第5話 パイセンのけーち!

 ――コンコン

 ――はーい。どうぞー!


 生徒会室のドアをノックすると、室内から明るく爽やかな生徒会長の声が返ってきた。


 ――もう、好き……!


 生徒会長を尊敬して崇拝している私は、この声を聞いただけで死ねると思うのだ。下僕と呼んでください。


 私は上機嫌でドアを開ける。そして、いつものように明るく元気よく ご挨拶。


「こんにちは、弘子先輩!」

「はい、こんにちは。あかねちゃん。」


 ――はあん!

 ――好き……!


 弘子先輩の一言一言に心の中で好きと返す従順で健気な私。


 弘子先輩は一番奥の独立した席で、窓を背に座っている。生徒会長席、つまり彼女専用の席で、机の上には「生徒会長」と書かれた黒いプレートが置かれている。


 弘子先輩の容姿、黒髪ストレートで長さは腰くらい。細身の体。前髪に挟まれた2本のシルバーピン。すべてが私の性癖に突き刺さる。もう、一生眺めていられる。好き。


 やはり、それなりの人が、それなりの席に座ると、それなりに似合うのだ。いずれ私も生徒会長に立候補することになるとは思うけれど、弘子先輩のように生徒会長席が似合う存在になれるかは甚だ疑問である。


 弘子先輩は、席に座ったまま身体を斜めにして私の後ろを覗き込んだ。


「……えっと。後ろの娘は友達?」


 弘子先輩の視線の先で、 みかんが生徒会室をキョロキョロと見渡している。どこからどうみても不審者だ。だけれど弘子先輩は気を使って不審者とは言わず、表現を選んでくれたのだろう。


 そして、弘子先輩の呼びかけに気づいた みかんは、慌てて弘子先輩の方向に向き直る。


「お、おう。僕は、あかねちゃんの妹、みかんだ! じゃなかった……です。よろしくな……じゃなかった……よろしくお願いします。てへぺろ……です」

「あははははっ! そんなに気を使わなくても大丈夫だよ、みかんちゃん。私は生徒会長の白旗しらはた弘子、よろしくね!」


 オドオドと挙動不審に挨拶をする みかん。の気持ちを汲み取ったのか、弘子先輩は爽やかに応対した。素敵だ。


 それにしても、みかん、もうダメでしょ。

 ダメダメだ。礼儀が全くなってない。


 まあ、みかんを作ったクソニート博士自体に礼儀作法なんて思考自体ある訳が無いのだけれど。だから、みかんが弘子先輩に行儀よく振る舞うことを期待するだけ無駄なのだ。無駄無駄だ。それを差し引いても、目上の人に対して、これは流石にマズいよね。


「これ、しっかりしなさい!」

「てへへ。てへぺろ」


 みかんは照れ臭そうにポリポリと頭を掻いた。最初からこれじゃあ、先が思いやられる。


 ――ふう~~ん……


 弘子先輩は席を立ち、後ろに手を組みながら、みかんの前まで歩み寄った。そして、みかんのことを下から上へと舐めるように興味深げに眺めている。みかんが羨ましい限りだ。


「へぇ~。あかねちゃんに妹さん居たんだー」

「え、あ、はい」


 この聞き方。

 まさか、もしかして早くも、みかんが私の本当の妹じゃないってことバレてる?


 鋭い弘子先輩のことだ。真実を見抜かれたとしても何ら不思議ではない。だとしたらどうしよう……って、どうしようも無いけれど。


 すると、一拍置いて弘子先輩は納得した様子でウンウンと頷いた。


「流石、あかねちゃんの妹さんだ。かーわいいねー」


 そっちか。ほっ、良かった。見抜かれたと思った。みかんは私の気も知らずに、弘子先輩のかわいいと言う言葉に即座に反応する。


「せいとかいちょー! わかっているじゃあまいか。……うん! 僕はあかねちゃんの双子の妹なのだ、です。まったくもー、生徒会長さんは、僕がかわいいとか、わかりきったこと言うねえ。でも、それはそれで照れるなあ……ます。」

「あはは……みかんちゃんって面白い子だね」


 少し困ったように微笑む弘子先輩の笑顔。とてもキュートである。


 もう本当に美人すぎて、朝昼夜、四六時中、永遠に見ていられるわ。そんな女神のような、いや、女神の弘子先輩に対して、みかんが失礼なことしないかとヒヤヒヤしている。いや本当は、もう既に失礼なことしまくりなのだ。弘子先輩の海のように深く空のように広い心で許されているだけなのだ。


 と言うか、これから相談することを考えると、むしろこの相談で迷惑を掛けてしまうのでは、と心配になってしまう。


 でも、うん。

 言わなきゃ。


「それで、今日は弘子先輩に相談があるのですが……」

「え、そうなんだ? どうしたの?」


 うーん……実際に弘子先輩を目の前にしたら言い辛い。


 だって聞きようによってはバカバカしい話だし、浅はかな相談内容だし、弘子先輩に相談するほどの内容では無いかもとが自信が無くなってきた。


 でも、ここまで言ったらやめる訳にもいかないよね……なんて切り出そうか。


「えっと……あの……」

「遠慮しないで? 私、あかねちゃんの相談に乗れたら、すごく嬉しい。」

「……!!」


 ――感動だ。

 ――感動しかない。好き。


 弘子先輩の気づかいに思わず嗚咽しそうになる。これ以上の喜びがあるものか。


 弘子先輩から優しい言葉を掛けられた。

 これだけで十分生きていける。

 私は何て幸せなのだ。


 私、弘子先輩の為だったら迷いなく死ねる。むしろ殺してほしい。


「ありがとうござます! それで相談な……」

「弘子パイセン! 女子高生お悩みツインズけっせーにご協力くらさーい! てへぺろ」

「え……? 女子高生おな? おね? え、なに?」

「ちょ……っ、みかん! 何言ってるのよ!!」


 みかんが乱暴に私の言葉に割込んだ。


 弘子先輩を見ると、みかんから発せられた言葉に明らかに困惑している。困っている姿も美しいけれど、今はそんなこと言っている場合ではない。


 私は、みかんの言葉を取り繕うべく慌てて言葉を重ねた。


「あ、あの、実は、私たち姉妹で学校のみんなのお悩み相談所的なことをしたいのですが、どうしたら良いかわからなくて。お悩み相談といいながら先輩に相談するのはおかしいのですけれど……」


 私の言葉に、弘子先輩は額にしわを寄せて首を傾げ、頬を膨らませて困った様子で何を言おうか言いよどんでいる。困った姿も素敵。


 いや、弘子先輩の表情から察するに思いは決まっているけれど、私たちにどう気持ちを伝えたら良いかと言葉を選んでいるようだった。もちろん、どうしたら私たちを傷つけずに断れるか。と言う意味で。


 弘子先輩の気持ちが手に取るようにわかる。その気遣いが嬉しい。それにしても困っている姿、可愛い……萌える……本当堪らないな。


「弘子先輩! 何でも言ってください! 私、弘子先輩が言うことだったら何でもします!」


 これは本音だった。本心だった。だって、弘子先輩が死ねと言ったら死ねるもの。でも弘子先輩は、またも爽やかに弾けるように輝く太陽の様に笑うのだった。眩しすぎて目眩がする。


「あかねちゃんってば大袈裟おおげさね。えっと、まず私個人的には応援したい……うん、応援する。けれど、生徒会長としては容認できないかな。あかねちゃんも知っての通りウチの高校ではプライバシーに関する制約が厳しいの。あかねちゃん達が、一般生徒の悩みを聞いて解決しようとして、それで、万一問題が起きたら私個人ではフォロー出来ないの。本当に、ごめんね。」

「そうですか……そうですよね。」


 プライバシーの侵害か、言われてみれば確かにそうだな。何かの間違いで噂が広まったり、これがキッカケでいじめが始まったら相談どころの騒ぎでは無い。超一流高校の慶蘭女子高校での風評被害は学園崩壊にも繋がりかねない。


「弘子パイセンのけちー! けーちけーち! みかん激おこ!」

「こら! 何てこと言うの!」


 みかんが怒って弘子先輩のことを激しく非難した。気持ちは分からなくは無いけれど、慶蘭女子高校生徒代表の生徒会長としては当然の結論だろう。考えるまでもない。


 納得できない様子のみかんは、私の耳元でささやく。


「だって、あかねちゃん……これが実現しないと、最悪べろちゅー充電が復活するかもよー?」

「う、それは困る……」


 そうだった。うーん、どうしよう……


 希望の光が閉ざされてしまった今、博士の陰謀いんぼうに屈するしかないのか。そもそも、ディープキスしながら、どうやって寝ろと言うのだ。


 弘子先輩も申し訳なさそうしている。いや、弘子先輩は全然悪くないのだ。


 むしろ無理難題を吹っかけている私たちの方が悪いのだ。それでも弘子先輩は私たちに謝った。


「ごめんね。みかんちゃん……学校としては認めることは出来ないけれど、相談窓口の実績を少しずつ増やしていって、生徒間の口コミで噂が広まる分には生徒会としては止めることは出来ないわ」

「……!!」


 弘子先輩は、私たちに向けて首を傾げてウィンクしてみせた。な、なんてキュートで可愛い人なんだ!


 もう愛してる!


 その可愛さに気絶しそうになる。


 そうか。

 悩み事がありそうな人を見つけて、それとなく話しかけたら良いのか。


 昨日の萌ちゃんの悩みを聞き出したみかんみたいに。まあ、あそこまで強引に聞き出すのは問題があるかもしれないけれど、何かちょっぴり道が開けた気がする。


「えっと……あと……言いづらいのだけれど、チーム名、女子高生お悩みツインズだっけ……それ……ちょっとやめた方が良い……かも」

「あはははは……ですよねー」


 私も思っていたけれど、あえて流していたけれど、やっぱりそうか。女子高生がつける名前じゃないよね。


 わかってた。

 いや、わかってる。全部あのクソニートのせいだ。


 みかんはコソっと私の耳元で囁いた。


「あかねちゃん。チーム名変えちゃうと、博士のべろち……」

「わかってる! わかってるわよ!」


 チーム名に関しては、今度クソニートに相談してみるか。話したくないけど。


 それにしても、相談の対応実績を積み上げなきゃだよね。何とかしなきゃなあ。


 相談したそうな悩みを持った人なんて……


 ……あ!

 あの人なら! 

 リスクは高そうだけれど試してみる価値はありそうだ。もう好き嫌い言ってられない。


 生徒会長は、話が一段落したと判断したのか、気持ちを切り替える様にポンっと手を叩いた。


「さあ、お仕事しましょうか!」

「はい!」


「みかんもお手伝いするぜー! 早く帰ろーぜー! てへぺろ」

「なんで不良キャラなのよっ!」


 弘子先輩と一緒に居たいと言うのもあるのだけれど、私も副会長として生徒会長の仕事を手伝いをする義務がある。


 って、え……?


「ほい! ほい!」


 みかんが、お願いした作業をゴリゴリこなしている。


 早い……!

 なんだこの作業効率は!


 みかんの手が見えないくらいの速さだ。


 人間技とは思えない。人間じゃないけれど。


 さすがの弘子先輩も作業の手を止めて、みかんの姿をポカーンと眺める。


「みかんちゃん、すごい……」

「弘子パイセン終わったよーつぎ! ばっちこーい! 次は何をすればよい?」

「……え? じゃあ、これをお願いできるかしら?」

「らじゃまる! ほい! ほい!」


 早い!


 すごいな。

 この調子だと、あっと言う間に作業が終わってしまいそうだ。


 その分、弘子さんと居る時間が短くなると思うと、それが良いのか悪いのか、とても複雑な気分だ。


「それじゃあ、お疲れ様でしたー!」


 みかんのお陰で早々に作業が終わり、教室に戻る。


 教室には、一人、萌ちゃんが居た。宿題でもやっているのかな?


「萌ちゃん、宿題?」

「うん。家でやるより、ここでやった方が効率が良いんだよ~!」


 そう言えば、美由宇は萌ちゃんのことを知っていたっけ。


 萌ちゃんも知っているのかな?


「萌ちゃんさ、A組の飛田万里ひだまり 美由宇みゆうちゃんって知ってる?」

「知ってるよー! 超有名だもん!」

「え、超、有名?」

「A組で一番の特進S組の昇級候補者で、文武両道、スポーツ万能。バスケ部のエースだよ。弱小バスケ部が全国レベルになったのも彼女のお陰なんだよー。それで飛田万里さんがどうかしたの?」


 そ、そうなんだ?

 先輩との格闘を見ていたから、美由宇の運動能力が高いのはわかっていたけれど、1年生にして弱小バスケ部を全国レベルに引き上げたのが彼女の功績だったとは知らなかった。


「そっか。ありがとう。ちょっと噂を聞いたから、ね。じゃあ、私たち帰るけど、萌ちゃんはどうする?」

「あ、私も帰る! 駅まで一緒に帰ろ!」


 そうだ。萌ちゃんとは暫く一緒に帰った方がいいよね。


 先輩や、例のチャラ男に絡まれる危険性もあるし。


 そう言えば朝、美由宇が放課後に参上するって張り切っていたけれど、現れなかったな。


 まあ、いっか。

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