかりました。早速お願いできますか」

「では、こちらへ」


 サイは無言で深く頭を下げると、彼の後ろに従って保管室に向かった。




 保管室にはほかに人の姿はなかった。


「石板そのものの研究をする方とか、いないんですか?」

「以前はいらっしゃったのかも知れませんが、今はおりません」

「そうですか。これ、触っても?」

「であれば、あちらの手袋をお召し下さい」


 目線を追うと、専用の台座に安置された石板のそばに、革製の分厚い手袋が大きさ違いで何双か置かれていた。


「角が鋭いので、素手では怪我をします」

「そんなに!」


 サイは驚きの声を上げた。


「見るところ石でできたなんてことのない六角形の板に見えますが? 尖った角なんてどこにも——」

「ですが、その六角形の一辺一辺が恐ろしいほどに鋭利なのです」

「はあ」


 信じられない話だが、侍従の言葉にサイを騙そうとする気配はなかった。

 サイは素直に手袋をはめ、精密に古代文字の刻まれた石板の表面を軽くなでる。

 だが、うっすらと埃の積もった石板には特に何の反応もなかった。


「ゴールドクエスト殿に解読は可能でしょうか?」

「さて、どうでしょうか。今のところはまだなんとも……」


 サイは曖昧に答えながら石板の表面を凝視する。このチャンスを逃せば、今度はいつ石板に触れられるか判らない。彼は特技の記憶力を活かして表面に刻まれたすべての文字を写し絵のように脳裏に焼き付けると、ゆっくりと手袋を外して振り返る。


「明日、また来ます」

「ですが、アルトカル様が貴殿にお会いになるかは——」

「それでも来ます。一応、王命ですから」

「そうですか」


 侍従はわずかに目を見開いて小さくため息をつくと、左の手のひらを胸に当て、貴族に対するのと同じように頭を下げた。

 

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