第2話 サイ、学校長と面談する

「サイプレス六回生、参りました」


 扉の外でそう口上を述べると、複雑な防御魔方陣の刻まれた分厚い樫の扉はすぐに開いた。


「やあ、サイ、遅い時間にすまんね。入ってくれたまえ」


 だが、戸口に立ってサイを出迎えたのは予想に反してクェルカス学校長本人だった。


「そういえば、この前の砂漠狼の件、ご苦労だったな。少しは苦労したかい?」

「いえ、村の人たちが協力してくれましたので、順調に済みました」

「おう。まあ、君がしくじることはないと思ってたけど、相変わらずだな。これでまた貯金が増えるってわけだ。若いうちからそんなに貯め込んでどうするんだよ?」


 学校長の冷やかしに、サイは愛想笑いで応える。


「僕は孤児院育ちですから蓄えがないと不安なんですよ。ところで、侍従の生徒は?」

「ああ、もう消灯だからね、彼は下がらせたよ。それに君とは二人でじっくり話したかったからな」


 機嫌よくサイを室内に招き入れながら学校長は小さくウインクして見せる。


「はあ、それでは遠慮なく」


 釈然としない気持ちのまま、サイは校長室に足を踏み入れる。何となく学校長の雰囲気に違和感を感じたのだ。

 確かに彼は昔から気さくな人物ではあったけれど、一介の生徒に対してここまでくだけた物言いをする人物ではなかったように思う。


「どうだ、何か飲むかい?」


 それどころか、グラスを片手に掲げながら、酒瓶がずらりと並ぶ壁のキャビネットに横目を向ける。


「学校長、失礼ですが僕はまだ……」

「何、君も年齢的にはもう成人だし、卒業すれば王宮勤務の第一級魔道士だ」

「僕はまだ卒業してませんし、そもそも王立魔道士団の入団試験は来月ですが?」

「なーに、君の実績なら問題あるまい。祝いが半年くらい早くても誰も文句は言うまいよ」

「……いえ、やっぱりやめておきます」


 サイはキッパリ断ると応接用のソファにさっさと腰掛ける。学校長は少し残念そうな表情を浮かべたものの、それ以上強要しようともしなかった。

 この国の法律では酒精さけは成人年齢とされる十六歳から許される。例外として、学籍にあるものは卒業までは未成年とみなすのが習わしだったけど、あくまで慣例であり、年齢さえ達していれば飲酒そのものは別に違法でもなんでもない。


「で、学校長、それほど上機嫌なのは何故なぜですか?」

「ああ、王宮から使いが来てね……」


 学校長は自分のグラスにだけたっぷりと琥珀色の液体を注ぎ、ちびりと口をつける。


「君も噂だけは聞いたことがあると思う。例の洞窟遺跡だが……」

「ええ」


 十年ほど前だったか。東部の砂漠地帯で王立博物院の発掘隊が砂に埋もれた洞窟を発見した。だが、中にあったのは表面がピカピカに磨かれた、六角型のまっ白い石板だけだったと聞いた気がする。


「実は、似たような洞窟遺跡がタースベレデとドラク……いや、今はオラスピアだったな……との国境地帯でも発見された。ちょっと前に話題になった例の〝農夫〟の洞窟だ」

「知ってます。伝説の大魔道士ル・グオラ・マヤピスの末裔が復活させた古代の魔法技術なんだとか」

「ああ、魔道士ユウキ・タトゥーラだね。おかげで、サンデッカの王家は少々複雑な事情を抱えることになったわけだが」


 学校長はグビリと酒を飲みながら渋い表情を浮かべる。


「でも、それは他国よその話でしょう? どうしてうちの王家が面倒を抱えるんですか?」

「ああ、オラスピアの若き女王は魔道士ユウキ・タトゥーラに依頼して遺跡の封印を解き、得られた魔法技術を用いて直ちに麦を量産した。おかげでかの国の食糧事情は短期間で劇的に改善したんだよ。それまでドラクの圧政と飢えに苦しんでいた国民は、彼女が国を掌握するとともにすぐさま遺跡の魔法を民のために使ったことで絶大な信頼を得ることになった」

「ええ。それで?」

「一方、うちはどうだい? 古代遺跡が発見されてから十余年。解析を託された王立魔道士団からはいまだ何の発表もない」

「まあ、そうですね」

「それまでは誰もそれほど気にとめていなかったんだがね。国民はオラスピアのニュースを知って、その話を思い出したんだよ。その上、王家が古代の魔法技術を抱え込んでその恩恵を独り占めしているんじゃないかと疑い始めた」

「……それは、本当のことなんですか?」

「まさかね。だが、こういう話は必ずしも真実である必要はない。信じたい話をまことしやかに語ってやれば、なびく者もいるって話だ」

「ああ、それはまた……」


 サイはため息をついた。

 誰かが王家の信用をおとしめようと、悪意をもって流した噂なのだろう。


「ところで学校長。僕を呼んだ理由をまだ聞いてませんが?」

「いや、悪い悪い。話が横道にそれすぎたな。本題はさっきも言った洞窟遺跡の石板の件なんだ」


 クェルカス学校長は悪びれもせずにそう言い訳すると、不意に身を乗り出した。


「石板には膨大な文字と魔方陣らしき図形が刻まれていた。王立魔道士団の解読で、どうやらそれが〝天候改変術式〟らしい、ということまではわかった」

「〝天候改変術式〟? 何ですそれ?」

「天気を操り、自在に雨を降らせる秘術だ」

「え!」

「だが、結局彼らには術式の完全な解析は果たせなかった。焦った彼らは、最近ちまたで有名な大魔道士を招聘した」

「え、オラスピアのユウキ・タトゥーラを、ですか!?」

「違う違う。我が国内の大魔道士だ」

「ええー、そんなすごい人がうちの国にもいたんですね。だったら……」

「ああ、まあ、それが、だな」


 学校長は少し困ったように頷くと、あいまいに語尾を濁した。だが、その口元はわずかに口角が上がっている。


「実を言うと、さっぱり進展がないらしい」

「……学校長、なんだかうれしそうですね」

「ああ。王立魔道士団と高名な大魔道士がそろって解き明かせない難題に我が校の精鋭が挑むと思うと笑いが止まらなくってね」

「?」

「では、王宮からの通達文を読み上げるぞ」


 学校長は机の上に放り出されたままだった丸めた皮紙を広げると、芝居がかった仕草で朗々と読み上げた。


「『一級魔道士補、サイプレス・ゴールドクエスト。直ちに王立魔道士団に出頭し、〝天候改変術式〟の解読と発動に従事せよ』だそうだ」

「ええっ!! 無理です!」



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